欠片、五つ目。ぬくもり。―シオとジル―


 三毛猫シオは、音も立てずにジルの部屋へと忍び込む。

 ジルとは離れて暮らすシオだが、ティアと会った帰り道、彼らの家を通り過ぎかけた際に、ジルの同居人であるフウガが招き入れてくれた。

 ならば、ちょっとばかし驚かせてやろうと悪戯心が疼き、今に至る。

 だが――。


「なぁーんだ」


 シオの尾がひょんっと揺れた。

 後ろ足で立ち上がり、前足をベッドへかける。

 シオが覗く視線の先には、小さな身体を丸めて眠る、銀灰色のねずみの姿。

 頭にはジルの目印であるターバンが巻かれている。

 手の平に納まる程の大きさのねずみは、シオが来たことにも気付かぬくらいにぐっすりだ。


「つまんないの」


 シオのカッパー色の瞳が不機嫌にきらめく。

 はあと軽くため息を落とし、シオはひょいっとベッドへと跳び上がった。

 そして、彼女は眠るジルを囲うように自身も身を丸めると、彼を抱き込むように身を寄せる。


「寒そうだから、かわゆい猫ちゃんのあたしが温めてあげる」


 小さな彼のぬくもりを感じながら、シオはそっと目を閉じた。




   *




 ジルは目を覚ますと、背に感ずる大きな気配に反射的に身を強張らせた。

 いつの間にか背後に何か居る――と焦ったが、背に触れるぬくもりに、それが何の気配かに気付く。


「……んだよ、シオかよ」


 一気に脱力した。

 びびりと評されそうだが、これはねずみとしての本能に近いのだから仕方がない。

 その上、心を通わせた相手とはいえ彼女は猫なのだ。

 未だ、捕食される側としての本能が顔を見せることもある。

 ふうと細く長い息を吐き出しながら、ジルはシオの懐から抜け出した。

 ベッドから下りる頃には、ジルの姿は少年の姿に変じていた。

 頭に巻かれたターバンの間からは銀灰色の髪が覗く。

 ジルはベッドを振り返ると、表情を和らげた。


「そのままじゃ、さみいだろ」


 シオを起こさぬよう慎重に彼女を抱きかかえると、ジルはベッドに腰を下ろした。

 自分の膝上に彼女を乗せ、ゆっくりとその背を撫でる。

 手を通じて感ずる彼女のぬくもりに、自然と頬が緩んだ。


「あったかけ」



 これは、とある時のとあるお昼寝時の一欠片。

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