第9話

康介は返す言葉がないのか黙り込んでしまった。

ーねぇ、まだ終わんないの?ー

女性の声が漏れ聞こえてきた。

ーコ、コンビニにいるんだ。かなり店内が混雑しててー

「あれ?さっき家の玄関の鍵がないとか言ってませんでしたか?俺の聞き間違いですか?」

ーあれ~~そんなこと言ったかな。覚えてないー

酔っ払っているのか呂律が回っていない。

苦し紛れの言い訳にしか聞こえなかった。

「酒を呑むのはいいですが、ほどほどにしないとそのうち痛い目にあいますよ。あと飲酒運転だけはしないで下さいよ」

ー電波が悪いみたいで声が遠いな。一志さんの声が聞こえないなー

がちゃんと一方的に電話が切れてしまった。

「演技が下手だな。誰だよ、俺だったらバレないように浮気するって豪語していたのは」

一志さんが携帯の電源をオフにした。

「まゆに繋がらないとなると仁志に電話を掛けるしかないだろ?」

一志兄さんが自分の携帯をポケットから取り出した。

「聞いていたか?」

ーあぁ、しっかり聞いていたー

仁志兄さんの声が聞こえてきたからビックリした。

ーまゆさんー

瑠花さんの声が聞こえてきたからどきっとした。

ー仁志さんからだいたいのことは聞いた。ごめん、私ね何回か見ているんだよね。勤務先の病院の産科婦人科外来で康介さんを。キッズコーナーで男の子の遊び相手をしていた。守秘義務もあるし、なにより知らないほうが幸せだろって思って言わなかったのー

「瑠花さんは悪くありません」

ー康介さんから電話が掛かってきたから切るねー

瑠花さんは素っ気なく言うと電話が切れた。

なかなか寝れなくて。寝返りを打ちたくても足が固定されていて身動きがとれなくて、ずっと天井を見ていた。悲しいわけでもないのに、悔しくて、情けなくて。涙しかでなかった。一志兄さんは何も言わずにただ静かに隣にいてくれた。寄り添ってくれた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る