第32話 タレントとしての初仕事

 週刊誌のインタビューを受けるべく山中プロダクションに訪れた五十嵐は、事務所の一室でマネージャーの望と最終的な打ち合わせをしていた。


「昨日も言いましたけど、基本的に五十嵐さんが思ったことを答えてもらって構いません。ただ、今後の活動に支障をきたすような質問をされた時は、無理に答えなくてもいいです」


「支障をきたすような質問とは、例えばどんなものですか?」


「『動画では時々過激な発言をしていますが、昔はやんちゃだったんですか?』とか、『前に酔っ払った状態で動画に出ていたことがありましたが、酒癖が悪いんですか?』とかです」


「その質問のどこが悪いんですか?」


「まず最初の質問ですけど、仮に五十嵐さんが本当にやんちゃだった場合、暴力的なイメージが付いてしまいます。やんちゃでなかった場合でも、どういう風に書かれるか分かりませんからね。それと二つ目の質問は、五十嵐さんがどう答えても、酒癖が悪いと書かれる危険性が高いからです」


「なるほど。タレントにとってのイメージって、それだけ大切なものなんですね」


「はい。一度悪いイメージが付いてしまうと、それを払拭するのに相当時間が掛かりますからね。逆に良いイメージが定着すると、CМ等の仕事が増えますし、いいことずくめですよ」


「じゃあ、悪いイメージが付かないよう、発言には極力気を付けます。あと、一つ聞いておきたいことがあるんですけど、いいですか?」


「なんでしょう?」


「ご存じの通り、私、動画では一人称を俺にしてるんですけど、今日のようなインタビューを受ける時やテレビに出る時は、どうすればいいですかね?」


「それはTPOによって使い分けすれば大丈夫です。では、そろそろ時間なので、別室に移動しましょう」


 五十嵐が望に先導されながら別室に行くと、そこには共に30歳くらいの男女が待ち構えていた。


「初めまして。私、本日、五十嵐さんのインタビューを行わさせていただく、週刊夕日の藤原久美という者です。そして隣にいるのは、カメラマンの本田です」


「初めまして。私、おととい事務所と契約したばかりのペーペーなので、どうぞお手柔らかにお願いします」


「分かりました。それでは早速インタビューを行いたいと思います」


 久美は速やかにボイスレコーダーをセットすると、五十嵐に対して最初の質問をぶつけた。


「五十嵐さんの動画は大変多くの登録者がいますが、そもそも動画を始めるきっかけとなったのは何ですか?」


「職場の同僚に勧められたのがきっかけです。私、今46歳なんですけど、何もせずこのまま歳を取っていくだけの生活に嫌気が差して、どうすればこの状態から抜け出せるか相談した時に、動画の投稿を持ちかけられたんです」


「なるほど。次に動画の内容の件ですが、五十嵐さんご自身がお考えになったのですか?」


「ええ。最初はご飯を食べてるだけの動画を撮ろうと思ったんですけど、それだけだと何か物足りないと思い直して、今まで経験した職業にまつわるエピソードを紹介することを足しました」


「その動画も途中でお悩み相談に変わりましたが、これはどのような理由でそうなされたのですか?」


「現在の動画に変える前に、一度お悩み相談のコメントが送られてきたんです。そのコメントに答えている動画を投稿したら、思いのほか視聴者の反応が良かったので、思い切って変更しました」


「それで登録者が一気に増え、結果的に大成功だったわけですが、タレントとなった今、動画の投稿はまだ続けるのですか?」


「ええ。今までと比べて頻度はかなり低くなりますが、動画投稿は私の原点なので、これからもできる限り続けたいと思っています」


「分かりました。では最後に、五十嵐さんはどのようなタレントを目指していますか?」


「そうですね。トーク力に自信を持っているので、まずはそこで顔を売って、その後オファーがあれば歌やお芝居にも挑戦し、ゆくゆくはMCを任せられるようなタレントになりたいですね」


「なるほど。五十嵐さん、いろんな夢をお持ちになってるんですね。その夢が実現できるよう、心から願っています。それではインタビューは以上で終わりです。本日はどうもありがとうございました」


「こちらこそありがとうございました」


 カメラマンの本田が何枚か写真を撮った後、二人は退室して行った。


「ふう、やっと終わった。やはり慣れないことをすると疲れますね」


 初仕事を無事終えたことで、五十嵐は胸を撫でおろしていた。


「その割には緊張した様子もなく、インタビュアーの質問にしっかりと答えてたじゃないですか」


 五十嵐が初めてということもあり、インタビューには望も同席していた。


「なんか全体的に真面目な回答になっちゃいましたけど、大丈夫ですかね?」


「はい。初めてのインタビューで、あれだけ受け答えできれば十分です。それに、言うべきところはちゃんと言ってましたから」


「そう言ってもらうと自信になります。えっと、今日の仕事はこれで終わりでしたっけ?」


「はい。明日はバラエティ番組の収録が二本あるので、今からそれの打ち合わせをしましょう」


「わっかりましたー」


 初めての仕事を自分なりにうまくこなせたことで、五十嵐は上機嫌になっていた。


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