第20話 運転手さんは何マン?
女子小学生とのエピソードを明かした翌朝、動画のコメント欄は同情の声で溢れていた。
『酷い小学生ですね!』
『乗り逃げされた挙句、変態扱いされるなんて可哀想過ぎます』
『卵焼きが美味しそうでしたね』
『料金は誰が払ったんですか?』
『恐らくその小学生はロクな大人になっていないでしょうね』
『心中お察しします』
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(内容が暗い割にはコメントが多いな。まあそれは、俺の喋りがうまいからだろうな)
視聴者の反応が思ったより良く浮かれ気分の五十嵐だったが、その中であるコメントが彼の好奇心をそそった。
『私は今、タクシー運転手をしています。これは動画の内容と直接は関係ないのですが、私も日々、お客さんに悩まされています。この前も、ある男性客に『俺、サラリーマンなんだけど、運転手さんは何マン?』と訊かれて返答に困っていると、『だめだよ。すぐに返さなきゃ。例えば、スーパーマンとかウルトラマンでもいいんだ。黙ってるのは最悪だな』と言われてしまいました。このように、返答に困ることを訊かれた時は、どのように対応すればよいのでしょうか。以前、タクシー運転手をされていた五十嵐さんに、是非ともご教示いただきたいです』
──ふーん。こういうお悩み相談のようなものをもらったのは初めてだな。じゃあ、俺なりの対応の仕方を教えてやるか……ん、待てよ。考えてみると、タクシー運転手をやっていれば、みんな一度や二度はこういう経験があるはずだ。とすれば、この人だけに教えるのはなんかもったいない気がする。よーし、次の動画はこれでいこう。
ひょんなことから次回のネタが決まり、五十嵐は気分が良いまま郵便局へ出掛けていった。
「──というわけなんだけど、君はどう思う?」
昼休み、五十嵐は食堂で日替わり定食を食べながら、今朝の経緯を畑中に話した。
「いい判断だと思いますよ。いっそのこと、そっちの方向に路線変更したらどうですか?」
「というと?」
「登録者から悩みを聞いて、それを五十嵐さんなりの方法で解決するんです。うまくいけば、今以上にバズりますよ」
「悩みと一口に言っても、人間の悩みなんて数限りなくあるからな。それを全部解決するのは、ハードルが高過ぎないか?」
「最悪、解決しなくてもいいんです。相談者は悩みを聞いてもらった時点で、半分解決した気持ちになってますから」
「そうなのか? じゃあ、次の動画で視聴者の反応が良かったら、考えてみるよ。あと、食べ物はもう用意しなくていいのか?」
「ええ。悩んでいることに対して何かを食べながら答えるのは、さすがに失礼ですからね」
「それもそうだな」
やがて食べ終えると、五十嵐は満足げな顔で食堂を出て行った。
タクシー運転手者から悩み相談を受けた三日後、五十嵐はお茶のペットボトルだけを用意し、動画の撮影を始めた。
「どーも、五十嵐幸助です。今日はいつもと趣向を変えて、三日前にもらったコメントに対して、俺なりの意見を言うぜ。なお、今日の評判次第で、次からこの形式に変わるかもしれないから、その時はよろしくな。じゃあ早速いくぞ」
五十嵐はお茶で喉を潤した後、続きを喋り始めた。
「三日前にあるタクシー運転手から、『客から返答に困る質問をされた時、どのような対応をすればいいか』ってコメントが送られてきたんだけど、これはハッキリ言って難しいな。なぜ難しいかと言うと、答えが一つじゃないからだ。まず相手が男か女かで対応がまったく変わるし、その時の状況、相手の温度、質問の内容等によって、細かく対応を変えないといけないからな」
五十嵐はお茶を半分ほど飲んだ後、続きを喋り始めた。
「と言っても、なかなか理解しにくいだろうから、一つ例を挙げようか。相談者は客から『俺、サラリーマンなんだけど、運転手さんは何マン?』と訊かれて返答に困ってたら、『黙ってるのは最悪だ』ってダメ出しされたみたいなんだけど、この場合、俺だったら『私はワンマンですね』と答えてただろうな。ほら、タクシーって、基本運転手しかいないだろ? まあ、この回答がうまいかどうかは別にして、少なくとも、客からダメ出しされることはなかったと思う。要は、相手が何を求めているかを瞬時に読み取ることが大切なんだ」
五十嵐は残りのお茶を一気に飲み干すと、最後の締めに入った。
「と言っても、それが一番難しいんだけどな。同性なら考えてることがなんとなく分かるけど、異性だと全く分からないことが少なくないからな。ということで、今回の結論は『相手が何を求めているかを瞬時に読み取り、それに応じた返答をする』だ。それじゃ、今日はこれで終了する。じゃあな」
(なんか曖昧な感じで終わってしまったけど、本当にこれでよかったのか……ええいっ、考えても仕方ない。今回はとりあえずこれでいこう)
やがて編集を終えると、五十嵐はタイトルを【運転手さんは何マン?】とし、投稿ボタンを押した。
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