第12話 久しぶりのデート

 百合子とのデート当日、五十嵐は普段着ないスーツを身にまとい、いそいそと映画館へ出掛けていった。


(別に、あいつとデートするからスーツを選んだわけじゃない。いつも着ているジャージで行くわけにはいかないから、そうしただけだ)


 五十嵐は映画館に着くまでの道中ずっと、そう自分に言い聞かせていた。

 やがて映画館のすぐそばまで来ると、入口付近で辺りを見回している花柄のお洒落なワンピースを着た百合子の姿が見えた。


(あいつ、あんな派手なワンピースなんか着やがって。四十前の女が着るものじゃねえだろ)


 五十嵐は久しぶりだったにも拘わらず、百合子と会うやいなや「お前、なんて恰好してんだよ。目立ってしょうがねえだろ」と、毒づいた。


「何よ。まだ38歳なんだから、これくらいどうってことないでしょ」


「まだじゃなくて、もうだろ。まあいい。とりえあえず、早く中に入ろうぜ」


 そう言うと、五十嵐は一人でさっさと映画館に入ってしまい、置いてけぼりを食らった百合子は「ちょっと待ってよ!」と叫びながら、走って彼の後を追った。

 映画館に入っても、二人はしばらく言い合っていたが、映画が始まった途端、二人はまるで意気を合わせたようにピタリとケンカをやめた。






「映画、よかったわね」


「ああ」


 映画を観終えた二人は、近所の大衆居酒屋でそれぞれ感想を言い合っていた。


「特に、十年以上も離れ離れになっていた恋人たちが再会した場面は、涙が止まらなかったわ」


「俺はそれよりも、離れ離れになった原因が切な過ぎるところが、グッときたな」


「もちろんそこもよかったけど、やっぱり再会したところが、この映画の一番の見所よ」


「それだと、あまりにも普通過ぎないか? そんな感想なら、誰でも言えるよ」


「普通のどこがいけないの? 変に通ぶって、作成者の趣旨と合わない感想を言う方が、よっぽど恰好悪いわよ」


「俺は通ぶってなんかいねえよ。ただ、他の者と同じような感想を言いたくないだけだ」


「それが通ぶってるって言ってるのよ。あなたには、昔からそういうところがあったわ」 


「また昔のことを持ち出しやがって。今更そんなこと言っても仕方ないだろ」


「私に限らず、基本的に女ってそういう生き物なのよ。あなた46年も生きてて、まだ気付かないの?」


 形勢不利なのを感じ取ったのか、五十嵐は「せっかく久しぶりに会ったのに、こんなことで揉めるのはもうやめようぜ」と言って、言い争いにピリオドを打とうとした。


「じゃあ、この話題はこれでお終いね。それより、この前あなたの動画観たわよ」


「えっ! それ、萌に聞いたのか?」


「うん。お父さんが変な動画に出てるって騒いでたから、ちょっと観てみたの。そしたら、本当に変な動画だったからビックリしたわ」


「変な動画って……あれでも、いろいろ考えた末のものなんだぞ」


「ふーん。で、どういうきっかけで、あんな動画を撮ろうと思ったの?」


「俺ももう46だし、このまま何もしないで、ただ年を取っていくのが嫌だったんだ」


「なるほどね。でも、私はまだいいけど、萌は嫌がってるみたいよ」


「それは本人から言われたよ。もし動画を撮ることをやめないのなら、もう二度と会わないってな。でも、俺がどうしてもやめないって言ったら、俺がお前とデートすることを交換条件に、動画を撮ることを許してくれたんだ」


「そういうことだったのね。萌ったら、私にはそんなこと、全然言わないんだもの」


「お前を目の前にして言うのが恥ずかしかったんだろ。あいつは今、思春期の真っただ中だからな」


「でも、萌にそんなに反対されても動画を撮りたいなんて、よほどまってるのね」


「昔みたいにギャンブルに嵌まるよりはいいだろ? と言っても、今もそこそこ嵌まってるんだけどな。はははっ!」


「あなた、昔あんなに借金で苦労したのに、まだギャンブルなんてやってるの?」


「心配しなくても、今は借金しない程度にやってるよ」


「誰も心配なんてしてないわよ。それより動画の件なんだけど、今、収入はどのくらいあるの?」


「まあ、始めたばかりにしては多いみたいだけど、これだけで生活していくには、まだ全然足りないよ」


「そう。じゃあ当分は、郵便局のアルバイトとアイチューバーの二刀流でいくわけね」


「ああ。でも、たとえアイチューバーとして食っていけるようになったとしても、俺は長く続けるつもりはない。今のところ、今やってるネタ以外に何も思い付かないからな」

 

「じゃあ、今やってる動画のネタが尽きたら、どうする気なの?」


 五十嵐はしばし考えた後、「それなんだけど、絶対笑わないって約束してくれるか?」と、真剣な表情で訊ねた。

 そのただならぬ様子を見て、百合子は顔を強張らせたまま「うん、分かった」と答えた。

 すると──






「俺、アイチューバーとして顔を売った後、タレントに転身しようと思ってるんだ」


「…………」


 五十嵐の無謀ともいえる発言に、百合子はあきれた表情でじっと彼の顔を見つめていた。




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