890 記憶にない話

 順風満帆な山中君の音楽ライフ。

されど彼は、自身が音楽でやって行くには限界がある、っと仄めかす言葉を吐く。


果たして、その真意は?


***


「オイオイ、なんだよ山中。その言い分じゃあ、将来的には音楽を辞めるつもりなのか?」

「まぁなぁ。多分、そんなに遠ない時期に音楽は辞めるやろうな」

「なんでだよ?オマエ程の実力があれば、まだまだやって行けんじゃねぇの?」

「いいや。その点に関しては、もぉ全然や。寧ろ、限界が既に見えとる。俺なんか、味噌ッカスもえぇところやぞ」

「はぁ?それ、どういうこったよ?」


ホントなに言ってんだ、コイツ?

マジで、今人気絶頂のバンド【無名】のドラマーが言うセリフじゃねぇよな。


それじゃあまるで、なにもかもがダメみたいな言い方じゃねぇかよ。


んな訳ねぇだろ。



「そら、オマエ……恒例の秀の話や」

「あぁ、また、あの馬鹿か」

「そや。……あのアホンダラァは、もぉ1年前とは比べもんにならへん程の強烈な進化を遂げとるんや。あんなもん目の当たりにしたら、自分の実力の無さを痛感するしかあらへん。虚しいぃ成って。とてもとても、音楽なんぞ続ける気には成らんわ」

「アホか?アイツは、特別製の別物だろ。マトモに遣り合おうって方が頭が変だぞ」


その昔、俺は無謀にも、そのチャレンジを試みた時期があった。


そして俺は……無理でしたぁ!!


ハイ、無理でしたぁ!!

見事なまでに連戦連敗でしたぁ!!



「いや、そうでもないんや。あの化け物に対抗しうる化物が、また出て来たんや」

「はぁ?」

「しかも、ソイツも超強烈。化物は、なんもアイツ1人やないで」

「はぁ?はぁ?あの馬鹿以外にも、そんなトンデモナイ奴が出て来たって言うのか?あんな化け物は、早々生まれねぇと思うがな」


違うか?

アイツはマジで特別製。

アイツ以上にイカレタ人間なんて、漫画の世界でもない限り存在しねぇ。

そんな狂った音楽の使徒に対抗しうる人間なんて、早々に生まれて来る訳ねぇじゃんかよ。


つぅか!!

そんな化け物みたいな奴がゴロゴロと大量生産されたんじゃ、世の中全体がやるせなくなるつぅの!!



「恍けんなや。その化物言うんは、オマエの親戚の向井眞子の事やんけ」

「はい?……ちょっと待て、山中」

「なんやねん?」

「つぅか、誰だそれ?俺の親戚に、向井眞子なんて女は居ねぇぞ」

「はぁ?オマエこそ、なにケッタイな事ぬかしとんねん?向井眞子って言えば、オマエが、向井さんに紹介した女やんけな。俺は、眞子ちゃんと、奈緒ちゃん本人から、そう聞いてんで」


はい?


マジで誰だ、それ?


・・・・・・


いやいや……ちょっと待てよ。

そういえば確か、俺の記憶の中にある女の名前が『倉津眞子』だった様な気がするな。


眞子繋がり?

これってひょっとして、なんか関連性があるのか?


だったら、これはどういう事だ?

俺の幻想が生み出した幻が現実化した?


……んな訳ねぇよな。

それじゃあ、余りにも漫画過ぎるもんな。



「悪ぃな、山中。俺には、そいつの記憶が全くねぇな。多分、俺の消えた記憶の中にだけに存在する奴なんじゃねぇのか?」

「オマエ、それ……マジで言うとんのか?」

「いや、マジもマジ、大マジ。……なぁ、山中。因みにだが、その女はよぉ。最初から向井眞子だったか?ひょっとして倉津眞子って名前だったんじゃなかったか?」

「おぉ、なんや、ちゃんと憶えとるやんけ。そやそや、その子の事やで」

「そっかぁ。いや、けどよぉ。オマエが言う程、そんなキッチリ憶えてる訳じゃねぇんだよ。なんとなく、そんな気がしただけだ。……それはそうとよぉ、なんでソイツが、向井って、奈緒さんと同じ苗字になってるんだ?」

「いやまぁ、俺も、その辺の詳しい事までは、あんま知らんねんけどな。なんでも奈緒ちゃんが、オマエから預かった子で、両親が居らん子やから、向井家の養子に迎えて『向井』の姓を名乗らしてるらしいぞ」


なんだなんだ?これは妙な話だぞ。

奈緒さんは、変にお人好しな部分があるにせよ。

その眞子って女を自身の家の養子にまで迎え入れたのは、少々変な話だよな。


高々俺から預かった程度で、普通そこまでするか?


これは、なんかおかしいぞ。


けど、そこは山中に聞くより、奈緒さん本人の口から聞いた方が確実だな。

アメリカでは何度掛けても公衆電話だったから一切電話が通じなかったが、日本からの直電なら、奈緒さんも電話に出るだろうしな。


だから、その辺は取り敢えず、保留にして置くとするか。



「ふ~~~ん。なんか俺の知らねぇ内に、身近な所で色々あったんだな」

「まぁなぁ」

「けどよぉ。オマエ程の腕の持ち主が引退を覚悟するって言う程、その眞子とやらの、なにが化物なんだよ?」

「心配せんでも。その手の話やったら腐るほどあんで。あれはホンマに、秀クラスの規格外の化物やからな」

「オイオイ、マジで、そんなにスゲェのかよ?」

「あぁ、あれは、まさに人外の生き物やな」


……って事はだ。

矢張り、俺の記憶の中にある『俺が女になった倉津眞子』なんて馬鹿げた記憶は消去されるな。


何故なら俺は、山中が言う様な化物じゃないからな。

寧ろ、ただの昏睡野郎だし……


いやまぁ確かにな。

俺も一回演奏を見ただけでベースが弾けるなんて奇妙な特技を持ってると言えば持ってるんだがな。

これぐらいの事が出来た程度で化物と言うには、まだまだ程遠い。


だってよぉ。

恐らく、これ自体はだな。

耳コピ出来る奴と、同じ系統の技能を所持してるのと、なんら変わらねぇ位の価値なんだもんよ。


この程度の人間なら、探せば、まだまだ腐るほど居る筈だからな。


この事から言っても、俺と、その向井眞子って言うのは無関係。

どうやら記憶が混乱して、少々おかしな思考になってるらしいな。


だったら、もぉ忘れよ。


そんで、その眞子とやらが、どれほどの化け物なのかを山中に聞いてみようじゃないか。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【後書き】

最後までお付き合い下さり、誠にありがとうございましたぁ<(_ _)>


記憶喪失に成っている部分……っと言うより、昏睡していた設定の時期に起こった出来事を話され混乱し。

しかも、それが引き金と成って『眞子の存在』を、変に意識し始めてしまった倉津君なのですが、どうやら現段階では『完全に他人である』っと割り切ったみたいですね。


そして苗字が変わった件に関しても、後で奈緒さんに聞く事で解決を図ろうとしている様です。


ホントお気楽な性格をしてますよね(笑)


……っとは言え、まだ眞子の事は気になる様で。

山中君から、彼女の情報を聞き出そうとはしているみたいですので。

次回は、世間から見たら眞子が、如何に奇異な存在であるかを書いて行きたいと思います。


なので良かったら、また遊びに来て下さいねぇ~~~(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾

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