第2話 動画サイトで有名になる!
新田たちと別れた後、自宅のワンルームマンションにまっすぐ帰ってきた五十嵐は、録画していたバラエティ番組を観ながら、ふうっとため息をついた。
(さっきはあんなこと言ったけど、本当はなんのプランもないんだよな……仕方ない。明日勤務先で若い奴でも捕まえて、何かいい案はないか訊いてみよう)
やがてバラエティ番組を観終わると、五十嵐は畳の上に敷きっぱなしにしている布団にもぐり込んだ。
翌朝、六時にスマホのアラームで目を覚ました五十嵐は、いつものように電気ポットに水を入れた後、トーストを一枚オーブンレンジの中に入れた。
家でまったく料理をしない五十嵐の部屋には鍋や炊飯器はおろか、コンロすら置いていない。
朝は食パン一枚とコーヒー、昼は郵便局の日替わり定食、夜はスーパーかコンビニで買った弁当を食べるのが、彼のルーティンとなっている。
(おっ! 昼のバラエティ番組に橋本加奈が出るじゃないか。どうせドラマの番宣だろうけど、一応チェックしないとな)
新聞の番組欄に、大ファンである女優の橋本加奈の文字を見つけた五十嵐は、すぐさまその番組を予約録画した。
その後五十嵐は、自らの部屋がある四階から階段で一階まで降りると、駐輪場に停めてある年季の入った自転車にまたがり、局に向かってゆっくりとペダルを踏み始めた。
中学や高校の通学路になっているため、いつも多くの学生とすれ違ったり、同じ方向へ走ったりする。その瞬間、五十嵐は自分も学生になったような気がして、心が弾んだ。
やがて局に着くと、同僚の畑中から「五十嵐さん、おはようございます」と、さん付けで挨拶され、一気に現実へと引き戻された。
「おはよう。ちょっと君に訊きたいことがあるんだけど、昼休み空けといてくれないかな?」
「なんですか、訊きたいことって?」
「長くなりそうなんで、それは後で話すよ」
「分かりました。じゃあ、また後で」
やがて昼休みになると、五十嵐は食堂でいつもの日替わり定食を食べた後、休憩室にいた畑中に「──というわけなんだけど、なんかいいアイデアはないかな?」と、勝ち組になるための方法を訊ねた。
「そう言われましても、僕には何も思い付かないですね」
「そんなこと言わずに、もっとよく考えてくれよ。俺は君みたいな若者の意見を参考にしたいんだよ」
「なんでそう思われたんですか? 僕なんかより五十嵐さんと同世代の人に訊いた方が、より良い意見が聞けると思いますけど」
「ダメダメ。俺くらいの年齢になると、みんな頭が固くなって、柔軟な考えができなくなるんだよ」
「そうなんですね。じゃあ、やはり男と言えば仕事なので、これから仕事を頑張るというのはどうですか?」
「頑張るといったって、所詮アルバイトだからね。もう46歳だから、正規の職員になるのは難しいし、頑張る甲斐がないってものだよ」
「じゃあ、趣味を頑張ってみては? ちなみに、五十嵐さんが今ハマってるものって何ですか?」
「趣味といっても、俺はギャンブルくらいしかないからな。運が大きく作用するパチンコや競馬をいくら頑張っても、勝ち組にはなれないだろ?」
「……うーん。となると、後は動画サイトで有名になるくらいしか思い付かないですね」
「動画サイト?」
「ええ。【アイチューブ】とか【チックタック】とかがあるんですけど、知りません?」
「名前は聞いたことはあるが、内容はよく分からないな。俺、スマホとかほとんど見ないし。で、その動画サイトで有名になるには、どうすればいいんだ?」
「いろいろありますけど、今流行っているのは、ダンスとか動物系ですね」
「ダンスは小学校の時にや習ったフォークダンスしかやったことないから無理だな。動物系も、今まで犬や猫を飼ったことがないから難しいし」
「……そうですか。じゃあ、これは流行ってるわけではないですが、ひたすら食べ物を食べ続けて、その咀嚼音を聞かせる動画が今話題になってるんですよ」
「ん? なんでそんなものが話題になってるんだ?」
「あの音を聞いてると、耳心地がいいと感じる人が一定数いるみたいなんです」
「へえー。世の中には変わった奴がたくさんいるんだな」
「それと、一人で食事をするのが寂しいと感じる人にも、好評みたいなんです」
「なぜ?」
「その動画を見ながら食事してると、なんか二人で食べてるような感じになって、寂しくなくなるそうなんです」
「マジで! 俺も離婚してからはずっと一人で食事してるけど、寂しいなんて一度も思ったことないけどな」
「世の中には五十嵐さんのような心の強い人ばかりじゃなくて、寂しがり屋の人もたくさんいるんですよ」
「そうみたいだな。じゃあ俺みたいな者でも、ひたすら食べ続ける動画をネットにあげれば、たくさんの人が見てくれるのか?」
「それが、そうとも言い切れないんですよ。話題になったせいで、最近そのような動画をネットにあげる人が多発してるんです。なので、たくさんの人に見てもらおうと思ったら、他の人と差別化する必要があるでしょうね」
「差別化って、具体的にどうすればいいんだ?」
「それは自分で考えてください。じゃあ僕がアドバイスできるのはここまでなので、これで失礼します」
畑中が休憩室を出て行くと、五十嵐は早速スマホを手に取り、動画サイトを検索した。
すると、老若男女問わず食べ物を食べ続けるだけの動画が溢れていて、そのどれもが似たような内容のものだった。
(畑中の言う通り、こんなに同じようなものばかりじゃ、何か差別化を図らないと埋もれるのは必然だな。さて、どうしたものか──ん、待てよ。ただ食べ続けるだけの動画だとすぐに飽きられるから、食べながら何か話すのはどうだろう。問題はその話す内容だが……そうだ! 俺が他人と違う最大の特徴と言えば、良くも悪くも今までたくさんの職業を経験してることだ。それを日替わりで紹介したらどうだろう? もしかしたら、いけるんじゃないか? よし! 仕事が終わったら、スーパーに寄って唐揚げ弁当を買って帰ろう。あれ、咀嚼する時に結構大きい音がするし……おっと、その前にネットに動画をあげる方法を検索しないと)
その後、休憩時間が終わるまで、五十嵐はまるで童心に帰ったような無邪気な笑顔でスマホを操作していた。
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