第42話 社長に直談判した結果……
初めてのロケ番組をやりこなせたことで五十嵐の評価は益々高まり、彼への仕事のオファーが尽きることはなかった。
「オファーがあるのはいいことだけど、それを全部引き受けていたら、さすがに体が持ちませんよ」
五十嵐はまったく休みのない現状を望に訴えた。
「五十嵐さんはまだ売り出し中なので、仕事を選べる立場じゃないんですよ」
「それは分かってますけど、それを何とかするのがマネージャーの仕事でしょ?」
「私だってやり繰りするのが大変なんですよ。文句があるのなら、社長に直談判してください」
「社長に言えば何とかなるんですか?」
「少なくとも、私に言うよりは効果があると思います」
「分かりました。じゃあ、今から社長のところに行ってきます」
そう言うと、五十嵐は部屋を出て社長室へ向かった。
(勢い込んで部屋を出たのはいいが、社長になんて言えばいいんだ……ええいっ、考えても仕方ない。とにかく今思っていることを話そう)
やがて社長室に着くと、五十嵐は大きく息を吐いた後ドアをノックした。
「はい」
「五十嵐ですけど、入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
五十嵐は「失礼します」と言いながら中に入ると、山中に向かって深々と頭を下げた。
「とりあえず座ってください」
山中に促されソファーに腰を下ろした五十嵐は、いきなり「このままでは体が持たないので、仕事を少しセーブしてください」と訴えた。
「そんなに体がきついんですか?」
「ええ。特に睡眠時間が削られるのがきついですね」
「そうですか。まあ、五十嵐さんの年齢を考えるとそうかもしれませんが、今が頑張り時なので少しの間我慢してもらえませんか?」
「少しの間って、いつまでですか?」
「そうですね。簡単に言うと、売り出し期間が終わるまでですね」
「それって、いつ終わるんですか?」
「私がもうそろそろいいかなと判断した時です」
「そんな曖昧な……具体的な日時を提示してくださいよ」
「残念ながらそれはできません。あくまで私の判断で決まります」
「そうですか。では社長は、私の体がどうなってもいいとおっしゃるんですね」
「そんなことは言ってません。五十嵐さん、私の話をよく聞いてください。現在超一流タレントと言われている人は、みんなこういう苦しい時期を乗り越えて、今の地位を築いてるんです。逆に言うと、ここで挫けるような人は一生そこへは行けません」
「…………」
山中の
「きついとは思いますが、なんとかもうひと踏ん張りして、もう一つ上の地位を築いてください」
「……分かりました」
五十嵐はすっかり意気消沈し、そのまま社長室を出て行った。
「どうでした? 社長への直談判、うまくいきました?」
五十嵐が部屋に戻るやいなや、望がニヤニヤしながら訊ねた。
「いえ、物の見事に断られましたよ」
「でしょうね。社長は物腰は柔らかいんですけど、一度こうと決めたらなかなか自分の考えを曲げない頑固なところがありますからね」
「それは今回のことでよく分かりました。これからはもう、今日のような無駄なことはしません。それより、一週間後のスケジュールなんですけど、たしか夕方から空いてましたよね? あれ、もう埋まりました?」
「なんでそんなこと訊くんですか?」
「いや、もし空いたままだったら、久々に友人と飲みに行こうと思いまして」
「残念ながら、それはできません。先程、埋まってしまいましたから」
「マジですか! せっかく久々に会えると思ってたのに……で、どんな仕事が入ったんですか?」
「『サンタのまま』です」
「えっ! それって、おかしなサンタさんと一対一でトークするやつですよね?」
「そうですけど、それが何か?」
「『それが何か』じゃありませんよ! なんでそんなに落ち着いていられるんですか! 相手は世間からお笑いモンスターと言われている、あのサンタさんなんですよ!」
「だって、今までも大御所と呼ばれている方と何度も共演してるじゃないですか」
「ハッキリ言って、サンタさんは今までの人とは次元が違います。なんといっても、お笑いビッグスリーのうちの一人なんですから」
「五十嵐さん、もしかして気後れしてるんですか?」
「そりゃあ、気後れもしますよ。だって俺がまだ小さい頃からテレビに出てた人なんですから」
「五十嵐さん。そんな考えでは、本番が始まる前に呑まれてしまいますよ。どんなに凄い人だと思っていても、テレビの中では対等でいなければなりません」
「今まではそれができてたんですけど、今回はさすがに自信ないですね」
「じゃあ、キャッチコピーと同じように、自分のことを一番面白いタレントだと思ってください。そうすれば、サンタさんを相手にしても気後れしないでしょ?」
「それ、無茶ですって」
「無茶でもいいから、そうしてください。そうでもしないと、五十嵐さんの良さが発揮できないので」
「……どうなっても知りませんよ」
おかしなサンタとの共演を前に、五十嵐は一抹の不安を覚えずにはいられなかった。
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