第5話 男性登録者急増!

 動画の初投稿から三日経過した日曜日の昼間、五十嵐は自宅のマンションの寝床で横になりながら、次の動画の構想を練っていた。


(次もアルバイトで経験したものだが、前と同じことをやっても芸がない。前回は少し話し方が硬かったから、今回は少しくだけた口調でやってみるか)


 思い立ったが吉日とばかりに、五十嵐は寝床から飛び起きると、すぐさまカップラーメンにお湯を入れた。

 その後スマホを手に取り、アイチューブの『ギャンブル狂』にチャンネルを合わせ、先日ネットで購入したライトをセットする等、撮影の準備をし始めた。


(このやり方が吉と出るか凶と出るか分からないが、とりあえずやってみよう)


 やがて準備が終わると、五十嵐はカップラーメンの蓋を開け、大きな音を立てながら麺を一口すすった後、喋り始めた。


「どーも、五十嵐幸助です。今日で二回目となるこの動画ですが、今回は少し趣向を凝らして、語り口調で進めていこうと思います。それでは早速始めます。あれは今から約二十五年前、俺がまだ二十歳そこそこだった頃、ビルの窓拭きのバイトをしてたんだけど、みんなも一度は目にしたことがあるんじゃないかな? ワイヤーで吊るされたゴンドラに乗った作業員が、ビルの窓を掃除しているところをさ。あれって、傍で見てるより、よっぽど怖いんだ。なんせ、風がちょっと吹いただけですごく揺れるからな。特に高層ビルの最上階の窓を掃除してる時に風が吹いたりすると、ほんと生きた心地がしなかったよ」


 五十嵐は麺を勢いよくすすり、スープを『フーフー』と口で冷ましながら少し飲んだ後、続きを喋り始めた。


「次に窓拭きの時に使う道具なんだけど、俺が使ってたのはスタンダードウォッシャーとスクイージーという名称の道具で、まずスタンダードウォッシャーというのは、形はT字型をしていて、横の部分はアクリルの素材でできた取り外し可能の綿が巻かれてるんだ。使う時は縦の部分を持って、バケツに入った水に綿を浸けるんだ。そうやって水を含んだ綿で窓ガラスを濡らすのがスタンダードウォッシャーの使い方なんだ。一方スクイージーというのは、形はスタンダードウォッシャーと同じT字型で、横の部分にゴムが装着されてるんだけど、そこを使って濡らした所を拭き取るんだ。いわば、車のワイパーと役割は一緒だな」


 五十嵐は残りの麺を全部すすり、スープを半分程飲んだところで、続きを喋り始めた。


「俺がこの仕事をしていて一番大変だったのは、女性更衣室を覗いたという汚名を着せられたことなんだよな。ある日、いつものようにビルの窓を掃除していた俺は、女性たちが更衣室で着替えている所を目撃してしまったんだ。普通そういう場所ではカーテンを閉めているものだけど、その時はたまたま開いていて、それが災いして俺はのぞき魔扱いされてしまったんだ。警察に詳しい事情を話して、何とか誤解は解けたんだけど、この出来事が二十五年経った今でも忘れられないくらい、トラウマとして残ってるんだよな」


 五十嵐は険しい顔をしながら、残りのスープを一気に飲み干すと、最後の締めに入った。


「今現在ビルの窓拭きをしてる人や、これからしようと思ってる人は、俺みたいにならないよう、くれぐれも気を付けてくれ。というわけで、今日はこれで終了する。じゃあな」


 五十嵐は腹が満たされたせいか、編集作業の途中でウトウトし始め、作業が終わるとタイトルを【ゴンドラとのぞきには気を付けろ】とし、投稿ボタンを押すと同時に、そのまま眠りについた。


 やがて眠りから覚めた五十嵐は、何の気なしにスマホを手に取り、先程投稿した動画のコメント欄を開いた。

 すると──





『のぞきに間違われて災難でしたね』

『語り口調が面白かったです』

『考えようによっては、女性が着替える所を見れてラッキーでしたね』

『僕は高所恐怖症なので、ビルの窓拭きは無理です』

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 前回とは打って変わり、コメントを寄せているのは、ほとんどが男性だった。


(今回のネタは、女性より男性の方がコメントしやすいのかもな。まあいい。これで男性登録者が増えれば、俺としては万々歳だ)


 五十嵐はそんなことを考えながら、近所のパチンコ店に出掛けていった。




 翌朝、五十嵐は出勤するやいなや、畑中に向かって「今回も評判は上々だよ」と、彼が訊いてもいないうちから上機嫌で昨日投稿した動画の報告をした。


「前回がどちらかというと女性向けのネタで、今回は逆に男性向けのネタと、バランス良くきてるので、次が大事になってきますね」


 畑中の意見に、五十嵐は一瞬戸惑いの表情を見せながらも、「確かにそうかもな。次は万人向けのネタを披露して、一気にチャンネル登録者を増やすとするか」と、強がって見せた。


「その意気ですよ。もしそれが実現できれば、そのまま中年の星として輝き続けることができますよ」


「そのフレーズいいねえ。いっその事、チャンネル名も『ギャンブル狂』から『中年の星』に変更しようかな」


「それ、僕も賛成です。『ギャンブル狂』より『中年の星』の方が、絶対視聴者の食いつきがいいですよ」


「よし! じゃあ次の投稿から『中年の星』として頑張るから、君もなんか気が付いたことがあったら、どんどん言ってくれ」


「分かりました。じゃあ次の投稿を楽しみにしてます」


 笑顔を向けてくる畑中に、自らも笑顔を返す五十嵐だったが、それとは裏腹に心の中は不安でいっぱいだった。


 





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