中年の星

丸子稔

第1話 俺は負け組じゃない!

「ポン!」

「チー!」

「ロン!」


 週末の夕方、古い雑居ビルの二階に入っている雀荘に、麻雀用語が勢いよく飛び交っている。

 全部で十五卓ある席はすべて埋まり、老若男女入り乱れて麻雀に勤しんでいる。

 その中で、五十嵐幸助いがらしこうすけは友人の佐藤さとう新田にった古宮ふるみやと、入口から一番遠い席で卓を囲んでいた。


「ああ! お前、またそんな安い手でアガりやがって。こっちは国士テンパってたのによ」


 佐藤に大物手を阻止された五十嵐が、思わず憎まれ口をたたく。


「そんなの知らねえよ。いくら役満をテンパっていようが、アガれなければ何の意味もないだろ」


「それはそうだけど、俺は千点や二千点の安手をアガるより、アガれない役満の方に魅力を感じるんだよ」


「そんなことばかり言ってるから、お前はいつも勝てないんだよ」


 薄笑いを浮かべながら軽口をたたく新田に、五十嵐は「悪かったな、負けてばかりで。でも、そのせいでお前はいつもいい思いしてるんだから、そんな風に言われる筋合いはないぞ」と、すぐさま応戦した。


「確かにな。お前がいることで、少なくとも大負けすることはないからな」


 あまり麻雀が強くない古宮がそう言うと、五十嵐は「そうだぞ、古宮。俺がいないと、お前はいつもビリなんだから、少しは俺に感謝しろよ」と、自分もまったく強くないくせに思い切り上から返し、「次こそ大物をアガってトップ取ってやるからな」と、意気込んで見せた。


「悪いけど、俺はこれで抜けさせてもらうよ。今日は家族でご飯食べるって約束してるから」


 四人の中で唯一の既婚者である佐藤のまさかの発言に、他の三人から一斉に非難の声が上がった。


「なんだお前、このまま勝ち逃げする気か?」

「ご飯なんて毎日一緒に食べてるわけだから、今日くらいいいだろ」

「というか、俺たちの前で家族の話はするなよ」


「実は今日、娘の誕生日でさ。帰りにケーキ買わなきゃいけないんだよ」


「なんだって! それなら、こんな所にいつまでもいないで、早く帰ってやれよ」


「ああ。今度近いうちにまた打とうぜ。じゃあな」


 三人に手を振りながら意気揚々と店を出て行く佐藤を、彼らは複雑な表情で見送っていた。





 面子めんつが一人欠けたため麻雀は続行不能となり、五十嵐たちはそのままビルの一階に入っている中華料理屋に入店した。

 彼らはテーブル席に座るやいなや、店員を呼んでそれぞれ自分の食べたいものを注文した。


「俺、チャーシューメンと餃子ね」

「俺、酢豚定食と春巻き」

「俺はエビチャーハンに麻婆豆腐を付けちゃおうかな」


 注文した品が来るまで、三人はビールを飲みながら、それぞれの近況を報告し合った。


「俺は可もなく不可もなくといったところかな。相変わらず毎日小麦粉と格闘してるよ」


 新田は派遣社員としてパン工場で働いており、仕込みの際に使う三十kg前後の小麦粉にいつも苦労させられている。


「俺も似たようなものだな。毎日神経をすり減らしながらやってるよ」


 新田と同じく派遣社員として携帯電話の修理工場で働いている古宮は、作業内容が細かいため、仕事中はいつも神経を張り詰めている。

 

「で、お前はどうなんだ。郵便配達はもう慣れたのか?」


 先月からアルバイトとして郵便局で働いている五十嵐は、バイクの免許を持っていないため、いつも自転車で郵便を配っている。


「晴れてる時はいいけど、雨が降るとやっぱりキツいな。カッパを着てても顔や手は濡れ放題だし、ほんと嫌になるよ」


「そういえば、佐藤って、今度課長に昇進するらしいな」


「マジか! 俺たちと一緒に働いていた頃は、一番仕事ができなかったのにな」


 彼らは十五年前、ある自動車工場にそれぞれ派遣社員として入社し、同じ部署で働いていた。

 佐藤は仕事は遅いながらも、真面目な勤務態度が評価されてそのまま正社員に昇格し、他の三人は任期満了とともに工場から去っていた。

 彼らはそれぞれ年齢が近かったことから、その後も関係が続き、現在に至っている。


「この中で今家庭を持ってるのは佐藤だけだし、言いたくないけど勝ち組はあいつだけで、俺たちは完全に負け組だよな」


 ため息交じりに語る古宮に、五十嵐は「俺たちまだ四十代半ばなんだし、これからまだ巻き返せるだろ」と、熱い口調で訴えた。


「お前、それ本気で言ってるのか?」と、懐疑の目を向ける新田に、五十嵐は「もちろん本気だ。俺がそれを身をもって証明してやるよ」と、至って真剣な表情で返した。


「どうやって証明するんだ?」


「それはまだ言えない。お前らに真似されたら困るからな」


「なんだ、ただ適当に言っただけか」


「適当じゃねえよ! 近いうちに必ず証明してみせるから、お前らよく見とけ」


 そう言うと、五十嵐は店員が運んできたエビチャーハンと麻婆豆腐をむさぼるように食べ始めた。

 新田と古宮はそれぞれ餃子と春巻きに手を伸ばしながら、その光景を呆れたような顔で見ていた。







 

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