第38話 憧れの人との対談

 久しぶりに動画を投稿した翌朝、五十嵐はそっとコメント欄を覗いてみた。

 すると──。




『きたー! タレントになって初めての動画!』

『相変わらず、切れ味が鋭いですね』

『意外と恋愛至上主義なんですね』

『自分で付けたキャッチコピーじゃなかったんですね』

『はっきりと言い切るところが凄いです』

『やっぱり、勉強やスポーツより恋愛ですよね』

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(よかった。今のところ、否定的な意見は来てないようだ。どうやら、最後に言った要望が効いたみたいだな)


 五十嵐はホッと胸を撫でおろすと、そのままマンションを出てタクシーで仕事先へ向かった。


(いよいよ橋本加奈と会える。仕事のことはひとまず考えないようにして、今日は大いに楽しもう)


 五十嵐が女優の橋本加奈の大ファンであることを、事前に本人から聞いていた社長の山中が、彼を喜ばせようと思って今日の対談をセッティングしていた。


 やがて対談が行われる『週刊未来』の本社に着くと、五十嵐は受付の女性から、ある一室に案内された。


(まだ橋本加奈は来ていないみたいだけど、もう少ししたらここに来るんだよな……ああ、なんか緊張してきた。初めてのテレビ出演の時でさえ緊張しなかったのに、やはり橋本加奈は別格だな)


 五十嵐がそんなことを思っていると、突然ドアが開いて、二十代後半くらいの女性が入室してきた。


「初めまして。私、本日、五十嵐さんと橋本加奈さんのインタビュアーを務めさせていただく、週刊未来記者の小山内と申します」


「初めまして、五十嵐幸助です。今日は緊張でいつものように喋れないかもしれないので、その時はちゃんとフォローしてくださいね」


「またまたー。五十嵐さんは緊張なんてしないでしょ?」


「なんでそう思うんですか?」


「動画やテレビを観ている限り、そういった要素がまったく見当たらないからです」


「おっしゃる通り普段は緊張しませんが、今日は本当に緊張してるんです。その証拠に、ほら」


 そう言うと、五十嵐は震える手を小山内に見せた。


「それ、わざとですよね?」


「バレました? 確かに今のはわざとですけど、緊張してるのは事実なんです」


「それは五十嵐さんが橋本さんのファンだからですか?」


「もちろんそれもありますが、それ以上に今日の対談でもし彼女が俺に悪い印象を持ったらどうしようと考えるだけで、緊張してくるんです」


「そんなことでは、五十嵐さんの個性が死んでしまいますよ。いい意味で、五十嵐さんは怖い者知らずなんですから」


「それは俺もよく分かってるんですけど、こればかりはどうしようも……」


「そんなこと言わず、気を大きく持ちましょう。なんといっても、相手は五十嵐さんとは親子ほど年が離れているんですから」


 いまいち歯切れの悪い五十嵐を小山内が鼓舞していると、彼女のスマホに『ピロピロ』と、着信音が鳴った。


「はい。あっ、そうですか。ではすぐに案内してください」


 彼女は電話を切ると、五十嵐に向かって「橋本加奈さんがお見えになったみたいです」と言いながら、彼女を迎え入れる態勢を整え始め、五十嵐も彼女がいつ入ってきてもいいように、姿勢を正した。


 しばらくすると、ドアをノックする音が聞こえ、小山内の「はい、どうぞ」という声とともに、まぶしい程のオーラを身にまとった橋本加奈が現れた。


(うおっ! テレビで観てた時よりも、数段美しい! これはよほど気合を入れないと、魂ごと持っていかれそうだな)

 

 瞬時にそう考えた五十嵐は、小山内に紹介される前から「どーもー! 自称日本一面白いタレントこと五十嵐幸助でーす!」と、加奈に向かってお決まりの挨拶をした。


「初めまして、橋本加奈です。今話題の五十嵐さんと会えるということで、今日の日をずっと楽しみにしていました」


 挨拶には一切触れず、割と冷静に返した加奈に対して、五十嵐は「マジですか! たとえそれが社交辞令だとしても、めちゃくちゃ嬉しいです!」と、こちらは興奮を隠し切れない様子だった。


「盛り上がっているところ恐縮ですが、ただいまから『百年に一度の奇跡』と言われている橋本加奈さんと、『自称日本一面白いタレント』というユニークなキャッチコピーを持つ五十嵐幸助さんの対談を始めたいと思います。それに先立ちまして、お互いの印象を聞きたいのですが、まずは五十嵐さんからお願いします」


「分かりました。俺は加奈さんがアイドルグループの一員としてデビューした頃からのファンで、その頃は無邪気でかわいい印象だったんですけど、アイドルを卒業してからは、色気の漂う大人の女性に変わってきたと感じています」


「なるほど。では、次に橋本さん、お願いします」


「はい。テレビや動画を拝見して、とても面白い人だなという印象を持っています」


「分かりました。それでは、これからは対談方式でいきたいと思います。テーマは特に決めていないので、お互いが聞きたいことを相手にぶつけ、聞かれた方はそれに答えるという形式でいきましょう。それではまず、五十嵐さんから何か質問をぶつけてください」


(マジか! てっきりテーマに沿って語り合うものだと思ってたから、何も用意してないんだけど……ええいっ、今更そんなこと言っても仕方ない。とりあえずなんでもいいから、質問するか……いや。そんなことしたら、俺のセンスが疑われてしまう。じゃあ、一体どうしたらいいんだ?)


 楽しみにしていた橋本加奈との対談が一転窮地に追い込まれ、五十嵐はすぐにでも逃げ出したい心境になっていた。


 




 

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