第14話 男後(おとこうしろ)って何?
昨夜、酔っ払った状態で動画を撮影した五十嵐は、翌朝改めてその動画を観て愕然とした。
(なんじゃ、こりゃあ! これじゃ、ただ酔っ払いが
五十嵐としては、すぐにでも動画を消去したい心境だったが、既に多くのコメントが届いており、消すのは実質不可能だった。
『酔っ払った五十嵐さんも面白いです』
『どんなものでも美味しそうに食べますね』
『笑い方勝負に吹きました』
『ていうか、運転中そんなに大笑いして大丈夫だったんですか?』
『よくこんな勝負を引き受けましたね』
『やっぱりタクシーネタは最高です』
(まあ、視聴者も楽しんでるみたいだし、とりあえず良しとするか)
五十嵐は一安心しながら郵便局へ向かった。
「さすがに、あの状態で動画を撮るのはまずいんじゃないか?」
所属している第一集配課に入室した途端、五十嵐は班長の戸田から声を掛けられた。
「えっ! 戸田さん、俺の動画を観てくれてるんですか?」
「これだけあちこちで噂になってると、さすがに興味が湧いてな。で、昨日はなんであんな酔っ払った状態で動画を撮ったんだ?」
「実を言うと、撮影する気なんてなかったんです。でも、酔っ払っていたせいで、つい気が大きくなって、気が付いたらノリノリで動画を撮ってました」
「そういうのを喜ぶ人もいるんだろうけど、俺としては常にシラフの状態で臨んでもらいたいものだな」
「そうですよね。俺も今朝動画を観て、そう思いました。今度から動画を撮る時は、アルコールを控えるようにします」
「それはそうと、君、昨日別れた奥さんとデートしたって言ってたけど、復縁するつもりなのか?」
「いえ。あれは娘に担がれただけで、そういうつもりは一切ありません」
「そうか。それを聞いて安心したよ」
「と言いますと?」
「俺の知人に、君の動画を観て、君のことを気に入った人がいてな。良かったら今度、その人と会ってもらえないかな」
「えっ! その人って女性ですか?」
「もちろん。年齢は28で、証券会社で事務をしている普通のOLだ」
「そうですか。ちなみに、その人は俺のどこが気に入ったんですかね?」
「食事をしながら、今まで経験した仕事の話をするという発想が面白いって言ってたな。それと、話し方が上手だと褒めてたぞ」
「なるほど。あと、容姿のことは言ってませんでした?」
「それは聞いていないが、好みじゃなかったら、会おうとは思わないんじゃないか?」
「それもそうですね。ちなみに、その人の写真とかあったりします?」
「おっ、ついに乗り気になったみたいだな。写真を見せてもいいが、見たからには会ってもらうことになるぞ。それでもいいか?」
五十嵐はしばし考えた後、「はい」と答え、戸田が差し出したスマホに映っている彼女の写真を覗いてみた。
すると──。
「奇麗な人ですね。こんな奇麗な人と俺とでは、とても釣り合いがとれませんよ。なので、会うことはできません」
「そんなことはない。君も十分、男前じゃないか」
「いえいえ。男前なんて、とんでもありません。むしろ、俺なんて
「男後って何だ?」
「……いえ。ただ、前を後に変えただけで、特に意味はありません」
「こっちは真剣に話してるのに、茶化すなよ。で、さっきも言ったけど、写真を見たからには会ってもらうぞ」
「残念ですが、それはできません」
「なぜ?」
「俺がアルバイトだからです。アルバイトの身で、こんな奇麗な女性とお会いするわけにはいきません」
「彼女はそれを承知で会いたいと言ってるんだから、君がそんなに卑屈になることはないんだよ」
「いえ。仮に会って、その後交際に発展したとしても、俺はずっと彼女に引け目を感じながら付き合うことになるのが目に見えています。そんなのは、とても耐えられません」
「そうか。そこまで言うのなら仕方ない。この話はなかったことにするよ」
「申し訳ありません」
五十嵐は深くお辞儀をした後、戸田から離れ自分の席についた。
(戸田さんにはああ言ったが、百合子との復縁を考えなくもないんだよな。そんなことを思いながら交際するのは、どう見ても相手に失礼だ。……とはいえ、一度くらい会ってもよかったかな)
五十嵐は自分に好感を持っている美女との面会を断ったことを、少しだけ後悔していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます