第33話 リアクションは大切
タレントとしての初仕事を難なくこなした五十嵐は、翌日のバラエティ番組の収録に向けて、望と綿密な打ち合わせをしていた。
「まず一本目は、動物が中心の番組なので、いろんな動物が出てきます。この番組は基本的に、VTRで流れたものを観て感想を言う形式となっていますが、ワイプで抜かれることも多いので、常にリアクションには気を配ってください」
「分かりました。あと、一つ質問なんですけど、やはりリアクションが大きい方が、ワイプで抜かれる可能性は高いんですかね?」
「まあ基本的にはそうですけど、むやみに大きいだけではいけません。わざとらしくならないよう注意しながら、その場に最もふさわしいリアクションをとることが大切なんです」
「なんか思ったより大変そうですね。果たして私にできるでしょうか?」
「初めてということで、とりあえず面白い場面を観た時は思い切り笑ってください。五十嵐さんは自身の動画で時々笑っていることがありますが、その時の笑顔にわざとらしさは微塵も感じられないので、ワイプで抜かれる可能性は高いと思います。あと、悲しい場面を観た時に、無理して泣く必要はありません。そういうのは、その辺の三流タレントに任せておけばいいんです。もちろん笑うのは論外ですが、悲しそうな顔をしていればそれでОKです」
「三流タレントって……小川さんて意外と辛口なんですね」
「この仕事をしていると、様々な芸能人と出会います。その中には超一流から三流以下までの幅広い階級の人がいます。と言っても、一流や超一流はごくわずかで、ほとんどが二流以下の冴えない人たちですけどね」
「そうなんですか? ちなみに、小川さんの求める一流の条件って何ですか?」
「何でもいいから芸を持っていることですね。芸能人と名乗るからには、やはり芸の一つくらいは持っていないといけません。それと、その人自身にセンスがあることです。この両方を兼ね備えて、初めて一流と言えるのです」
「なるほど。ちなみに、私は何流ですか?」
「もちろん一流です。このまま経験を積んでいけば、近いうちに超一流になれますよ」
「でも、私は芸なんて持ってませんよ」
「五十嵐さんはトーク力が高いじゃないですか。これは話芸という名の立派な芸です」
「話芸ですか。そんなの初めて言われたので、素直に嬉しいです」
「五十嵐さんは既にその辺のタレントより
「その番組は私も観たことがあります。確かにこの番組なら、私も力を発揮できそうです」
「ただ、一つ気掛かりなのは、下田さんがトーク力の高い五十嵐さんに嫉妬して、妙な対抗心を燃やさないかということです。彼は自分のトークが一番だと思っているので、ゲストの中に弁が立つ人がいると、その人を潰しにかかる傾向があるんです。今回、そうならなければいいのですが……」
「まさか素人同然の私相手に、あの下田さんがそんなにムキになるなんて、有り得ませんよ」
「私もそう思いますが、万が一ということもあるので、一応頭の片隅に留めておいてください」
「分かりました」
「では、これで打ち合わせは終わります。明日は朝の九時に迎えに行きますので、それまでに準備しておいてください」
そう言うと、望は五十嵐を残したまま退室して行った。
(明日はいよいよ初めてのテレビ出演か。しかも立て続けに二本。今夜は興奮して眠れそうにないな)
そんなことを思いながら、五十嵐はすっくと立ち上がり、誰もいない部屋を後にした。
翌朝、五十嵐は昨夜なかなか寝付けなかったせいで、予定の時刻を三十分もオーバーして目を覚ました。
(ヤバい! あと十五分で小川さんが迎えに来る。それまでに準備しとかないと)
五十嵐はとるものもとりあえず顔を洗い、服を着替えた。
(パンを焼いてる時間はないから、とりあえずコーヒーだけでも飲んどくか)
五十嵐はすぐ沸騰するように、電気ポットにコーヒー一杯分だけの水を入れ、コンセントに栓を差し込んだ。
沸騰するまでの間、五十嵐は素早く歯を磨き、髪の毛をセットした。
やがて湯が沸くと、五十嵐は迅速な動きで湯をコップに入れ、自らが猫舌でないことを証明するかのように、それを一気に飲み干した。
(さてと、じゃあ行くか)
五十嵐はカバンを手に取ると、四階から一階まで階段を駆け下りた。
「五十嵐さん、時間ピッタリですね」
車の前で笑いながらそう言う望に、五十嵐は「起きたのは予定の三十分後だったんですけど、持ち前の素早さで、なんとか間に合わせました」と、爽やかな笑顔で返した。
「そうだったんですか? やはり昨日は緊張で眠れなかったとか?」
「当たりです。普段はあまり緊張しないんですけど、さすがに初めてのテレビ出演が控えていると思うと、熟睡はできなかったですね」
「それが普通ですよ。逆にまったく緊張しない人の方が問題あります。それより、早く行きましょう」
望はドアサービスをしながら五十嵐を助手席に乗せると、自身も素早く運転席に乗り込んだ。
「テレビ局に着くと、まずディレクターと打ち合わせをして、その後、共演者の楽屋挨拶をしてもらいます。五十嵐さんはまだタレントになったばかりなので、顔と名前を覚えてもらうためにも、挨拶は必要不可欠ですから」
「なるほど。ちゃんと挨拶さえしておけば、番組中にうっかり失礼なことを言ったとしても、許してもらえそうですしね」
「それは相手によります。特に大御所は気難しい方が多いので、そういう方を相手にするときは、極力発言には気を付けてくださいね」
「分かりました。ちなみに、今日の出演者の中にそういう人はいますか?」
「はい。一本目と二本目に、それぞれ一人ずついます」
「それは誰ですか?」
「一本目がドビ夫人で、二本目が松沢富美男さんです」
「…………」
芸能界を代表する大御所の名前を聞いて、五十嵐はショックのあまり何も返すことができなかった。
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