第6話 勝負のタクシーネタ

 先日、畑中に次の投稿が大事と言われた五十嵐は、どのネタを選ぶか思い悩んでいた。


(万人にウケるネタって何だろうな。口で言うのは簡単だけど、いざ選ぶとなると結構大変だな……ん、待てよ。タクシーネタなんてどうだろう。タクシー運転手は、俺が今まで経験した仕事の中で一番長く働いているし、良くも悪くもいろんな客を乗せてるから、ネタは豊富にある。それを小出しにすれば、回数も結構稼げるしな。問題は今回どれを選択するかだが)


 五十嵐はスマホをアイチューブに合わせ、幕の内弁当とお茶のペットボトルをちゃぶ台の上に置きながら、スタートボタンを押した。


「どーも、五十嵐幸助です。既に気付いてると思いますが、今回からチャンネル名を『ギャンブル狂』から『中年の星』に変更しました。『ギャンブル狂』は元々いい名前を思い付かなかったから付けただけで、特に思い入れはないので、変更には何の迷いもなかったです。というわけで、『中年の星』に変えて一発目のネタは、タクシー運転手時代に経験した話です」


 五十嵐は冒頭の挨拶を済ませると、卵焼きを一つ口に運んでから、続きを喋り始めた。


「俺は約五年間タクシー運転手をしてたんだけど、今日はそのタクシー運転手時代に乗せた客の中で一番印象に残っている人の話をしようと思う。この話を友達や知り合いに話しても誰も信じてくれないんだけど、紛れもない真実だから最後までちゃんと聞いてくれ。その客は三十歳くらいの男性だったんだけど、行き先を聞いて俺が車を発進させようとした瞬間、『今、スタートしました』と、いきなり実況を始めたんだ」


 五十嵐はそこまで話すと、白身魚のフライを一口かじりながら、続きを喋り始めた。


「男性はその後も、『あっ、スタートしてすぐ一台抜きました。しかもインから。これは凄いテクニックだ! 見たところまだ若そうだが、一体どこでこのテクニックを身につけたのでしょうか。おおっと! そうこうしているうちに、今度は止まった。

一体何があったんでしょう? エンジントラブルでしょうか? いや、どうやら違うようです。単に赤信号で止まっただけでした!』と、俺の迷惑も顧みず、実況を続けたんだ」


 五十嵐は、ごはんときんぴらごぼうを口いっぱいに放り込み、それをお茶で流し込みながら、続きを喋り始めた。


「そこまでくると、さすがに俺も黙っていられなくて『運転に集中できないので、実況するのはやめてくれませんか』って言ったんだ。そしたら、男性が『こんなので集中できないなんてプロ失格だな』なんて言ったものだから、俺も頭にきて『では、どうぞご自由に』って返しちゃってさ。そしたら、男性は益々調子に乗って、その後ずっと実況を続けたんだ」


 五十嵐は残りのごはんを掻き込み、最後にたくわんをかじりながら、まとめに入った。


「やがて目的地に近づくと、男性は『さあ、いよいよゴールが近づいてきました。もう周りは一台も走っていません。完全に一人旅です。おおっと! ついにゴールテープが見えてきました。さあ、ここで勝利へのカウントダウンだ。スリー、ツー、ワン、ゴール! やった! ついに五十嵐が優勝しました。あっ、五十嵐が泣いています。チェッカーフラッグが振られている横で、五十嵐が感動の涙を流しております』と、デタラメな実況をしてさ。その後もさらに、『運転手さん、リタイアしなくて良かったね。もしあの時リタイアしてたら、優勝なんてできなかったんだからさ』と、わけの分からないことを言ってきたから、俺は『そうですね。お客さんのおかげで、なんとか優勝することができました。今から一緒にシャンパンファイトでもしますか?』と、ようやく男性から解放される喜びから、最後に少しだけ乗ってやったんだ」


 五十嵐は満足げな顔でペットボトルのお茶を飲み干した後、「さっきも言ったように、この話をすると、周りはきまって『それ、絶対ネタだろ』って言うんだけど、本当だから信じてくれよな。それじゃ、今回はこれで終了する。じゃあな」と言って、終了ボタンを押した。


(最後に念を押してみたけど、果たして視聴者はこの話を信じてくれるだろうか? 

もし信じてくれなかったら、俺は嘘つき呼ばわりされて、チャンネル登録者も急激に減っていくんだろうな)


 五十嵐は編集を終えると、タイトルを【お前はアナウンサーか!】とし、迷いながらも投稿ボタンを押した。


 



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