第35話 印象通りの男
五十嵐は初めてのテレビ収録をうまくこなせたことで、望と次の仕事先へ向かっている車中ずっと饒舌をふるっていた。
「自分で言うのもなんだけど、初めてにしては上出来じゃないですかね。はははっ!」
「確かに、あのドビ夫人を相手にしてもまったく臆しない五十嵐さんに、私は感動すらしました」
「いやあ、ドビ夫人の楽屋へ挨拶に行った時に意外と気軽に喋れたので、これは本番でもいけるんじゃないかと思ったんですよね」
「初対面であのドビ夫人と気軽に喋れるなんて、社長の見込んだ通り五十嵐さんは只者ではありませんね」
「はははっ! そんなに褒めても何も出ませんよ。というか、小川さん俺を褒め殺ししようとしてません?」
「そんなことして、私に何のメリットがあるんですか?」
「はははっ! 冗談で言ってるんだから、そんな真剣に答えないでくださいよ」
「五十嵐さんの場合、どこまでが本気でどこまでが冗談か、よく分からないんですよ」
「私の言うことは基本冗談と思ってもらって結構です。真剣な話をする時は事前にそう言いますから」
「分かりました。では次の現場でも、先程のような調子で頑張ってください」
「了解でーす」
やがてテレビ局に着くと、五十嵐は先程と同じようにディレクターと打ち合わせをし、それが終わるとすぐに共演者の楽屋へ向かった。
(今回はさっきの番組より共演者との絡みが多そうだから、念入りに挨拶しとかないとな)
五十嵐は先程にも増して共演者たちに丁寧な挨拶をして回り、最後に大御所の松沢富美男の楽屋を訪れた。
(テレビの印象だと、松沢さんはかなり短気みたいだから、普通に挨拶した方がいいか……いや。それだと、よそよそしくなって、本番で気軽に絡めなくなる。となると──)
五十嵐は玉砕覚悟で先程ドビ夫人にやったのと同じ挨拶をすることにした。
「どーもー! 自称日本一面白いタレントこと五十嵐幸助でーす! 何分新人のため、失礼な発言をするかもしれませんが、どうか大目に見てやってください」
突然の五十嵐の訪問に、松沢はしばし呆然としていたが、やがて
「お前さん、新人のくせにいきなり人の楽屋を訪れて驚かすなんて、どういう了見だ!」
「あらら。イチかバチかでやってみたけど、どうやらバチだったみたいですね」
「訳の分からないことを言うな! その前に、まず謝れよ!」
ここで普通に謝るだけだと、険悪な空気のまま本番を迎えることになると考えたのか、五十嵐は「ごめんなちゃーい」と、半笑いしながら謝った。
「何だ、その謝り方は! お前さんは、謝罪の仕方も知らないのか!」
「そんなに興奮しないでくださいよ。新人がちょっと羽目を外しただけじゃないですか」
「なんで俺が注意されてるんだよ! それに新人だからといって、なんでも許されると思ったら大間違いだぞ!」
「うーん。松沢さんて、テレビの印象そのままの人なんですね。逆に驚きました」
「逆ってなんだよ。そんなことはいいから、早く正式に謝れ!」
「正式って……私はそこまでして謝るようなことをした覚えはないのですが」
「ほう。お前さん、どうしても謝る気はないようだな。それならそれで、こっちにも考えがある」
「どうするつもりですか?」
「本番でお前さんのことを無視する。無論俺だけじゃなく、共演者すべてがだ」
「そんな
「ああ言えばこう言う奴だな。これはいびりじゃなく、お前さんに礼儀を教えてやってるんだよ」
「松沢さんにそこまでされるいわれはありません。そろそろ時間なので、これで失礼します」
「おい! ちょっと待て!」
松沢の呼ぶ声を振り切るように、五十嵐は収録現場に向かって駆け出して行った。
「こんばんは。今週も『ミラクルエイト』の時間がやってまいりました。司会は私、『ビーフシチュー』の下田が務めさせていただきます。それでは早速、出演者の紹介にまいりましょう。まずは松沢富美男さん」
「どうも」
「あれ? 今日はいつもよりテンションが低いですね。何か嫌なことでもあったんですか?」
「そうなんだよ。さっき楽屋に挨拶に来た男がいたんだけど、そいつの態度が気に入らなかったから、謝れって言ったんだよ。そしたら、『ごめんなちゃーい』なんてふざけた謝り方をしたもんだから、そんなふざけた謝り方なんかせず正式に謝れって要求したんだよ。そしたら……」
松沢はまだ喋り終えていなかったが、「えっと、その話、長くなります?」と、話の途中で下田が遮った。
「いや。もう少しで終わるから、最後まで喋らせろよ」
「いえ。もうお腹いっぱいなので、勘弁してください。それでは次の出演者は──」
その後、共演者たちが次々と紹介され、最後に五十嵐に順番が回ってきた。
「どーもー! 自称日本一面白いタレントこと五十嵐幸助でーす! 何を隠そう、先程松沢さんにふざけた謝り方をしたのは僕でーす!」
「マジか! 君、パラシュート無しでスカイダイビングする程の怖いもの知らずだな」
「はははっ! さすが下田さん、相変わらずたとえツッコミが秀逸ですね」
「そんなあからさまに褒められると、逆に恥ずかしいわ。それより、松沢さんに対する態度といい、ふざけたキャッチコピーといい、君、芸能界をナメてるだろ?」
「はい。いい意味でナメてます」
「ぶははっ! 君、新人のくせに、ほんといい度胸してるな。まあ、君にはいろんな意味で期待してるよ」
「とか言いながら、本当は私の才能を脅威と感じていて、今のうちに潰しておこうと思ってるんでしょ?」
「そんなわけあるか! 君って、成績がクラスで最下位なのに東大を受験するくらいの勘違い野郎だな」
「はははっ! ほんと下田さんって、面白いですね。でも一番面白いのは私なので、今後二位を目指して頑張ってください」
「わっかりましたー。ではそうしまーす。さて、全員の紹介が終わったところで、最初の問題は──」
この後、五十嵐と松沢は先程のように激しくバトルし、それに下田のフォローも加わって、番組はかつないほどの盛り上がりを見せていた。
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