第24話 捨てられなかった財布
【親の心子知らず】というタイトルの動画を投稿した翌日、五十嵐の予想通り、コメント欄は賛否の声が真っ二つに分かれていた。
『五十嵐さんの熱い意見に感動しました!』
『学生は勉強を優先するべきでは?』
『親の意見を押し付けず、子供のやりたいことをやらせる教育方針に私も賛成です』
『これはアドバイスの域を超えていると思います』
『この動画を観て、なんだかスッキリしました』
『こんなこと言われても、相談者は混乱するだけだと思います』
『この息子には、ゲームで大成してほしいですね』
『ていうか、何様のつもり?』
|
|
|
(やはり、こんな感じになったか。今のところ賛否の意見は半々のようだが、最終的には一体どうなることやら……)
五十嵐はモヤモヤした気持ちのまま、萌と待ち合わせているカフェに出掛けて行った。
「お父さん、なんで動画の形式変えたの?」
五十嵐がカフェに到着するやいなや、萌が不思議そうな顔で訊いてきた。
「同僚にアドバイスされたんだ。職業ネタだと視聴者の範囲が狭まるから、お悩み相談に変えた方がいいんじゃないかってな。それに職業ネタ自体もそろそろ尽きてきたから、時機的にちょうどよかったんだよ」
「でも、お悩み相談に変えてから、否定的なコメントが多くなったでしょ? 今回の動画も厳しい意見が多いし」
「なんだ、もう観たのか。まあ今までとは形式がまったく違うから、そうなるのは仕方ないよ。でも、前回はほとんどが否定的な意見だったけど、今回は肯定的な意見も結構あるから、まだマシさ」
「ふーん。お父さんって、意外とメンタル強いんだね」
「そうでもないぜ。前回はコメント欄を見て、かなりへこんだからな」
「じゃあ、なんでやめないの? 前の職業ネタに戻せばいいじゃん」
「今更それはできないよ。こっちがダメだったから、またこっちに戻るっていうのは、節操が無さすぎるからな」
「じゃあ、まだお悩み相談を続けるの?」
「ああ。とりあえず、メンタルが持つまではな。それより、何か食べる物を注文しようぜ。俺、朝から何も食べてないから、腹減っちゃってさ」
「じゃあ私、ハンバーグセットにするわ」
「じゃあ俺は、しょうが焼き定食にしよう」
五十嵐はピンポンベルで店員を呼ぶと、ハンバーグセットとしょうが焼き定食を注文した。
「それより、今日クリスマスイブだろ? お前にプレゼント買って来たんだ」
そう言うと、五十嵐はカバンの中から、包装紙に包まれた『ATS』のグッズセットを取り出した。
「これ、中身は何?」
「まあ開けてみろよ」
五十嵐の言葉を受け、萌は包装紙を丁寧に破りながら中身を確認した。
「えっ! なんで私が『ATS』のファンだってこと知ってるの?」
「もう人形やぬいぐるみじゃ喜んでくれないと思って、百合子から今お前がハマってるものを聞いたんだ」
「そうだったんだ。お父さんにしては、なかなかやるじゃん」
「『お父さんにしては』は余計だ。あと、これ百合子に渡しといてくれないか?」
五十嵐はカバンから財布を取り出し、萌に手渡した。
「あいつ、この前会った時、ボロボロの財布使っててさ。あまりにもみすぼらしかったから、お前のプレゼントを買ったついでに、それも買ってきたんだ」
「私、前にお母さんに訊いたことがあるの。なんで、そんなボロっちい財布をいつまでも使ってるのかって。そしたら、なんて答えたと思う?」
「さあ?」
「『これ、お父さんにもらった初めてのプレゼントだから、捨てられないのよ』って言ったの。これが何を意味してるか、お父さんにも分かるよね?」
よもやの萌の言葉に、五十嵐はしばらく黙り込んでいたが、やがてゆっくりと喋り始めた。
「……お前、この前と同じように、俺をけしかけようとしてるんだろうけど、もうその手には乗らないぞ」
「そんなこと思ってないよ。私はただ事実を言ってるだから。それより、これお父さんにプレゼント」
そう言うと、萌はカバンの中から毛糸の手袋を取り出し、五十嵐に差し出した。
「ちなみに、それ手編みだから」
「マジか! それにしては、きれいに編めてるな」
「当然よ。それ、お母さんが編んだんだから」
「また、お前はそんなこと言って。あいつが俺にそんなことするわけないだろ」
「信じるか信じないかはお父さんの勝手だけど、とにかく渡したからね」
「…………」
やがて二人の注文したものが運ばれて来ると、萌は幸せそうな顔でハンバーグに食らいつき、五十嵐はそれを複雑な表情で見ていた。
萌と別れた後、帰る途中で公園に寄った五十嵐は、ベンチに座りながら萌からもらった手袋を自らの手に嵌めてみた。
(これ、サイズがピッタリだな。ということは、萌の言う通り百合子が編んだものみたいだな。そういえば、あいつ昔から手芸が得意だったな。付き合ってる頃に、手編みのマフラーや靴下をプレゼントしてくれたし──)
五十嵐が思い出に浸っていると、不意に『ピロリロ』とメッセージがきたことを伝えるスマホの通知音が鳴った。
『プレゼントありがとう! これでようやく今の財布とお別れできるわ。ていうか、私あなたと付き合い始めてから、あなたのくれた財布しか使ってないんだけど(笑)』
五十嵐はにこやかな表情で文面に目を通すと、すぐさま返信した。
『お前、俺のあげた財布をいつまでも使ってんじゃねえよ。気持ち悪いんだよ。そんなのさっさと捨てて、今日からその財布を使えよ。で、古くなったら、今度はすぐに捨てろよ。その時は俺がまた新しい財布をプレゼントしてやるから』
五十嵐の送ったメッセージは既読がついた後すぐには返事が送られて来ず、翌朝、嬉し泣きしている顔のスタンプだけが送られてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます