第11話 前妻との再会を前に……
萌の予想だにしない言葉にしばらく黙り込んでいた五十嵐は、萌と自らが注文したプリンとカレーが運ばれてきたタイミングで喋り始めた。
「お前、そんな
「冗談じゃないよ。私、本気でそう思ってるんだから」
「もう十年も前に別れたあいつと、今更デートなんてしてもしょうがないだろ」
「別にもう一回やり直してって言ってるわけじゃないんだから、デートくらいしてあげてもいいじゃん」
「だから、なんでデートしなくちゃいけないんだよ」
「お母さんがそう願ってるからよ」
「はあ? お前、冗談も休み休み言えよ」
「だから、冗談じゃないって言ってるでしょ。お母さんて分かりやすい人だから、考えてることが手に取るように分かるのよ」
「でもあいつ、俺にはそんな素振り一切見せないぞ」
「それは強がってるだけよ。ねえ、お父さん。二人が離婚した時に、なんでお母さんが苗字を変えなかったか分かる?」
「それは手続きとかが面倒だったからだろ?」
「お父さん、何も分かってないのね。女性は離婚したら旧姓に戻るのが普通で、逆にそのままの苗字でいる方が、いろいろと手続きしないといけないのよ」
「そうなのか? じゃあ、なんであいつ、わざわざそんな面倒な方を選んだんだ?」
「ほんと、何も分かってないのね。それは、お父さんに未練があったからに決まってるでしょ」
「いや、それはない。だって、離婚を切り出したのは、あいつの方なんだぞ」
「たとえそうだとしても、旧姓に戻すとお父さんとのつながりが完全に無くなると思って、お母さんは苗字を変えなかったのよ」
「それ、あいつに聞いたのか?」
「ううん。そんなの、聞かなくても分かるよ」
「もし、その話が本当だとして、俺はこれからあいつとどう接したらいいんだ?」
「だから、一度デートしてあげてって、さっきから言ってるじゃん」
「デートって、どこに行けばいいんだ?」
「それは自分で考えてよ。じゃあ私、これから友達と会うから、そろそろ行くね」
萌はプリンを美味しそうに平らげると、足早に店を出て行った。
一人残された五十嵐は寂し気な表情を浮かべながら、すっかり冷めてしまったカレーをゆっくりと口に運んでいた。
夕方までパチンコ店で時間をつぶした後マンションに帰った五十嵐は、ゆっくりと湯舟に浸かりながら、昼間萌に言われたことを思い浮かべていた。
(萌はあんなこと言ってたけど、百合子は本当にまだ俺に未練を持ってるのか。だとしたら、なんで何も言ってこないんだ。ギャンブル好きの俺に愛想を尽かしたと思っていたのは、俺の勘違いだったのか? ええい、考えていてもしょうがない。あまり気は進まないが、後で連絡してみるか)
風呂から上がると、五十嵐はさっそく百合子に電話をかけた。
「もしもし、俺だけど」
「あなたが電話なんて珍しいわね。で、用件は何?」
「今日萌に聞いたんだけど、お前まだ俺に未練があるんだってな」
「はあ? そんなことあるわけないでしょ!」
「でも、萌はそう言ってたぞ」
「それは多分、あなたをからかおうと思って言ったのよ。本気にしないで」
「じゃあ訊くけど、なんでお前は俺と別れた時、苗字を変えなかったんだ?」
「私が旧姓に戻すと、萌の苗字も変えないといけないでしょ? それが面倒だったのよ」
「えっ、そんなの簡単に変えれるんじゃないのか?」
「あなた、何も分かってないのね。子供の苗字を変えるには、裁判所に申し立てをしないといけないのよ」
「そうなのか? じゃあお前は、俺に未練があって苗字を変えなかったわけじゃないんだな」
「だから、最初からそう言ってるでしょ。ほんと、あなたって短絡的というか騙されやすいというか」
「分かった。じゃあ俺は、お前とデートしなくてもいいんだな」
「デート?」
「ああ。萌に『お母さんとデートして』って頼まれたんだけど、それもあいつの嘘だったんだよな?」
「何よ。あなた、私とデートしたいの?」
「なんでそうなる。お前、俺の話をちゃんと聞いてるのか?」
「あなたにそんなこと言われたくないんだけど。結婚してた頃、私がどんなにギャンブルをやめてって頼んでも、まったく聞く耳を持ってくれなかったくせに」
「そんな昔のことを蒸し返すなよ。で、さっきの話だけど、俺はお前とデートする必要はないんだな」
「そんなに私とデートしたいのなら、してあげてもいいわよ」
「俺は別にしたくねえよ! 用件は済んだからもう切るぞ!」
「ちょっと待って! そういえばこの前、知人から映画のチケットを二枚もらったんだけど、よかったら一緒に行かない?」
「そんなの、萌と行けばいいだろ」
「R15指定だから、萌とは行けないのよ」
「じゃあ、友達と行けばいいだろ」
「大人の恋愛ものだから、女同士で行くのはちょっとね」
「じゃあ、男友達でも誘えよ」
「そんなのがいたら、あなたなんか誘わないわよ。で、どうするの? 映画を観るの? 観ないの?」
「ちっ、しょうがねえな。あまり気乗りしないけど、チケットを無駄にするのももったいないから、付き合ってやるよ。で、いつ観に行くんだ?」
「チケットの有効期限が明日までだから、明日でもいい?」
「分かった」
五十嵐は電話を切ると、ふうっと大きくため息をついた。
(あいつとデートなんて何年ぶりだろうな。なんかうまく乗せられたような気がしないでもないが、久しぶりのデートだし楽しんだ方が得だな。ああ、早く明日が来ないかな)
久々の前妻との再会を前に、五十嵐は逸る気持ちを抑えられないでいた。
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