第13話 笑い方勝負
五十嵐の突拍子もない発言に、衝撃のあまりしばし言葉を失っていた百合子だったが、やがて声を絞り出すようにして「それ、本気で言ってるの?」と訊ねた。
「当たり前だ。こんなの、冗談で言えるわけないだろ」
「タレントに転身するのはいいけど、どんなタレントになろうと思ってるの?」
「まあ一言で言えば、マルチタレントだな。基本的には、いろんな職業を経験したことで身に着けたこの話術を活かしつつ、歌や演技にも挑戦しようと思ってるんだ」
「歌や演技って、あなたそんなの全然習ってないじゃない」
「別に俺はプロになろうと思ってるわけじゃないから、今から習ってもそこそこイケるだろ」
「随分甘い考えね。そんな考えで厳しい芸能界を渡っていけるとでも思ってるの?」
「芸能界にいたわけでもないのに、知った風な口を利くじゃないか。渡っていけるかどうかは、やってみないと分からないだろ」
「そんなこと言い出したら、どこの世界も一緒だけどね。まあそれはいいとして、顔を売るには、まだまだ再生回数が足りないんでしょ? この先、再生回数を増やすプランは何か考えてるの?」
「今まで上げた動画の中で一番反響があったのがタクシーネタでさ。これからは、そのタクシーネタを中心にしようと思ってるんだ」
「そういえばあなた、結婚してた頃もタクシー運転手時代のことをよく話してたわね。あれって、全部本当のことだったの?」
「もちろん。その一つ一つの精度を高めて小出しにすれば、チャンネル登録者も増えるだろうし、再生回数もうなぎのぼりに上がっていくと思う」
「そううまくいくかしら?」
「うまくいくかどうかは、ネタの精度と俺の喋りに掛かってる。とりあえず、喋りは誰にも負けない自信があるから、後はネタ次第だな」
「そう。まあ精々頑張ってよ」
二人はその後、ビールや焼酎を浴びるほど飲みながら、付き合っていた頃の話に花を咲かせていた。
百合子と別れた後、コンビニに寄って帰宅した五十嵐は、スーツから部屋着に着替えるやいなや、コンビニで買ったお茶とおにぎりをちゃぶ台の上に置き、スマホをアイチューブの『中年の星』に合わせた。
「どーもー! いつもより少しだけテンションの高い五十嵐幸助でーす! えっ、なんでそんなにハイテンションなのかって? それはもちろん、酔っ払ってるからでーす! えっ、なんでそんなに酔っ払ってるのかって? それはプライベートなことなんで、あまり言いたくないなあ。でも、今は特別に教えちゃおうかな。俺がこんなに酔っている理由は、十年前に別れた元妻と久しぶりにデートしたからでーす!」
五十嵐は梅のおにぎりを一口かじり、お茶で喉を潤した後、続きを喋り始めた。
「まあそれはいいとして、今回のネタは以前好評だったタクシーネタでーす! この話も大半の人が信じてくれないんだけど、れっきとした事実だからちゃんと最後まで観てくれよな! では早速始めるぜ! 昼間に街中を流していた俺は、七十歳くらいの老人が手を上げていることに気付いて、そのまま乗せたんだ。すると、車に乗り込むやいなや、その老人が『今からわしと笑い方勝負をしようじゃないか』と、訳の分からないことを言ってきたんだよな」
五十嵐は残りの梅のおにぎりを口の中に放り込み、それをお茶で流し込んだ後、続きを喋り始めた。
「俺が『笑い方勝負ってなんですか?』って訊いたら、その老人は『なあに、どちらがより楽しそうに笑うかを競うだけじゃ』と返してきたんだけど、これって、状況が
よく分からないだろ? だから俺は『状況がよくわからないですけど』って正直に言ったんだよ。そしたら、老人が『じゃあ、今からわしが見本を見せてやる』と言って、いきなり『ぎゃははっ!』って笑い出したんだ」
五十嵐は昆布のおにぎりを半分ほど口に入れ、美味しそうに咀嚼した後、続きを喋り始めた。
「いきなり笑い出したことに戸惑っていると、老人は『今度はあんたの番じゃ』と言って促してきたんだ。そんなこと言われても、おかしくもないのに笑えるわけがないと思って、そのように伝えたんだよ。そしたら『あんた試合放棄する気か?』なんて挑戦的な態度見せてきたもんだから、俺もついムキになって『じゃあ、やりましょう』と言いながら、おかしくもないのに『ぶわっはっはっは!』と、馬鹿笑いしてやったんだ」
五十嵐は残りの昆布のおにぎりをすべて口の中に入れ、それをお茶できれいに喉の奥に流し込んだ後、最後の締めに入った。
「そしたら、その老人が『あんた、なかなかやるじゃないか』って言いながら、『ウイーヒッヒッヒ!』と、さっきとは比べ物にならないくらい楽しそうに笑ったもんだから、俺も負けてられないと思って『ぐわっはっはっは!』と、それまでの人生の中で一番と言えるほどの笑い方を見せてやったんだ。そしたら、その老人、なんて言ったと思う? 『笑い方なんて人それぞれだから、勝敗は各々で決めればええ』って言いやがったんだ。それなら、最初から勝負なんて挑むなって話だよな。というわけで、今日はこれで終了する。じゃあな」
五十嵐は終了ボタンを押すと、よほど眠かったのか、タイトルを【笑い方勝負】に決めた後ろくに編集作業もしないまま投稿ボタンを押し、倒れ込むようにして床に就いた。
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