第10話 俺の生きがい

 一ヶ月ぶりに新作を公開した翌朝、五十嵐がコメント欄を覗くと、そこはおびただしい数のコメントで溢れていた。


『久しぶりに五十嵐さんの動画が観れて良かったです』

『焼肉弁当美味しそうですね』

『もう二度と、こんなに間を開けないでください』

『奥さんとのなれそめを聞けて面白かったです。別れてますけど(笑)』

『もうやめたんじゃないかと思ってたので、復活されてすごく嬉しいです』

『次はぜひタクシーネタをお願いします』

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(まさか、こんなに俺のことを待っていてくれた人がいるなんて……世の中捨てたもんじゃないな)


 一ヶ月も間を空けたことで、ほとんどの登録者に見放されていると思っていた五十嵐は、あまりのコメントの多さに驚くとともに、静かに喜びを噛み締めていた。


「五十嵐さん、動画すごい反響ですね」

「嬉しくて、私もついコメントしちゃいました」

「これからも頑張ってください」


 職場でもすっかり有名人となっていた五十嵐は出勤するやいなや、所属している第一集配課はもとより、まったく関連のない部署の人間からも声を掛けられた。

 それは配達先でも同じで、配達中に様々な人間に呼び止められ、その結果郵便を全部配り終えるのに、いつもより一時間以上も多くかかってしまった。

 五十嵐にとってはまさに嬉しい誤算となったわけだが、喜んでばかりもいられない。

 なぜなら、明日は娘の萌と面会する日だからだ。


(もしかしたら、萌も動画を観てるかもしれない。そしたら、明日は会ってくれないかも……ええい。考えていてもしょうがない。それならそれで、何か方法を見つければいいだけだ)


 五十嵐は緊張しつつ、萌にメッセージを送った。


『明日の12時、いつもの所でいいか?』


 いつもは返信の遅い萌だが、『いいよ。話したいこともあるし』と、珍しくすぐにメッセージを返してきた。

 五十嵐はそれを見てホッとするとともに、一抹の不安を覚えた。


(話したいことって何だ? なんか悪い予感しかしないんだけど……)

 いつもは萌と会う前日は嬉しくてなかなか寝付けない五十嵐だったが、今回は別の意味で寝付けず、朝方になってようやく眠ることができた。





(やばい! もうこんな時間だ!)


 朝方まで眠れなかったせいで、五十嵐が目を覚ましたのは11時半だった。

 五十嵐はとるものもとりあえず、待ち合わせ場所のカフェに駆け付けると、そこには不機嫌そうな顔でスマホをいじっている萌の姿があった。


「もう12時過ぎてるんだけど」


「ごめん! お前と会えるのが楽しみ過ぎて、昨日の夜なかなか寝付けなくてさ」


「それ、嘘だよね? 本当は昨日私が送ったメッセージが気になって、眠れなかったんでしょ?」


「……相変わらず鋭いな。で、話したいことって何だ?」


「その前に注文していい? 朝から何も食べてなくて、お腹ペコペコなんだよね」


「ああ、好きなだけ注文していいよ」


 萌はオムライスとサラダのセットの他に、カルボナーラを注文した。


「お前、そんなに注文して大丈夫か?」


「うん。もし食べ切れなかったら、お父さん食べてね」


「ああ。じゃあ俺は、飲み物だけにしとくよ」


 やがてオムライスとカルボナーラが運ばれてくると、萌は幸せそうな顔でそれを全部平らげた。


「まさか全部食べ切るとはな。こんなことなら、俺もなんか食べ物を注文しとけばよかった」


「私、後でデザート注文するから、お父さんも一緒に注文すればいいじゃん」


「お前、まだ食べる気か? そんなに食べてるとデブになるぞ」


「日頃、運動してるから大丈夫よ。それより、昨日送ったメッセージの件なんだけど」


「ああ」


 五十嵐は内心ヒヤヒヤしていたが、それはおくびにも出さず、平然とした顔で萌の次の言葉を待った。


「私との約束を破って、昨日動画を投稿したでしょ? あれだけやめてって頼んだのに、なんで投稿したの?」


「俺はそんな約束した覚えはない。それと、一ヶ月も投稿してなかったから、もう誰も観てくれないと思ったんだよ」


「でも、実際には多くの人が観ていて、その中には間違いなく私のクラスメートもいるわ。そしたら、またからかわれるじゃない」


 「それは悪いと思ってる。でも俺、これからも続けていきたいんだ。実を言うと、動画を投稿しなかったこの一ヶ月、何もやる気が起きなくて、死人同然の生活を送ってたんだ。それが昨日久しぶりに動画の撮影をしてたらほんと楽しくて、もはや生きがいと言っても過言じゃないくらい、俺にとって大切なものになってるんだ」と、五十嵐は切羽詰まった顔で訴えた。


「ふーん。じゃあ、どうしても投稿をやめないのね?」


「ああ」


「分かったわ。お父さんの唯一の生きがいを取り上げるのは、あまりにも可哀想だしね」


「じゃあ、これからも俺と会ってくれるのか?」


「うん。でも、それには一つだけ条件があるの」


「条件?」


「今度、お母さんとデートして」


「…………」


 萌の突拍子もない言葉に、五十嵐は何も返せないまま固まってしまった。


 




  


  



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