第34話 初めてのテレビ収録
二人の大御所の名前を聞いて固まる五十嵐に、望は「大丈夫ですよ。なにも、取って食われるわけじゃありませんから」と、励ました。
「それに一本目は出演者同士の絡みがほとんどないので、ドビ夫人を怒らせることはないでしょうし、二本目も五十嵐さんの方から松沢さんに絡んでいかない限り、大事には至りませんから」
「でも爪痕を残すには、そういう大御所に絡んでいった方が手っ取り早いんじゃないですか?」
「それはそうですが、あの二人相手にこちらから絡んでいくのは危険過ぎます」
「あくまでテレビの印象ですけど、私もあの二人は苦手なタイプです。でも、だからといって逃げていたら、この先も苦手な人と共演する度に逃げることになるでしょう。そんなことをしていては、いつまで経っても上へは行けないと思うんですけど」
「五十嵐さんのおっしゃることはよく分かります。それでも新人の五十嵐さんが、大御所相手に自ら絡んでいくのは、私は賛成できません」
「小川さんが賛成しなくても、私はやりますよ。でないと、なんのためにタレントになったか分からないので」
「そうですか。五十嵐さんがそこまで言うのなら、私はもう反対はしません。ただ、発言にはくれぐれも気を付けてくださいね」
「もちろんです。私もバカじゃないので、言っていいことと悪いことの区別はつきますから」
やがてテレビ局に着くと、五十嵐はディレクターから番組の内容について説明され、その際、自己紹介をする時は、自分の名前を言う前にキャッチコピーを入れることを提案された。
「五十嵐さんのキャッチコピーはとてもユニークなので、是非とも入れてほしいんです」
「分かりました。あと、他にも何かありますか?」
「共演者の中にドビ夫人がいるんですけど、新人だからといって何も遠慮することはありません。どんどん絡んでいってください」
「言われなくても、そのつもりです。私にはぐずぐずしてる時間なんてありませんから」
やがてディレクターとの打ち合わせが終わると、五十嵐はすぐに共演者の楽屋へ向かった。
(昨日、小川さんに言われたように、新人の俺はまず顔と名前を覚えてもらうことが重要だ。少々面倒だが、芸能界で生きていくと決めた以上、そんなことは言っていられない)
五十嵐は共演者たちに簡単な挨拶をして回り、最後にドビ夫人の楽屋を訪れた。
(さてと、ここが一番問題だな。他の共演者と同じように簡単に済ませるか、それとも──)
五十嵐は楽屋の前でしばし考えた後、おもむろにドアを開けた。
「どーもー! 自称日本一面白いタレントこと、五十嵐幸助でーす!
五十嵐の唐突な訪問に目を丸くしていたドビ夫人は、挨拶が終わるやいなや「あなた、頭、大丈夫?」と、鋭く切り返した。
「多少掛かり気味ではありますが、ぎりぎり大丈夫です。今日の収録中、ドビさんにどんどん絡んでいこうと思っていますので、どうかウザがらないでくださいね」
「わたくし、あなたのことまったく知らないんだけど、一体何者なの?」
「ドビさんは、アイチューブをご存じですか?」
「ええ、もちろん」
「そこでやっているお悩み相談がバズって、つい先日、山中プロダクションの社長から直々にスカウトされて芸能界に入りました」
「スカウトって、あなたおいくつなの?」
「46歳です」
「そんな年齢の人をスカウトするなんて、あなたの所の社長も随分思い切ったことをしたものね」
「私もそう思います。そのせいで社長もしばらくは好奇の目で見られるでしょうが、私が活躍すればそういうこともなくなるので、これから死に物狂いで頑張ります」
「そう。じゃあ、そうなることを願ってるざますわ」
「ありがとうございます」
これで共演者への挨拶はすべて終わり、いよいよ本番を迎えることとなった。
(ドビ夫人も思ったより優しそうな人だったし、これならなんとかイケそうだな)
五十嵐はそんなことを思いながら、収録現場へ向かった。
先程打ち合わせで言われた通り、ひな壇の最後列の端の席に座った五十嵐は、ドキドキとわくわくが入り交じった状態で本番が始まるのを待っていた。
「さあ、今週も『アニマル大集合』の時間がやってまいりました。司会は私、池田が務めさせていただきます。それでは早速、本日の出演者を紹介しましょう。まずはドビ夫人」
「みなさま、ごきげんよう」
「ドビ夫人はたしか、犬を飼っておられるんですよね?」
「ええ。うちには八匹のワンちゃんたちが住んでいるざます。もちろん、全員血統書付きですわ。ほほほ」
「さすがですね。もちろん値段も高かったんですよね?」
「ええ。全員合わせて、ざっと五百万といったところかしら」
「五百万ですか! それ、車が買えるじゃないですか。しかも高級車が」
「あーら、五百万の車なんて、わたくしにとってはちっとも高級なんかじゃございませんことよ。ほほほ」
(ドビ夫人、ちゃんと自分のキャラを守ってるな。これがプロってことなんだな)
そうこうしているうちに共演者の紹介はすべて終わり、いよいよ五十嵐に順番が回って来た。
「最後は、アイチューブがバズって、46歳にして先日タレントに転身したという異色の経歴を持つ五十嵐幸助さんです」
「どーもー! 自称日本一面白いタレントこと五十嵐幸助でーす! 新人ということで、今日はフレッシュな気持ちでいこうと思っています。フレッシュと言っても、僕はフレッシュレモンではありませんけどね。はははっ!」
この挨拶がウケたことで、五十嵐はすっかり緊張の糸がほぐれ、ドビ夫人にもなんら臆することなく絡んでいった。
「ドビさん、犬を八匹も飼っているのなら、一匹くらい僕に分けてくださいよ」
「ダメよ。みんなわたくしの可愛い子供なんざますから」
「でも、ドビさんが産んだわけじゃないですよね?」
「ほほほっ! あなた、新人にしてはなかなか面白いこと言うざますね」
「ありがとうございます。まあ、このキャッチコピーで面白くなかったら、シャレになりませんからね」
やがて収録が終わると、五十嵐はよほど手応えを感じたのか、誰よりも満足げな表情で帰っていった。
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