第25話 今時の高校生
十二月も下旬になると、郵便局の集配課は年賀状の整理でてんやわんやとなる。
多くの職員は年賀状の区分に追われるため通常の郵便物を配る暇はなく、そのため学生アルバイトを雇うことになるのだが、このアルバイトは年によって当たりはずれが激しい。
当たりの多い年は誤配も少なくスムーズに業務をこなせるのだが、はずれの多い年は誤配によるクレームの電話が殺到し、通常の業務に支障をきたすことになる。
今年採用した配達用員二十名のうち、五十嵐の班に四人の男子高校生が振り分けられ、そのうちの一人、平本大輔を五十嵐が担当することになった。
「五十嵐です。俺も君と同じアルバイトだけど、一応先輩なんで俺の言うことにちゃんと従ってくれ」
「はーい」
「『はーい』じゃなくて、『はい』だろ?」
「……はい」
(ちっ、間の抜けた返事しやがって。どうやらこいつは、はずれのようだな)
五十嵐はやれやれといった表情で机の上に地図を広げ、自らの配達区域を指でなぞりながら、「ここが今、俺が配達している区域だ。ここを明日から君に配ってもらうわけだけど、できそうか?」と、訊ねた。
「うーん。実際に配ってみないと、分からないですね」
「まあ、それもそうだな。じゃあ今から配達に行くから、君は俺の後に付いてどんな風に仕事をしてるかをよく見ててくれ」
「はーい。わかりましたー」
「『はい。わかりました』だろ?」
「……はい。わかりました」
(おいおい。こいつ本当に大丈夫か? もしかして俺は、はずれの中のはずれ、つまり大はずれを引いちまったんじゃないだろうな)
五十嵐は不安げな表情で平本を連れて地下の駐輪場まで降りた。
「うわあ、雨が降ってるよ」
外に出ようとした五十嵐と平本は一旦駐輪場まで戻り、カッパを着用し始めた。
「初日から雨なんて、君もついてないな」
「僕、昔から雨男なんですよ。運動会や遠足の時には、よく雨が降ってたし」
「それって、雨男って言うのか? まあ、それはいいとして、走行中は車に気を付けてな」
「はーい」
五十嵐はもう言っても無駄だと思ったのか、平本の気の抜けた返事を注意せず、そのまま配達先へ向かった。
やがて配達区域に到達すると、五十嵐は「ここが起点になるから、よく覚えとくように」と言いながら、郵便を配り始めた。
ただでさえ雨の日は配るのに時間が掛かるのだが、平本に教えながらだと余計に時間が掛かるため、五十嵐は焦っていた。
そんな五十嵐の心情を知ってか知らずか、平本が「この辺はコンビニが多いですね」とか「さっきのラーメン屋、繁盛してましたね」とか、どうでもいいことを言うものだから、五十嵐は次第にイライラし始め、ついには「黙って付いて来い!」と怒鳴る始末だった。
やがて配達が終わると、二人は降りしきる雨の中を局に向かって走り出した。
「予定を変更して、午後からは君に配ってもらおうと思ってるんだけど、できそうか?」
局に戻り、現金書留等の精算を済ませた後、五十嵐は平本に訊ねた。
「えっ! もう僕が配るんですか?」
「心配しなくても、今日は俺が後ろから見ててやる。でも、明日からは一人で配ってもらうから、今日中にある程度のことはできるようになれよ」
そう言うと、五十嵐は同僚の金田とともに食堂へ向かった。
二人は班こそ違うが年齢が近いため、気の合う仲だった。
「どうだ、お前のところのバイトは?」
「まだ実際に配っていないので何とも言えませんが、喋った感じからすると、はずれみたいですね」
「そうか。まあ俺のところも、そんな感じだ。どうやら今年はクレームの電話が殺到しそうだな」
「俺は今年入ったので、まだ経験したことはないのですが、そんなに凄いんですか?」
「ああ。ひどい時は、職員が休む暇がないほど電話が鳴り続けるからな。今年はそうならないよう、祈るしかないな」
「そうですね」
やがて休憩時間が終わり五十嵐が部屋に戻ると、班長の戸田が「平本君が帰ったから、一人で配達に行ってくれ」と、不機嫌そうな顔で言ってきた。
「えっ! なんで帰ったんですか?」
「それは後で説明するから、とにかく君は配達に行ってくれ」
「……分かりました」
五十嵐は嫌な予感を抱えながら、配達先へ向かった。
(課長の様子だと、俺に何か問題があったみたいだな。でも全然心当たりがないんだけど……)
五十嵐は配達している間ずっと平本が帰った理由を考えていたが、結局その答えを見つけることはできなかった。
やがて配達が終わり局に戻ると、戸田が待ってましたとばかりに、「五十嵐君、ちょっといいか」と、五十嵐を自らの席に呼び寄せた。
「平本君のことだが、君、彼に何か変なことでも言ったのか?」
「いえ。俺はそのようなことは一切、言ってません」
「でも、実際、彼がそう言ってるんだよ」
「平本君は俺にどんなことを言われたと言ってるんですか?」
「それは教えてくれなかったが、とにかく君に言われたことがショックで、やる気をなくしたそうだ」
「そんな……俺は普通に接したつもりだったんですけど……」
「君がそう思っていても、相手もそうとは限らない。まあ済んでしまったことは仕方ないが、これから学生アルバイトと接する時は、極力発言に気を付けてくれ」
「……分かりました」
平本が辞めた理由が自分にあることにショックを受けた五十嵐は、家に帰ってからもそれは収まらなかった。
(平本の奴、なんで辞めたんだろうな。俺、そんなに酷いことを言った覚えはないんだけど……あっ! もしかすると、『今日中にある程度のことをできるようになれよ』と言ったのが、プレッシャーになったのかもしれない。いや、きっとそうだ)
真相を知った五十嵐は、平本に対する罪悪感を抱くとともに、戸田から言われた『君がそう思っていても、相手もそうとは限らない』という言葉が頭の中を駆け巡っていた。
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