第41話 町で噂の美女がまさかの……

 肉屋のおばさんから得た情報をもとに、五十嵐たちが商店街の出口付近を探索していると、『斎藤金物店』という古びた看板が彼らの目に入った。


「どうやら、ここみたいですね」


 ディレクターの坂本がそう言うと、五十嵐は「そうですね。じゃあ、ちょっと覗いてみます」と言いながら、一人で店の中へ入って行った。

 すると、客が一人もいない中、奥の方で商品を陳列しているマスク姿の若い女性が見えた。


(あの人が、さっきおばさんが言ってたこの店の娘に違いない)


 そう確信した五十嵐は、「すみません。ちょっとお話を伺いたいのですが」と言いながら、女性に近づいて行った。


「なんでしょう?」


「今、ロケでこの辺を回っているんですけど、この店がテレビに映っても大丈夫ですか?」


「別に構いませんよ」


 女性の言葉を聞いて、五十嵐は入口付近で様子を見ていたスタッフにOKサインを出した。


「実は先程、田中肉店の店主にこの店のことを教えてもらったのですが、今から少しだけお話を伺ってもよろしいでしょうか?」


「はい」


「失礼ですが、あなたのお名前は?」


「斎藤万里江です」


「そのマスクはいつもしてるんですか?」


「ええ。一応客商売なので」


「そうですか。もし可能であれば、マスクを外した姿を見せていただきたいのですが」


「なぜ?」


「あなたがかなりの美人だと噂されているのを聞きつけて、一度拝見させてもらおうと思った次第でして」


「一つ訊きたいのですが、もし私が噂されているような美人じゃなかったら、どうするつもりですか?」


「その時はこのシーンを丸ごとカットします」


「ということは、噂通りだった場合は、そのまま放送するんですね?」


「ええ」


「分かりました。では、今からマスクを外すので、噂通りかどうかみなさんで判断してください」


 そう言うと、万里江はもったいをつけるように、ゆっくりとマスクを外した。

 すると──。





「キャー!」

「ギャー!」

「助けてー!」


 万里江の顔はあの伝説の口裂け女……ではなく、その真逆で超が付くほどのおちょぼ口だった。

 例えるなら、もの凄く酸っぱい梅干しを食べてしまった時に、思い切りすぼめる口。 

 他のパーツが大きいため、その口の小ささが余計際立ち、お世辞にも美人と言える顔ではなかった。


「どうしたんですか、みなさん悲鳴なんか上げて。そんなに私の顔って変ですか?」


「……いえ。変ってことはないんですけど……なんというか、全体的にアンバランスというか……」


「それって、変ってことですよね? いいんですよ。ハッキリ言ってもらって。自分の顔のことは自分でよく分かってますから」


「…………」


 開き直りともとれる万里江の態度に、五十嵐は何も返すことができなかった。






「すみません。もう少し面白くなる予定だったんですけど……」


 先程のシーンを丸ごとカットにすると坂本に言われたことで、五十嵐はすっかり意気消沈していた。


「まあ、仕方ないですよ。容姿のことをいじると、今は問題になりますから」


「でも、叫び声を上げてしまったのは、さすがにまずかったのでは?」


「そうですね。まあ、私も驚きのあまり叫んでしまったので同罪です。それより、まだまだ撮れ高が少ないので、先を急ぎましょう」


「分かりました。いつまでも引きずってるわけにもいきませんしね」


 その後、気を取り直した五十嵐は、町の変わった人物や面白いスポット等を次々に紹介し、撮れ高が放送分に達したところでロケは終了となった。


「さすが五十嵐さん。さっき肉屋のおばさんが言ってたように、転んでもただでは起きませんね。並のタレントなら、カットになった時点で心が折れてましたよ」


「実を言うと俺も折れかかってたんですけど、なんとか持ちこたえました」


「ロケも無事終了したことですし、この後みんなで飲みに行きませんか?」


「すみません。行きたいのは山々なんですけど、明日早いので遠慮しておきます。どうぞみなさんで行ってください」


「そうですか。残念ですけど、仕方ないですね。じゃあ、お疲れ様でした」


「お疲れ様でした」


 五十嵐はスタッフ全員に挨拶すると、望の運転する車に乗り込んだ。


(本当は明日の仕事は昼からだけど、今とても飲みに行くような心境じゃないからな。早く帰って、さっきの反省をしないと)


 先程は強がって、そんな素振りは一切見せなかったが、五十嵐はシーンが丸ごとカットになったことを思い切り引きずっていた。



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