第4話 思わぬ反響

 翌朝、いつものようにスマホのアラームで目を覚ました五十嵐は、眠い目をこすりながら昨日投稿したアイチューブの『ギャンブル狂』にチャンネルを合わせた。


(おっ! コメントをくれてる人が結構いる。一体どんなことが書かれてるんだ?)


 五十嵐はドキドキわくわくしながら、早速コメント欄を開いた。


『赤ちゃんと遊んでただけなのに、そんなことになるなんて同情します』

『部屋の土壁が所々ひび割れてて笑えました』

『赤ちゃんをあやそうとした、そのきれいな心が素敵です』

『食事をしながら仕事の話をする設定が斬新で面白かったです』

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(意外と女性からのコメントが多いな。それに話とは関係のない壁に目がいくなんて、やはり女性は男とは見る部分がまったく違うな。これからはカメラのアングルを少し変えて、ひび割れの部分が映らないようにしよう)


 五十嵐はそんなことを思いながら、いつものようにトーストとコーヒーの朝食を済ませた後、自転車を漕ぎながら勤め先の郵便局へ向かった。


 やがて郵便局に着くと、五十嵐は地下の自転車置き場からエレベーターで三階まで上がり、所属する第一集配課に入室するやいなや、「五十嵐さん、動画観ましたよ! 初めてにしては上出来じゃないですか」と、同僚の畑中が興奮気味に話し掛けてきた。


「しー。声が大きいよ。このことは、まだ誰も知らないんだからさ」


「動画が話題になったら、いずれみんなも知ることになるんだし、別にいいじゃないですか」


「そうなったら俺も覚悟を決めるが、それまではなるべくひっそりとやっていたいんだよ」


「分かりました。じゃあ、とりあえずこのことは、二人だけの秘密にしておきます。ところで、次はどんな職業の紹介をするつもりですか?」


「次もアルバイトで経験したものだけど、内容はまだ秘密だ。楽しみは後にとっておいた方が君もいいだろ?」


「それもそうですね。じゃあ、楽しみにしておきます」


 やがて始業時間になると、五十嵐はいつものように自らが配達する郵便の区分をし始め、それが終わると書留かばんを腰にぶら下げ、二つの郵便かばんを両手に持ちながらエレベーターで地下まで降り、配達先に向かって自転車を漕ぎ始めた。


(今日は特に郵便物が多いな。天気も崩れそうだし、今日はいつも以上に気合を入れて配らないとな)


 そんなことを考えながら郵便を配り始めた五十嵐だったが、書留のハンコをもらうために訪れた会社で「昨日、動画観ました」と、いきなり若い女性社員から声を掛けられた。


「なんかどこかで見たことのある人が出てるなと思いながら観ていたら、時々訪れる郵便局員さんだということに気が付いたんです」


「ありがとうございます。もしかして、コメントをくれたのはあなたですか?」


「いえ、それは違います。でもチャンネル登録したので、これからも拝見させてもらいます」


「重ね重ねありがとうございます。では、まだ配達が残ってるので、これで失礼します」


 その後、訪れる先々で声を掛けられた五十嵐は、その都度丁寧な受け答えをしてしまい、そのせいで配り切れなかった大量の郵便物を抱えながら、昼前に郵便局へ戻った。


「なんでこんなに郵便物が残ってるんだ。これは俺に対する当てつけか?」


 班長の戸田に嫌味を言われ、「すみません。午後からは気合を入れて、全部配り切ります」と、申し訳なさそうな顔で返した五十嵐だったが、内心は嬉しくてたまらなかった。


(たった一回動画をネットに上げただけで、こんなに反響があるとはな。これがいわゆる『バズる』というやつか。このまま投稿を続けていたら、もしかすると……)


 そんなことを考えながらニヤつく五十嵐に、「どうしたんですか、一人でニヤニヤして」と、畑中が不思議そうに訊いてきた。


「さっき、配達中に行く先々で声掛けられてさ。今までこんなこと一度もなかったから、なんか嬉しくてな」


「それだけ、あの動画が面白かったってことですよ。このまま回数を重ねてると、慣れてきて喋りもうまくなるでしょうし、そうなればチャンネル登録者もどんどん増えていきますよ」


「つまり、この先チャンネル登録者が増えるか尻すぼみになるかは、全部俺の腕にかかってるわけだな」


「そういうことです。というか、そんな当たり前のことを、堂々と言わないでください」


「それもそうだな。はははっ!」


 畑中の指摘を笑って返せるほど、五十嵐は浮かれていた。




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