第4話 死者が集まる精神世界へ

 私は自分の住んでいた家が燃やされ、両親が死んでから、ずっと叔父である真さんの家にお世話になっていた。

 真さんは私の父の影響から、霊感について興味を持ち、大学で習った心理学とかけ合わせて、ヒーリング療法士として起業していた。

 ヒーリング療法士とはなんとも胡散臭い名前だと思うかもしれないが、要はメンタルクリニックと同じだ。誠さんは精神的に弱っている人間を心理学と霊能力なるものを使い、精神治療を行うビジネスを行っていた。

 伝統的に霊に対して許容力があるこの町では受けは悪くなかったが、あまり儲かってはいなかった。

 それでも両親がいなくなった幼い私を、少ないお金でやりくりし育ててくれた。

 真さんにお金がないと気づいていた私は中学卒業と共にお金を稼ぐことを決めた。ところが私はあまり表に出るタイプではない。高一の頃に始めた町の八百屋のバイトでも一週間ほどで辞めてしまった。死の声と川のイメージが頭の中に溢れ広がり、仕事に集中することができなかったのだ。

 そこで真さんと二人で話し合い、私自身の特徴である、〈死の声〉をビジネスとして展開することにしたのだ。


 ピーンポーン

 この町では珍しいコンクリート剥き出しの外装の玄関のインターフォンが鳴った。

「はーい。こちら中府夏子です」

「あ、夏子っ。本日、予約していた青島美穂です」

「美穂っ。今、ロック解除するから、門が開いたら、中に入って来てね」

 両親の家を燃やしたのは、テロリストではないかと、真さんは疑っていた。そのため私を引き取ると決めてから、なけなしのお金で家をリフォームし、いくつかの防犯システムを導入したのだ。

 私はモニターに映る美穂の顔の横にあるスイッチを押す。

 目の前でガチャリと門が、ひとりでに空いた。

「遠隔で開けたから入って。もう一度押すと自動的に閉まるから気にせずにね」

 今思えば小学生からの付き合いである美穂が私の住んでいる家に来たのは初めてだった。

 私は玄関の先にある、カウンターに美穂を案内した。

「前に一度、学校で言ったことあるかもしれないけど、私の家は一階部分が、ヒーリング療法の診察室になっているの。その中には二度と会えなくなってしまった人を悔やみ、精神的に囚われてしまった人もいる。そう言った人たちにとって、死んでも、もう一度会いたい思える人を私に指定する。すると私はその人物の魂を憑依させるの。あなたの予約は死の声を聞くこと。誰を聞きたいの?」

「…三ヶ月前に死んだおばあちゃん」

 美穂のゴクリと唾を飲み込む音が聞こえて来た。普段とは違う雰囲気に、少し緊張感を持っているようだ。

「確か、おばあちゃんって中部のほうの?」

「そうだよ。病気で入院したと聞いた時は、真っ先に行こうと思ってたんだけど、昨今のテロリスト事情と、武装列車の運賃値上げが重なり、厳しい状況になったの。結局入院してから一度もお見舞いに行かずに、亡くなってしまった」

「そうか…じゃあ、声を聞くための捧げ物は何か持って来た?」

「これだよ。私のおばあちゃんは、日本人形の売り子だったんだよ。その中でも、おばあちゃんが子供の頃に始めて作ったこの人形。大事にしているんだって私が小さい頃に聞いたことがあった」

 美穂が手に持っていた、藍色の紙袋から取り出したのは、おかっぱの日本人形だった。かなり年季が入っているのか、紅い服の部分にヒビが入っている。

 手袋をはめた手で、それを受け取る。

「おばあちゃんは何歳に亡くなったの?」 

「88歳」

「ということはこの人形の年齢も」

「80年以上は経ってるはず」

「なるほど。大丈夫ね。ついて来て」

 カウンターの奥の部屋には、白いシーツがかけられたベッドが一つ、そして側面の机の上にはヘッドフォンのようなものが、パソコンのモニターと繋がっていた。

「じゃあここに座って」

 病院の診察室を似せて作ったというこの部屋こそが、私のお金稼ぎの主戦場だった。

 手に持っていた人形をベッドの上に置く。この人形こそが、死の声を相手に聴かせる時のトリガーになるのだ。特に80年もの間、大事にされていたものなら、この世に未練がある魂の一部を憑依させるのには十分な年数だ。

 美穂が座っている向かいにある椅子に私も座った。まるで医者と患者みたいだ。だが、これからやるのは死んだ人の声を聞くビジネス。都会の医者から見たら、外道もいいところだろう。

 机の上に置いてあるヘッドホンを頭にはめる。そしてそのままベッド上に向かった。

 ヘッドホンは通称『電夢』と言われる装置だ。元々両親が私の死の声が聞こえるという能力を他人のために役立たせるように開発したものだった。私が中学に上がったタイミングで、真さんから手渡しされたものだ。

 私はベッドの上で横になった。

 一連の動作を不思議そうに眺めていた美穂に声をかける。

「準備完了。私はこれからあなたのおばあちゃんの死んだ魂を自分の身体に憑依させる。約20秒だけ。あの世からこの世に、意識を甦らせるの」

 私はベッドの横にあるスイッチを押した。これは真さん呼び出しボタンで、これから死者に自分の身体の乗っ取りを許すという合図でもあった。

 ガラガラと引き戸が開き、私たちが来た方向とは反対側から真さんが入室した。

「始めていいよ夏子。危なくなったらすぐに電気切るから」

「了解。じゃあ、スタート」

 ヘッドフォンの上についている電気のスイッチを手で押した。その瞬間、電撃が頭に走る。痛いような、でもどこか気持ちいいようなそんな気分になった。

 身体ごとくらい谷の底のような場所に落ちていく。

 やがて川が見えた。私がそこに着地すると、水飛沫が上がる。

 膝の丈ぐらいまでの川。ここはこないだの授業中にも同じ場所に来ている。死者が集まる、精神世界だ。

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