第40話 いが散歩

 五十嵐と橋本加奈の対談が掲載されている週刊未来の今週号が発売されると、ネットは二人の話題で持ち切りとなった。


『加奈ちゃんと対談だなんて、五十嵐さんが羨まし過ぎる』

『二人とも、結構赤裸々に語ってるな』

『加奈ちゃんはともかく、五十嵐さんの夢は大き過ぎるのでは?』

『これテレビで観たかった』

『五十嵐さんが憧れの人と会えてよかったです』

『加奈ちゃんが酔っ払ってる姿を見てみたい』

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(こんなに書き込みがあるということは、この雑誌結構売れてるんだな)


 雑誌のたぐいをまったく読まない五十嵐は、変なところで感心していた。




「五十嵐さん、街ぶらロケのオファーが来てるんですけど、受けますか?」


 次の仕事の打ち合わせのために訪れた事務所の一室で、五十嵐はいきなり望から打診された。


「別に構いませんが、それってメインじゃなくて、ゲストでってことですよね?」


「いえ。メインでオファーを受けています。いわゆる単発ものってやつですね」


「マジですか! でもあれって、ある程度顔が知れた人でないと、番組が成り立たないんじゃないですか?」


「そんなことはありません。それに、五十嵐さんはもうすっかり、世間に知られてますから」


「それはないでしょう。だってまだテレビに出始めて、一ヶ月しか経ってないんですよ」


「期間は短くても、五十嵐さんの場合、各番組でかなりのインパクトを残しているので、知名度はその辺のタレントより高いですよ」


「それって、俺がどうこうより、キャッチコピーのおかげでしょ?」


「もちろんそれもありますが、五十嵐さんはそれに全然負けてないじゃないですか。並のタレントなら、もうとっくに押しつぶされてますよ」


「まあ、そうかもしれませんが、それにしても、単発とはいえメインを張るのは早過ぎませんか?」


「向こうは、五十嵐さんならできると思ってオファーしてるんです。もっと自分に自信を持ってください」


「分かりましたよ。やればいいんでしょ!」


 五十嵐は半分ヤケになりながら、承諾した。



 三日後、五十嵐は大勢のスタッフを引き連れて、番組のスタート地点である○○町の駅前に来ていた。


「どーもー! 自称日本一面白いタレントこと五十嵐幸助でーす! まだテレビに出始めて一ヶ月なのに、もうメインを張れるなんて、やっぱり俺は持ってるねー。この番組は街中をぶらぶらして、そこで出会った人から町の情報を聞き出そうという典型的な街ぶら番組なんだけど、なにせ聞き手が俺なので普通の番組で終わらせるわけにはいかないよな。何かとんでもないことが起こるのは間違いないので、このまま最後まで観てくれ。それじゃあ、『いが散歩』スタート!」


「はいОK! いやあ、さすが五十嵐さん。初メインなのに、まったくそんな感じを見せませんね」


 ディレクターの坂本は大いに満足している様子だった。


「メインといっても、演者は俺だけですけどね。まあ、それはいいとして、オープニングはあんな感じでよかったですか?」


「全然大丈夫です。途中まで普通の街ぶら番組のように見せかけて、最後に視聴者を惹きつけるワードを使うなんて、ベテランでもなかなかできないですよ」


「でも、言ったからには何かハプニング的なことでも起こらないと、視聴者は納得しないでしょうね」


「それなら何の心配もしていません。なにせ五十嵐さんは持ってますから」


「はははっ!」


 オープニングを撮り終えると、五十嵐たちは駅前を離れ商店街に向かって歩き出した。


「おやっ、なんかいいにおいがしてきたぞ。これはどこから流れてきているのでしょうか……あっ! あそこに肉屋があります! ちょっと行ってみましょう」


 そう言うと、五十嵐は肉屋に向かって駆け出し、スタッフも慌てて後に続いた。


「すみません。ちょっと、お話を伺ってもよろしいでしょうか?」と、五十嵐は店頭で揚げ物をしている年配の女性に訊ねた。


「あっ! あんた、テレビに出てる人じゃないか!」


「俺のことを知ってるんですか?」


「名前は分からないけど、なんか変な挨拶してる人だろ?」


「変な挨拶って……人を日本に来て間もない外国人みたいに言わないでください」


「あははっ! あんた、なかなか面白いこと言うじゃない」


「ありがとうございます。褒められて素直に嬉しいです」


「で、今日は何しに来たんだい?」


「ロケです。何でもいいので、この町に関する情報を教えてください」


「そうねえ。安くて美味しいって評判の肉屋なら知ってるけどねえ」


「えっ! それって、どこにあるんですか?」


「ここだよ、ここ。この田中肉店は、この町の中で一番安くて美味しいの」


「って、宣伝かい! お母さん、あなた中々商売上手ですね」


「このくらい図太くないと、商売なんてやってられないのよ。あははっ!」


「お母さん、テレビを店の宣伝に使ったお返しに、何か一つこの町の情報を教えてくださいよ」


「あんた、転んでもただでは起きないね。じゃあ、とっておきの情報を一つ教えてあげるよ」


「とっておき?」


「ああ。この商店街の出口付近に金物屋があって、そこの娘はものすごい美人って噂なんだけど、普段ずっとマスクしてるから、家族以外誰も素顔を見た者はいないんだよ」


「なるほど。ある種、都市伝説みたいになってるんですね」


「そういうこと。あんた、今からそこへ行って、本当に美人かどうか確かめておくれよ」


「分かりました。じゃあ、今から行ってみます。貴重な情報を提供していただき、ありがとうございました」


 五十嵐は深々と頭を下げながら礼を言うと、すぐにスタッフを引き連れて金物屋へ向かった。






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