第23話 親の心子知らず
百合子から萌の欲しいものを教えられた翌日の夕方、五十嵐はネットで調べた店に入り、周りを若者に囲まれながら、目当てである『ATS』のグッズセットを探していた。
(萌のためとはいえ、こんな所にいるのは地獄だな。ああ、早く帰りたい)
そんなことを考えながら店の中を歩いていると、前方に『ATS』と書かれた看板と、その周りに多数のグッズセットが置かれているのが見えた。
「あった!」
五十嵐は周りの者がみんな振り向くほどの大声を上げながら、そこを目掛けて突進して行った。
「悪いけど、ちょっと通してくれないか」
五十嵐は棚に群がっている若者たちを押しのけながら、グッズを物色した。
やがて目当てのものを探し出すと、五十嵐はすぐにレジへ持って行き、料金を払った後、逃げるようにして店を出て行った。
(ふう。なんとか買うことができた。こんな所、もう二度と来ないからな)
五十嵐は近くの駐輪場に停めてあった自転車にまたがると、そのまま自宅のマンションに向かって、帰路を急いだ。
やがてマンションに着くと、五十嵐はすぐに【Y】のコメント欄に目を向けた。
(今回はもう前のような失敗はできない。慎重に選ばないと)
五十嵐は幾多のコメントの中から次のものを選んだ。
『五十嵐さん、こんにちは。私は48歳の主婦です。私の悩みは現在高二の息子が全然勉強せず、ゲームばかりしてることです。引きこもりとまではいきませんが、休日は部屋に閉じこもって一日中ゲームばかりしてるし、平日も学校から帰ると、すぐに自分の部屋に行ってゲームを始めます。そのせいで成績はみるみる下がり、このままでは一年後の大学受験に落ちるのは目に見えています。このご時世、大学くらいは出てほしいと思うのですが、どうすれば息子をやる気にさせることができるでしょうか』
(この内容だと、多くの者が興味を持つだろうし、答えもいろんなパターンがある。あとは、どれだけ共感を得るかだな)
五十嵐はコンビニで買った牛丼弁当を一気に掻き込んだ後、動画の撮影を始めた。
「どーも、五十嵐幸助です。前回は思いのほか不評だったから、今日はちょっと気合を入れてきたぜ……えっ、その気合が空回りしなければいいけどなだって? おいおい。俺を誰だと思ってるんだよ。投稿を始めてわずか一ケ月足らずで、登録者が十万人を超えた男だぞ。そんな俺が同じ失敗を二回もするわけないだろ。今日は前のようなありきたりのものじゃなく、俺にしかできない回答をするから、最後まで見届けてくれ。じゃあ早速いくぞ」
五十嵐はペットボトルのお茶で喉を潤すと、続きを喋り始めた。
「今日の相談者は48歳の主婦で、現在高二の息子が全然勉強せずに、ゲームばかりしてることに悩んでいて、どうすれば息子をやる気にさせることができるかって相談なんだけど、俺の経験上、無理やり勉強させようとしても反発されるだけだから、とりあえずこのまま様子を見るのが一番だな。その息子のゲームの腕前がどのくらいのものか知らないけど、外国では高額の賞金が出るゲームの大会もあるし、将来ゲームがオリンピックの正式種目になる可能性もある。仮に息子が本気でそこを目指しているとしたら、逆に勉強なんかしてる場合じゃない。そのレベルに達するには、生半可なことをしてたんじゃ、とても無理だからな」
五十嵐はお茶を一気に半分ほど飲むと、続きを喋り始めた。
「相談者は一度息子に訊いてみたらいいんじゃないかな。本気でプロを目指してるのかってな。もし本気なら、本人が納得するまでとことんやらせるべきだし、逆にそうじゃないんなら、大学に行く利点や自分の思いを切々と言い聞かせればいい。そうすれば、息子も次第に耳を傾けるようになるだろうし、勉強もやる気になると思う。要は、息子とどれだけ本気で向き合うかだ」
五十嵐は残りのお茶を飲み干すと、最後の締めに入った。
「随分偉そうなこと言ったけど、俺が今喋ったことを実際に行動に移すのは、相当難しいことだと思う。でも、このくらいの覚悟がないと、いつまで経っても状況は変わらないだろう。ということで、俺の見解はここまでだ。後はこれを相談者がどのように受け止めるかだな。それじゃ、今日はこれで終了する。じゃあな」
(とりあえず、言いたいことは全部言った。この動画が賛否両論あるのは覚悟してるが、できれば賛の方が多いとありがたいんだけどな)
やがて編集を終えると、五十嵐はタイトルを【親の心子知らず】とし、そのまま床に就いた。
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