第37話 俺は普通のアドバイスなんてしない!

「お父さん、もうすっかり芸能人じゃん」


 いつものカフェで萌と待ち合わせをしていた五十嵐は、店に到着するなり彼女にそう言われた。


「そうか? 俺としては、あまり自覚はないんだけどな」


「街を歩いてる時に、声を掛けられたりしない?」


「それはたまにあるけど、そのくらいじゃ、別に何とも思わないよ」


「ふーん。でも私的には、そろそろ自覚してほしいんだよね」


「なんで?」


「目立つのが嫌だからよ。気付いてないかもしれないけど、お父さんが店に入った瞬間、何人もの人がお父さんのこと見てたからね」


「そうか。じゃあ外に出る時は、変装とかした方がいいのか?」


「別にそこまでしなくてもいいけど、次からは待ち合わせ場所を個室のある所に変えようよ」


「ああ、分かった」


「で、どうなの、タレント生活は?」


「楽しいよ。今までテレビでしか見たことのなかった人たちと会うのは新鮮だし、彼らとやり取りしてると、何よりいい刺激になるんだ」


「確かに、お父さんが楽しんでるのは、画面越しでもよく伝わるわ。まあ、それが人気の一因になってるのは間違いないよ」


「バラエティ番組って、基本的に見てる人を楽しませるためにあるものだろ? それにはまず、出てる側が楽しまなければいけないと俺は思ってるんだ」


「お父さん、番組中よく笑ってるでしょ? あの屈託のない笑顔を見てると、なんかこっちも幸せな気分になれるんだよね」


「ん? お前と会ってる時も、よく笑ってるだろ?」


「笑ってはいるけど、それは気を遣ってるだけで、心からのものじゃないわ」


「なんで俺がお前に気を遣わないといけないんだ?」


「お父さんは心の中に、私に対してすまないという気持ちを未だに持ってるのよ。だから、どうしてもぎこちない笑い方になってしまうの」


 自分の気持ちを見透かされたことがよほど堪えたのか、五十嵐はいつもにも増してぎこちなく笑いながら、「何言ってんだよ、お前。そんなこと、あるはずないだろ。」と、虚勢を張った。


「ほら、その笑い方。テレビに出てる時と全然違うもの」


「…………」


 萌の鋭い指摘に、ぐうの音も出なくなった五十嵐は、「ところで、百合子は元気にやってるか?」と、強引に話題を変えた。


「うん。いつもと変わらないよ」


「俺がタレントに転身したことについて、何か言ってなかったか?」


「そうね。口には出さないけど、心の中では喜んでるんじゃないかな」


「そうか。それなら良かった」


「何が良かったの?」


「これはまだ百合子には秘密にしておいてほしいんだけど、俺、近々百合子に復縁を迫ろうと思ってるんだ」


「えっ! それ、本気で言ってるの?」


「ああ、もちろん本気だ。動画の配信は変わらず好調だし、タレントとしてもこの先やっていける目途が付いた。今なら、お前ら二人を十分養っていけると思うんだ」


「それ、お母さんが聞いたら、きっと喜ぶよ」


「本当か? じゃあ失敗するのは嫌だから、それとなく探りを入れといてくれよ」


「ОK。じゃあ私、そろそろ行くね」


 萌は心なしか楽し気な表情を浮かべながら、店を出て行った。


(萌も喜んでるみたいだし、ここは絶対成功しないとな)


 五十嵐は萌を見送りながら、きたる日に向けて気合をみなぎらせていた。





 萌と別れた後、まっすぐマンションに帰宅した五十嵐は、あらかじめピックアップしておいたネタを元に、しばらくぶりに動画の撮影を行った。


「どーもー! 自称日本一面白いタレントこと五十嵐幸助でーす! このキャッチコピーを聞いて、俺のことをイタい奴だと思ってる人もいるだろうけど、これは俺自身が付けたわけじゃなくて、事務所の社長が付けたものなんだ。だから、自分から進んで言ってるわけじゃなくて、あくまで言わされてるだけだから、そこんところを覚えといてくれよな。……えっ、そんな言い訳がましいことを言うなだって。はははっ! 確かにそれは言えてるな。いくら自分が付けたものじゃなくても、それを名乗ってる時点で責任を持たないといけないよな。というわけで、そろそろ本題に入るとするか。今回の相談者は17歳の男子高校生だ。彼は野球部に所属していて、その中に女子マネージャーが三人いるみたいなんだけど、そのうちの一人と付き合ってるらしくてさ。でも、野球部はクラブ内恋愛禁止のため、堂々とデートできないのが悩みだそうだ」


 五十嵐はペットボトルのお茶を一気に半分ほど飲み込むと、続きを喋り始めた。


「この場合、普通なら『このまま交際宣言せず、こっそり付き合った方がいい』と、『彼女と別れて、野球に集中した方がいい』の二つに分かれると思うんだけど、俺はそんなありきたりなアドバイスはしない。俺なら『さっさと野球部を辞めて、彼女と青春を謳歌しろ』って、言うだろうな。なぜなら、その方が断然楽しいからだ。考えてもみろよ。好きな女とデートするのと、汗臭い連中と一緒に厳しい練習に明け暮れるのと、どっちが楽しい? こんなの、比べるまでもないよな。……まあ古臭い連中は、『高校時代は勉強とスポーツに励むべきだ』って言うんだろうけど、俺は恋愛を最優先するべきだと思う。でないと、将来後悔することになるからだ。その恋愛もコソコソやってたんじゃ、意味がない。他人にウザがられるほど、二人の仲を堂々と見せつけてやればいいんだ。それが若さの特権だからな」


 五十嵐は残りのお茶を飲み干すと、最後の締めに入った。


「俺のアドバイスはここまでだ。今回も賛否両論あると思うけど、こう見えて意外とメンタルが弱いから、できるだけ『賛』のコメントを頼むぜ。というわけで、今日はこれで終了する。じゃあな」


 五十嵐は慣れた手付きで編集を済ませると、タイトルを【野球より普通に彼女が好き】とし、投稿ボタンを押した。


  


 

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