瞳
Rokuro
瞳
「君は異質だね」
俺の眼前には、机を挟んで1人の男が座っていた。
いや、多分男だ。
確定出来ないのは、顔を伏せるように布が敷かれている。
まるで見せたくないかのように。
しかし、目は付いている。
机に腕を置いているが、手を見ることは叶わない。
あまりにも長い袖がその手を隠しているからだ。
その袖についている瞳がぎょろりと俺を睨む。
左右に3つずつ。合計6つの瞳が俺を見据えていた。
深淵を除くような、青と緑と紫が混じったような瞳は瞬きすらしない。
数秒の沈黙の後、俺はそっと机の上に一つの箱を置いた。
それを2つの瞳が見る。
古い箱はこれまた古い紐で結われている。
それを見た男は、声を潜めた。
「君のお爺様が遺した物を返しに来てくれた、と」
「はい。それが爺さんの最期の言葉でした」
「死んだのか、文則は」
「はい、大往生でした」
「結構だ。人の命は短い」
男は袖を捲ることなく、丁寧にその箱を引き寄せる。
古い紐を引っ張れば、ちぎれること無く解かれる。
俺も、この中は見たことが無かった。
俺の爺さん、父方の祖父である文則はこの世とあの世を見ることが出来た人間だった。
「魔視」と呼ばれるその瞳は、爺さんの能力だ。
爺さんの瞳は、生まれつきグレーだった。
この世とあの世の曖昧、境目を見ることができ、妖怪並びに神を見ることが出来たのだという。
一部の人間はそれを虚構だ、虚言だと言っていた。
俺の両親もそう言った。
だから、俺が爺さんの存在を知ったのは中学生の頃だった。
それまで爺さんの家に行かせてもらう事も出来なかった。
キッカケは、田舎での暮らしに憧れたから。
都会に住む俺は、都会の喧騒というのものに慣れ過ぎていた。
その為、都会を抜けた田舎で1か月、夏休みの間だけ行きたいと言っていた。
母方の両親は近辺に住んでいる為、仕方なく父方の方へ行くこととなった。
爺さんに初めて会った時、とてもやさしそうな人だと思った。
1か月間、本当に不思議な事ばかりだった。
誰も居ないのに扉が開いたり、いつの間にか菓子が用意されていたり。
その度に爺さんは「新入りがどんな奴か気になるんだよ」と言ってくれた。
1ヵ月を過ごしている間、彼等は俺の手伝いをしてくれた。
水場で足を滑らせれば浅瀬に運んでくれた。
木から落ちれば受け止めてくれた。
優しい奴らばかりだった。
夏休みの終盤、爺さんがとある箱を持って来てくれた。
それは古い紐が付いた古い箱だった。
「いいか、妖怪の見分け方を教えてやろう」
爺さんが最後に教えてくれたのは……。
男が箱を開けると、そこにはグレーの瞳が1つ入っていた。
それを見た俺は、ドキッとしてしまった。
「違うよ、君の爺さんのものじゃない。僕の瞳だ」
そう言うと男は瞳を摘まんで、顔の布の下に差し込んだ。
「君の爺さんは、ちゃんと戻してくれたんだ」
「その瞳は、何故爺さんのところに?」
「気になるの」
男がニヤニヤしているのは声の質でわかった。
悔しいが、ここは「ハイ」というほかない。
「君の爺さんはね、戦争を生き延びるためにこの瞳を使ったんだ」
千里眼。
千里先まで見通せて。
一刻先の未来まで見る。
「生き残るために」
妖怪の力を借りた。
それは、日本男児として、帝国を支える兵士として。
裏切り行為だろう。
「お国のために死にます」と口で言っておきながら
その本質国のために死ぬことが出来なかったのだ。
爺さんは、婆さんのことを心から愛していたから。
死んで誰かに取られるくらいなら生き延びて共に居ることを決めたのだろう。
「人間というのは余りにも身勝手で吐きそうだ」
「爺さんは、まだ真っ当だったと思う」
「本当にそう思うかね」
「だって、貴方に瞳を返した」
「返すだけなら誰でもできる。君にだってね」
「あのね、真っ当な人間は狡賢く生き抜こうとはしないと思うんだ」
男の袖瞳が笑うように細くなる。
その瞳は、混濁の色から鮮やかな赤に変わっていた。
爺さんは、最後にこう言った。
「赤い目をした妖怪は、悪意がある」
「君も狡い人間だ。見えているのに、見えていないふり」
そういって、男は俺の瞳を拭う。
「ほら、君だって、狡い人の目をしているじゃないか」
瞳 Rokuro @macuilxochitl
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