第11話 商談の成立! そして世界が変わる日。

 俺のちょっとした失言により――


「カシワギさん、先程の『それ』は探索者や迷宮管理局の人間にとっては大騒ぎになるような発言ですよ?」


 ……そこそこの失言により、部屋の中の空気がピリッと引き締まる。

 鷹司葛(カカカズ)さんの目なんて、完全に獲物を狙う猛禽類。

 いやむしろ、今夜の生贄を選ぶ女王様のような瞳で……ちょっと背筋とか他の部分がゾクゾク――


「もしかしてカシワギさんは、そちら(M)の気があるのでしょうか?」


 ……確かに昔から、凛としたお姉さんには弱かったけれども!


「それで? 某くんは、私の質問に答えてくれる気はあるのかな? かな?」


「そうですね。亡き父から『女性にモテたければミステリアスであれ』と教わっておりますので」


 そんな俺の軽口が気に入ったのか、その表情を柔らかく……いや、どちらかと言えば邪悪に歪めて笑うタカツカサさん。


「ショウコさん! 大至急『悪の秘密結社の女幹部』の衣装をこちらに!」


「カシワギさんはどうして、私がそんなものを持っていると思ったんですか!?」


 だってショウコさんも似合いそうだし。


「それよりカズラ、いい加減に他人を威圧するのはやめなさい」


「ふふっ。でも、その子は全然気にしてないみたいだよ?」


「気にするも何も……性的な挑発じゃなくて威圧?」


「今の顔芸のどこに性的要素があったんですか?」


「顔芸なんてしてないけどね?

 あなたたち、二人揃って本当に失礼ね……」


 ぷくっと頬を膨らませるタカツカサさん。

 ショウコさんもそうだけど、綺麗系のお姉さんのそういう表情、まさにギャップ萌えである。


「どうやらあなた、ただの学生ってわけじゃないみたいね?」


「ショウコさん、カズラちゃんが何やら意味深なこと言い出したんですけど?

 もしかして大物ぶりたい年頃なのかな?」


「……カズラちゃん?」


 ショウコさんを中心に、いきなり部屋の温度が下がったような感覚。


「私の記憶では、カシワギさんが私のことを名前で呼んでくださるまでにはそれなりの時間を要したと思うのですが?

 それがどうしてその女は出会ってすぐ『カズラちゃん』なんて呼ぶんですか?

 まさか『お嫁さんにしたい探索者一位』などという、報道機関に作られた順位に惑わされたりしてませんよね?

 そもそも先程は流しましたが、その女の写真集をお持ちだとか?

 これからお宅に伺ってそれを1ページ1ページ、ビリビリに破いた上で焼却処分させていただいてもよろしいでしょうか?」


 瞳孔を開きながら無表情で一息にそうまくしたてるショウコさん。

 怖い、とても怖い。


「……どうですかタカツカサさん? これこそが本物の『威圧』です」


「あなたたちの小芝居とか、ほんとどうでもいいんだけどね?」



 そこから始まるのはショウコさんとカズラさんによる本格的な交渉。


「なんにしてもカズラ、『そちらの件』に関しては一旦忘れなさい」


「何よその無茶ぶりは……ショウコだって分かるでしょう?

 そしも、その子の言っている『すきる』なんてものが存在するなら、これからの迷宮探索が一変するわ!」


「それでも……よ。

 今回来てもらったのはあくまでも水薬の話がしたかったから。

 それが気に入らないなら『それ』も他に持っていくわよ?」


「分家とは言えあなただって鷹司の人間でしょうに!

 もしもその効能が聞いた通りの物だとしたら、それにどれほどの価値が」


「そこまで理解しているなら今日のところは聞き分けなさい。

 あなたがするべきことは水薬の効果の実証! わかったわね?」


 なんだろう、いきなり医療ドラマのワンシーンみたいなのが始まったんだけど。


「ていうかどうしてあなたは他人事みたいな顔で呑気にお茶をすすってるのよ!!」


「あっ、どうぞおかまいなく」


 だって、下手に話に参加して余計なことを口にしたら、またショウコさんに怒られそうだし……。

 なんだろう、付き合ってすらいないのにこの尻に敷かれてる感。


「まったく……。

 水薬に関しては私の方で――いいえ、鷹司の方で引き取ります。

 とはいえ、今のところそれ一本しかない品物だし、直接怪我人に使ってしまうわけにもいかないから研究機関に持ち込んで詳しく」


「あっ、いっぱい買ってもらえるならいっぱい用意しますけど」


「待って! ちょっと待って!! ショウコ、何なのその非常識な男は!?」


 別に何もおかしなことは言ってないと思うんだけど……。



 ということで始まるお互いの意識の疎通というか認識のすり合わせ。

 いや、そんなこと最初にしておけって話なんだけどさ。

 ていうかカズラさん。


 そもそも俺のことを『詐欺師』だとしか思っていなかったらしく。

 ここには取り引きに来たわけではなく、色恋営業で騙されている従姉妹の目を覚ましに来ただけみたいで。


「それなのに聞いたことのない話が次から次へと。

 ていうかショウコ、あなたもあなたで説明が足りないのよ!」


「あら? 私はちゃんと『これまでに無かった性能の水薬が欲しくないか?』と聞いたとおもうんだけど?」


「それ、普通の人間は『初めて見つかった』、つまり『この世に一つしかない』代物だと思うものなのよ!

