第3話 勝谷町での日々
激しいボールと人の攻防。私はかなりの運動音痴だった。来たボールをキャッチすることすらままならない。これには剛石たちもびっくりした様子で、まるで異常者を見るような雰囲気を醸し出す。昔からそうだ。決して三点要因の女にもなれない。
これが私だ。だから、お願いたがら、私を戦力と見做さないで欲しい。そんな思いで、試合が終わるまでなんとなくやっているふりをして誤魔化す。
「やれやれ、負けちまったなー」
剛石が膝を体育館の床につく。ポタポタと落ちてくる汗をタオルで拭った。
「それゃ、向こうのチームは女子が決めたんだぜ。3点も一気に入れば、攻めもしんどくなるな」
雅音がちらっと私のほうを見る。私はその視線に気づいていたけど、あえて無視した。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花。夏子にはボールに取り憑いている霊が見えたんじゃねぇか」
「ふっ。だとすれば、あまりにも要らない力だ」
「死の声ってのがなんなのか、俺たちにはさっぱり分かんねぇからなぁ」
私に死の声が聞こえることは、勝谷町の誰もが知っていた。それは中学を卒業してから、叔父である真さんと始めた、死の声ビジネスの影響が高い。
でも運動音痴なのは、実は関係なかった。それを知っているのは私だけで、ほとんどの人間が、死の声が聞こえるせいだと思っているし、私がそう思わせる行動や立ち振る舞いをしているのだ。
勝谷町は、近畿地方の真ん中にある、山に囲まれた人口約6000人の田舎町だ。私は小さな頃から変わらない、道路の両側が森になったこの道を、何度も何度も往復している。
嫌な体育を乗り切り、午後の授業もそれなりに頑張った。みんなが帰宅し始める。
私も優花と美穂の三人で下校しよとうとしていた。
「明日は筋肉痛かもね」
優花が校門を出たところでつぶやいた。優花は私たち三人の中で一番運動ができる。とは言ってもこの三人の中ではだ。
「それにしても、あの剛石と雅音ってやつ一体なによ。夏子にあんなに噛みついてたけど」
「まぁまぁ優花ちゃん。ほら、美術の授業で絵が描けない子がいたら、内心下手くそ〜って思うじゃない。それの体育バージョンなのよ」
そう言って美穂が手で落ち着かせるようなジェスチャーをする。優花は美術部で、めちゃくちゃ絵が上手い。将来はイラストレーターになりたいと、村外れにある、いこい神社に本気で願手を合わせていた。
一方の美穂の将来の夢を私は知らない。小中高と一緒だったが、大体は推しの話をしていた。それはカバンのつけられた、ワッペンやら、キャラクターを形どった人形を見れば誰でもわかる。
20年前から、日本で過激になったテロリスト活動を反対するアイドルグループ。アンチテロリストアイドル『ポップピース』のオタクなのだった。
「テロリストとの戦争は必ず起きます-」
マイク越しに、熱意が込められた声が聞こえてきた。どこか聞き覚えがある声だ。
「-その時にまず狙われるのは、水です。我々は水がなければ3日足らずで死に至る。そこでダムの移設です。私はこの案をずっと前から推してきました。今こそ実現する時です。どうか、この紫雲、紫雲、紫雲光一に清き一票をお願いします」
小さな広場になっているこの場所に、10人程度が取り囲むように段差の上の人を見つめている。段上には歳の割に、ガタイがしっかりした人物がマイクを握っている。優花の祖父だった。
「光一さん元気だねー」
「おじいちゃんはあれが生きがいなのよ。私には全く理解できないけど」
私と優花に気づいた、光一が手をこちらに振ってきた。私たちはきっちりと振り返す。
「私の孫たちの世代のためにも、早めにダム移設を決断すべきです。彼が今後後悔しないためにも」
パチパチパチパチ。
光一を取り囲む、町の人々なら拍手が巻き起こる。
「行こう、夏子、美穂」
優花が目線を落としながら、私と美穂の手首を掴んだ。
「えっ、ちょっ」
困惑する私たちをよそに、光一の演説の声が聞こえなくなる場所まで、黙って移動した。
「いい、二人とも。私は、ダム移設に反対なのよ」
「うん、勝谷町の大半はそうだと思うよ」
私はそう返す。
「おじいちゃんの言ってることは、半分ボケだと思ってくれていいからね」
そう言って、自動販売機のボタンを押した。ガコンッと音がして、ガラガラとコーラが落ちてくる。
私も優花に続いてピーチジュースを買う。美穂はサイダーを手にして、すでに木のベンチに腰掛けていた。
私と優花も続いて、同じベンチに座る。目線の先からは町が一望できる。山と山の間に家が建っている。何百年も昔、この勝谷町には川が流れていたのだ。それを昭和の時代に、ダム建設によって、埋め立ててできたのが勝谷町だった。
いこいの里と言われるようになった、私たちがいる丘も、人口的に作られた場所だった。
私たちはそからしばらくおしゃべりをして、帰ることになった。ここから一番家が遠い優花が先に席をたった。
私も帰ろうと、空になったピーチジュースを持って立ち上がった瞬間、美穂に裾を引っ張られて、止められた。
「どうしたの?」
「あのね。声を聞きたい人がいるの」
美穂は私の顔を覗き込んで、そう言った。美穂のかけているメガネの奥の瞳がこっちを向いている。
「分かった。真さん経由でお願い」
ポケットに入っていた携帯を忘れてのロックを解除し、美穂に見せた。大きな文字で、『ここをクリック』と書かれている。
それは真さんが作った〈死の声〉ビジネスのサイトだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます