第3話 初めての投稿

 五十嵐は風呂から上がると、帰宅途中にスーパーで買った唐揚げ弁当をちゃぶ台の上に置き、冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出した。

 その後、ネットで購入した三脚にスマホをセットし、アイチューブのチャンネル名『ギャンブル狂』にチャンネルを合わせた。


(さてと、いよいよ本番だな。なるべく編集しなくて済むように、慎重にやらないと)


 昼間検索した時に、編集作業の大変さが書かれていたことから、五十嵐はそのことを意識しながらスタートボタンを押した。


「初めまして。私の名前は五十嵐幸助です。年齢は四十六歳。職業は郵便局のアルバイトです」


 自己紹介が終わったところで、五十嵐はため息をつきながら終了ボタンを押した。


(はあ。こんな真面目な挨拶は俺に合わないし、視聴者もすぐにソッポを向いてしまう。もっとポップにしないと)


 五十嵐は気を取り直し、再びスタートボタンを押した。


「やあ! 俺の名前は五十嵐幸助。年齢は四十六だ。年は食ってるけど、割とイケメンだろ? 今風に言えば、イケオジってやつだな。はははっ!」


 先程とはずいぶん違った軽い挨拶だったが、五十嵐はまたも途中で終了ボタンに手をかけた。


(これじゃ、ただのバカだ。こんなに無理してキャラを作っても、すぐにボロが出てしまう。やっぱり、俺らしくやるのが一番だな)


 五十嵐は初心に帰り、三度みたびスタートボタンを押した。


「この度、アイチューブを始めることになった五十嵐幸助です。年齢は四十六歳。バツイチ子持ちですが、今は一人で結構楽しく暮らしています」


 冒頭の挨拶に初めて満足感を得た五十嵐は、唐揚げを一つかじった後、次のステップに移った。


「このチャンネルは名前こそ『ギャンブル狂』になっていますが、ギャンブルに関するものはほとんど出てこないと思います。じゃあ、なぜこの名前にしたのかというと、俺自身がギャンブル好きなのと、他にいい名前が浮かばなかったからです。というわけで、このチャンネルがどんな内容なのかを今から説明します」


 内容を話す前に、五十嵐は二個目の唐揚げを口の中に放り込んだ。


「このチャンネルでは、俺が今まで経験した数々の職業を紹介しようと思っています。俺は飽きっぽい性格のため何をやっても長続きせず、アルバイトを含め今まで数え切れないほどの仕事をしてきました。その一つ一つを皆さんに分かりやすく説明していきます。記念すべき初回である今回は、俺が高校時代に経験した引っ越しのアルバイトの話をします」


 五十嵐はごはんを掻き込み、三個目の唐揚げを美味しそうに音を立てて咀嚼した後、喋り始めた、


「男性は学生時代に経験した方が結構いるんじゃないでしょうか。逆に女性はほとんどの方が経験していないと思うので、興味のある方はぜひ最後まで見てください。

ではまず初めに、引っ越しの作業がどのようにして行われるかを、ざっと説明します。アルバイトたちは会社に着くと、それぞれ社員の運転するトラックに同乗し、引っ越しの行われる一軒家、マンション、アパート等に出向きます。そしてそこから家具や電化製品を運び出し、傷つけないようそっとトラックに積みます。タンスや冷蔵庫は重いので、運ぶ時や積む時に特に神経を使います。その後、トラックで新しい入居先まで移動し、トラックに積んだ荷物をそこに降ろすのですが、俺が未だに憶えてるのは、一軒家の二階にベッドを運ぶ際、まずベッドをロープで縛りつけ、二階の窓からみんなでロープを引っ張って部屋に運び入れたことです。ということで、ここまでが引っ越しの一連の流れなのですが、時々ハプニングが起こったりします。では今から俺が経験したハプニングを説明しようと思います」


 五十嵐は四個目の唐揚げを十分に味わった後、おもむろに喋り始めた。


「俺はそれまで働いたことはなく、初めてアルバイトとして出向いたマンションには、まだ一歳にも満たない赤ん坊がいました。荷物を全部運び出した後、たまたまその赤ん坊と二人きりになったので、俺はその赤ん坊をあやしていました。すると、その赤ん坊が俺に向かって手を伸ばしてきたので、俺は右手の人差し指を差し出し握らせてあげました。とまあ、ここまではよかったのですが、その後赤ん坊がなかなか手を放してくれなかったので、俺は半ば強引に自らの指を赤ん坊の手から引き抜きました。そしたら、その赤ん坊が大声で泣き始め、それを聞きつけた母親が『あなた、私の息子に何をしたの!』と、すごい剣幕で俺に迫ってきました。俺はありのままを説明したのですが、母親はそれを聞き入れず、俺をののしりました。騒ぎを聞きつけた社員が母親を説得してくれて、なんとかその場は収まりましたが、その後トラックで引っ越し先に向かってる時に、社員から『余計なことするな!』と一喝されました」


 五十嵐は残りのごはんを全部掻き込み、最後の唐揚げを平らげた後、締めに入った。


「というわけで、俺の初めてのアルバイトは苦い経験となってしまいましたが、引っ越しの作業自体は結構楽しかったので、これから始めようと思っている方は、ぜひチャレンジしてみてください。では、今日はこの辺で終了したいと思います」


 五十嵐は終了ボタンを押すと、ふうっと大きなため息をつきながら、編集作業に入った。


(なんか表情が硬いな。喋り方もぎこちないし、弁当の食べ方も自分じゃ美味しそうに食べたつもりなのに、こうやって見るとあまり美味しそうじゃない。あと、初めてにしては声は出てるが、周りがなんか薄暗いな。今度、ネットで簡単な照明器具でも購入するか)


 やがて編集作業を終えた五十嵐はタイトルを【赤ん坊に気を付けろ】とし、期待と不安の両方を抱えながら投稿ボタンを押した。


(この動画は果たして何人の人に観てもらえるんだろうな。その人たちはどんなことを思い、どんなコメントをくれるんだろう)


 そんなことを考えているうちに五十嵐は突然強烈な睡魔に襲われ、一分も経たないうちに大きないびきをかきながら深い眠りに入った。





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