 あなただって『水薬商法』の手口くらい知ってるでしょう!?」


 水薬商法。

 この世界では少し前に流行った詐欺の手口らしい。


「それと同じで、研究開発費という名目でお金を引き出す算段なのかと思えば……すでに私たちの知らないところで量産が完了してるっていったいどういうことなのよ!?」


 そりゃあ作ってるのは異世界だし? 逆に知ってるほうがオカシイし?


「……いいわ、とりあえず十、いえ、百用意して頂戴。

 値段は……迷宮産の一型よりも高性能なのよね?

 一本につき二十。ただしその性能が本物だと確認出来れば次からは三十。それでどうかしら?」


「今回が三十で次回からは五十ね」


「……いくらなんでもそれはふっかけ過ぎじゃないかしら?」


「あら、『即時怪我の回復が可能な水薬』。

 それだけでも価値は計り知れないとおもうのだけど……違うかしら?」


「……わかったわ。

 ただし、鷹司の許可なく他の誰とも取り引きはしない。

 その条件を飲んでもらえるなら」


 えっと、二十とか五十っていうのは『万円』の話なんだよね?

 原価が『魔石小売価格で二万円』だから、二十万円でも結構な暴利なんだけど……もちろん儲けはショウコさんと折半予定だから、彼女の交渉に何も言うことはないんだけど。


「いかがでしょうかカシワギさん?」


「『社長(ショウコさん)』に全部おまかせで!

 あっ、卸すのは『初級HPポーション』だけでいいんです?」


 俺のその一言で二人の動きがピタリと止まる。


「……ショウコ?」


 何故かショウコさんにジト目を向けるカズラさん。


「……カシワギさん?」


 そして俺にジト目を向けるショウコさん。


「……はい?」


「「他にも何かあるとか聞いてないんですけど!?」」


 いや、だって売り物にはポーション一本しか用意できてなかったし……。


* * *


 最終的に、初級HPポーション100本、初級状態異常回復ポーション50本、聖水50本の大量受注に成功した俺たち。

 とりあえずお値段は一律で三十万円!

 ……いや、三十万で200本とか六千万円になるんだけど……。


 もっとも、二百本のポーションを用意するには魔石容量が二万、つまり二万個の一型魔石が必要なので、即時納品とはいかず。

 手付金として商品代金の一割を受け取ってから二週間以内のお届け――関西にある鷹司家別宅に届けることとなっている。


「といいますか、状態異常回復の水薬というのがそこはかとなくとんでもない代物に思えるのですが……」


「確かに軽度の毒、麻痺、病気などに効きますので便利っちゃ便利ですね」


「そんなのもう万能薬じゃないですか!」


 魔石に関しても、さすがに一人小売店を回って用意できるような数ではないので、そちらは迷宮管理局の職員であるショウコさんが用意してくれる手筈となっている。



 ……それにしても。

 異世界を追い出されたと思ったら交通事故に遭い。

 死んだかと思ったら生きていて。

 目が覚めたはいいものの無一文で放り出され。

 そんな中で偶然知り合いになれたお姉さん。


「……ショウコさんの前世は女神様なのかもしれませんね?」


「あら、それだとまるで今は違うみたいじゃないですか」


 クスクスと笑う、猫の着ぐるみ姿の彼女。

 いつの間にかその手が俺の手を包み込み――


「カシワギさんは……女神ではなく小悪魔な女はお嫌いですか?」


「……大好物です」


 そのまま彼女の顔が少しずつ――


「どうして二人きりみたいな空気を出してるのかな!? かな!?

 居るよね!? あなたたちの眼の前にもう一人いるよね!?」


 いや、楽しそうにしてるショウコさんに合わせてただけで、もちろん見えてたんだけどね?


「……カズラ、人の恋路の邪魔をするのは良くないと思いますよ?」


「大口取引先の前でいきなりいちゃいちゃ始める方が良くないと思うんだけど!?」


「だったらカズラさんも混ざりますか?」


「……カシワギさん?」


 ……うん、冗談は口にするタイミングが大事だよね……。

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