第21話 隣人ガチャ
タクシー運転手のお悩み相談に答えた翌朝、動画のコメント欄はいつも以上に殺到していた。
『ワンマンはセンスあり過ぎ!』
『タクシー運転手って、ほんと大変な仕事ですね』
『相談に対して答えが的確だったので感服しました』
『今日はごはんは食べないんですね』
『私の悩みも聞いてもらいたい』
『いっそ、この形式に変えた方がいいと思います』
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(今のところ、否定的な意見はないな。この分だと、ずっとこの形式でいった方がいいかもな)
五十嵐は肯定ばかりのコメントを見て、新しい形式に手応えを感じていた。
「五十嵐さん、コメント賞賛の嵐でしたね」
五十嵐が第一集配課に入室するやいなや、畑中が満面の笑みで近づいてきた。
「ああ。君の言うように、どうやらこのまま路線変更した方が良さそうだな」
「絶対その方がいいですよ。老若男女が興味を持つようなネタをピックアップすれば、今まで以上に視聴者が集まるのは間違いないですからね」
「それは言えるな。今までだと、タクシーネタは別として、その職業に興味のある人くらいにしか需要がなかったからな」
「それでも登録者が十万人を超えてるのは凄いことですよ。その要因は、なんといっても五十嵐さんのトーク力に尽きます」
「まあそれは否定しないけど、そんなに褒めても何も出ないぞ」
「そんなもの、
「まあ、SNSで集めるのが一番手っ取り早いだろうな。とすると、今やってるアイチューブか【Y】のどちらかだな」
「それなら【Y】の方がいいんじゃないですか? アイチューブのコメント欄は、基本的に動画を観て感じたことを書く場所なので、ネタを募るのには適さないと思います」
「なるほど。でも俺、【Y】なんてやったことないから、使い方がよく分からないんだよな」
「じゃあ、後で教えてあげますよ」
昼休みに畑中から【Y】の使い方を教わった五十嵐は、就寝前に悩み相談のネタを募る文を投稿した。
『どーも、五十嵐幸助です。今回、アイチューブで悩み相談をやることになったんだけど、今からそのネタをここで募ろうと思います。というわけで、悩みを相談したい方は、こちらにコメントを残してください。それではまた』
(本当にこんなのでコメントが来るのか? 畑中は『五十嵐さんは有名人なので大丈夫ですよ』って言ってたけど、いまいち信用できないんだよな)
五十嵐は一抹の不安を抱えながら、床に就いた。
翌朝、五十嵐は期待と不安が入り混じった状態で、【Y】のコメント欄に目を向けた。
すると、『なかなか痩せないので困ってます』とか『犬を飼おうかどうか悩んでいる』等の冷やかしが多い中、あるコメントが五十嵐の目に留まった。
『前回の動画で五十嵐さんが、評判次第でこの形式に変えるかもしれないと言っておられたので、ひょっとしたら、ここでネタを募集するのかと思って見張っていました。というわけで早速、今悩んでいることを打ち明けます。私は26歳のOLで、現在マンションで一人暮らしをしているのですが、隣人の生活音がうるさくて困っています。例えば、隣人は夜中に洗濯機を回すことが多く、そのせいでななかなか眠れなかったり、その他にもドアを激しく閉めたり、時々壁を叩いたりします。一度大家さんにも相談したんですけど、まったく改善されません。隣人に生活音を静かにしてもらうには、どうすればいいでしょうか』
(この悩みは、多くの人に共感してもらえそうだな。よし、今回はこれでいこう)
翌朝、五十嵐は仕事が休みだったため、朝食を食べ終わるとすぐに、動画を撮る準備をし始めた。
いつものように三脚にスマホをセットし、ライトのスイッチを入れた後、五十嵐はおもむろに話し始めた。
「どーも、五十嵐幸助です。前回の動画が好評だったため、今回から路線を変更して、このチャンネルはお悩み相談でいくことにしたぜ。じゃあ、早速いくぞ。相談者は26歳のOLなんだけど、彼女はマンションで一人暮らしをしていて、隣人の騒音に日々悩まされているそうだ。このような経験をしている人は、結構いるんじゃないかな。かくいう俺もその一人で、二十代の頃に住んでたアパートは隣人が大学生だったんだけど、そいつが毎日のように友達を部屋に呼んでどんちゃん騒ぎしてさ。最初は我慢してたんだけど、こうも毎日続くとさすがに堪えきれなくなって、ある日、怒鳴り込んでやったんだ。そしたら、その大学生が逆ギレして、彼の友達も加わってボコボコにされちゃったんだよな」
五十嵐はペットボトルのお茶を一気に半分ほど飲んだ後、続きを喋り始めた。
「これは悪い例だから、くれぐれも真似しないように。で、結論から言うと、隣人に直接文句を言うのは絶対ダメだ。特に女性は、何か危害を加えられる可能性が高いからな。相談者は一度大家に言って、それでもダメだったみたいだから、こういう場合は引っ越した方がいいな。その際、隣人がどんな人かを不動産屋によく聞いて、問題のありそうな人物だったら、そこは避けた方がいいだろうな。というわけで、今日はこれで終了する。じゃあな」
五十嵐は残りのお茶を一気に飲み干した後、編集作業に入った。
(うん。割といい出来だ。これなら相談者も納得するだろう)
やがて編集を終えた五十嵐は、タイトルを【隣人ガチャ】とし、意気揚々とパチンコ店に出掛けて行った。
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