欠片、六つ目。ぽかぽか。―ジルとフウガ―


 夜。シオを家まで送り届けて帰ってきたジルは、家の共用場である食堂から明かりが漏れているのに気付いた。

 まだ起きているのかと思い覗き込むと、テーブルでカップを傾けるフウガが座っていた。


「お、ジルか」


「フウガは何を飲んでるんだ?」


 冷える手を擦りながら、ジルはフウガの隣の椅子へ腰掛ける。

 ことん、とフウガが持っていたカップを置く。

 それを覗き込んでみると、赤色の飲み物に、スライスされたオレンジが添えられていた。

 その飲み物が何なのか検討がつかず、ジルが眉間にしわを寄せる。

 だが、立ち上る湯気に独特な匂いを感じて顔を歪めた。


「これ、酒か……? アルコールの匂いがする」


「ああ、赤ワインだ。葡萄酒だな」


「でも湯気……」


「ホットワインってやつ」


 ホットワイン。口だけで呟きながら、ジルがテーブルに置かれたカップを見つめる。

 冷えた手を擦りながら。


「ん、なんだ。興味あるんか?」


「いや……、なんか温かそうだなあと……」


「ま、ぽかぽかはすんけどな」


 ちらりと、少しだけ期待する目がフウガに向けられる。

 その目にフウガは苦笑した。


「ちょっとばかし飲んでみっか? でも、少しだけアルコールを飛ばしてるとはいえ、酒だぞ?」


「いい。飲んでみたい」


 ぱっと輝くジルの顔に、フウガは軽く肩をすくめてカップを差し出した。

 ジルはカップを持ち上げ、手の平に伝わる温度に緩く細い息を吐いた。

 冷えた手に温かさが沁みる。

 そして、ごくりと唾を飲み込み、意を決してカップを口に運ぶ、が――。


「……うへぇー……」


 ジルの顔が渋面に染まった。

 アルコール独特の香りや風味が鼻を抜ける感覚。

 口内に広がる、ふわあとした感覚。

 そして、喉に感ずる灼ける熱。

 そのどれもが何とも言えぬ心地を呼ぶ。


「だから言ったのに」


 フウガがくつくつと喉奥で笑い、肩を揺らす。

 より渋面を深くしたジルは、何も言わずにカップをフウガへ渡した。


「俺、大人になりきれねぇ」


「酒が飲めなきゃ、大人ってわけじゃねぇさ」


 そう言いつつも、フウガは受け取ったカップを傾け、ゆっくりと口に運ぶ。

 それをジルは複雑そうに眺めた。


「んでも、様になってんの気に入らねぇなぁ……」


「そう言ってるうちはガキだな」


 くっくとフウガは静かに笑い、ジルは口を尖らせた。



 これは、とある時のとある夜の一欠片。

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