第10話 鷹の目をする鷹司葛。
「少しだけ席をハズしますね?」
と、ショウコさんがリビングを出てゆく。
別に何か悪さをするつもりなどまったくないが……女性が一人暮らしするお家で一人にされるのは難易度が高すぎる。
てかさ、この部屋にお邪魔したときからずっと気になってたんだけど――
「ソファの後ろに吊るしてある白と黒のニャンコの着ぐるみ。
あれって部屋着かパジャマだよな?」
白と黒。つまりペアのパジャマ。
独身女性が不審者避けに、男性用下着を外干しするとか聞いたことはあるけど……部屋の中のペアルックって、それもう完全に『誰かと同棲してます』ってことだよな?
あれ? 本人は彼氏なんていないって言ってたはずなんだけど……もしかして美人局なんじゃ。
残念だけど俺の全財産より、この二日間で出してもらったごはん代のほうが数倍高く付いてるんだけど?
今電話してるのも従姉妹さんじゃなくてどこかで待機してる怖いお兄さん?
いや、ショウコさんに限ってそんなことするはずなんて無いとは思うけど!!
それから彼女を待つこと半時間、いろんな悪い予想が頭を駆け巡り。
「お待たせいたしま……カシワギさんはどうして声も出さずに泣いてらっしゃるんですか!?」
「ナカツカサさん、いえ、ショウコさん。
ユウギリうさぎは寂しいと泣いてしまう生き物なのです」
「何それ可愛い、といいますかまさかのいきなり名前呼び!? ……ではなくてですね!!
ええと、いったいどういった理由で――」
ということで理由、おそろい着ぐるみの存在から始まる妄想内容を説明。
「どんな想像力ですかそれは……。
私、あなたには親しい友人すらいないと説明してありましたよね?」
「だって……ショウコさんはそんなに美人だし。
俺みたいな奴にだって優しい人だし……」
「それは間違いですね。
あなたが私に優しいから、私もあなたに素直になれているだけです。
そもそも、私をき、綺麗だとか、美人だとか言うのはカシワギさんだけですよ?」
「……だったら、あのペアルックは一体なんなんです?」
そんな俺の問いかけに、途端に口を噤んで顔を逸らす彼女。
何かを決意したように表情を引き締めるとゆっくり話し出す。
「……カシワギさん。
女はそういうものに憧れ、勢いで買ってしまうこともあるんですよ」
あっ、そうなんだ?
ていうか、それならそれで、そんないかにも大事なことを告げるかのように溜める必要は無いんじゃ
「……ちなみにあちらの白い銀縁のある物入れの中には勢いで買った婚約指輪が。
そちらの小さな箪笥の奥には勢いで貰ってきた、私の分は記入済の婚姻届がしまわれております」
「アッ、ハイ」
そこまで教えてくれとは言ってないんだけどね!?
想像以上に結婚願望の強そうなショウコさんである。
ていうかさっきから、俺と着ぐるみを交互にチラチラ見てるんだけど?
「……よければアレ、一緒に着てみます?」
重くなりそうな話を逸らそうと、軽い感じで尋ねてみる俺。
いくらなんでも「はい」なんて言うわけが――
「えっ? いいんですか!?
あっ、私はお風呂場でに行きますからカシワギさんが着替え終わったら呼んでくださいね!?」
……食い気味に肯定されたんだけど!?
えっ? 本当に着替えるの!?
もちろんショウコさんは美人さんだし、可愛いところもあるから似合うと思うけど、俺、自称フツメン、他人からすれば結構な地味系陰キャで通ってるんだけど!?
「まさか美人局以上の辱めを受けることになるとは……」
着替え終わり、やけくそ気味に
「着替えましたニャン!」
『ニャン!?』
と、声を掛ける俺。
しばらくしてトテトテと現れた彼女の
「どうでしょうか……ニャン?」
招き猫ポーズの破壊力で思わず理性を崩壊させそうになる。
いや、可愛すぎかよ!!
ていうかさ、その後電話の相手がこちらにくるまでの待ち時間。
そんなショウコさんと二人きりでDVDを見ることになったんだけど……これ、下手したら事案が発生するんじゃ?
もちろん通報されるのは俺。
……なんてドキドキしてたんだけど。
彼女の選んだ映画のチョイスがさ。
『井戸から蘇った悪霊がナタを振り回しながら、仲睦まじいカップルを殺してまわるだけ』
という、ホラーなんだかサスペンスなんだかコメディなんだか微妙な内容でさ。
いやそれ、知り合ったばかりの男女が観る映画じゃなくない?
全編通してストーリーの中身はモテない男の逆恨み。
妬み嫉み僻みオンリーだったんだけど?
これ、ショウコさんはどういう気持で購入……一人で観てたのかな?
もちろん下手にそのあたりに突っ込んだら『ヘビ』どころか『龍』が出てきそうなので、俺は大人しく添え物のパセリとして横に座っているだけ。
そんな映画を観ている途中で彼女が発した一言。
「カシワギさんって、とても男……オスって感じの匂いがするんですね?」
……たぶんそれ、昨日風呂キャンしたから臭いだけだわ。
それから……どのくらい画面を見つめてたんだろう?
一晩走り回った挙げ句、中途半端な睡眠時間しか取れていなかったからか、それとも隣に誰かがいる安心感からか。
気づけばショウコさんにもたれかかり熟睡していた俺。
『ピンポーン』という呼び鈴の音で目を覚ます。
彼女の肩から頭を上げる時に聞こえた、少し残念そうな「あっ……」という声。
「従姉妹が来たみたいですので出てきますね?」というショウコさんをぼんやりとした頭で見送る。
やったことは『映画を観てて途中で寝ただけ』なのにやたらと詩的な俺である。
玄関に迎えに出たショウコさんと一緒に入ってきたのは――えっ? あの人ってカカカズ……タカツカサカズラじゃん!!
そういえば電話する前、従姉妹さんの名字を『鷹司』って言ってたっけ……。
まさかそんな有名人が出てくるとか思わなかったんだけど!?
……現在その有名人にものすごい胡散臭いものを見る目で睨まれてるんだけどさ。
その場で立ち上がり、当たり障りのない挨拶。
少しくらいはヨイショしておこうと、彼女の写真集のオビに書かれていた『お嫁さんにしたい探索者ランキング』について触れたらショウコさんの目がブラックホールのように……。
「でも、俺ならカカカズさんよりショウコさんをお嫁さんに選びますけどね」
「おっ? もしかして出会い頭に喧嘩売ってる? 言い値で買ってあげるわよ?」
いえ、そんなつもりはないんです!
ただ、そちらの家主さんがすごい顔になっててフォローするしかなかったんです!
まぁ本当にそう思ってるから何の嘘もついてないんだけどさ。
「それで、ショウコの話ではあなたがこれまでにない水薬を発見、持ち込んだということなんだけど。
それって私も見せてもらってもいいのかな?」
「良いも何も……タカツカサさんがポーションを買ってくれるかもしれない方なんですよね?」
そんな相手に見せないとか何のために遠いところを来てもらってのかわからないじゃん……。
ポケット経由でインベントリからポーションを取り出し、彼女の前にそっと置く。
それをジッと見つめる――
「いや、握りつぶそうとでもしなければそうそう壊れる容器でもありませんので手にとってもらっても大丈夫ですよ?」
「……あはは、確かにそれもそうよね?
だってほら、新発見とか言われるとついつい緊張しちゃうじゃない?」
「言わんとしてることは理解できます」
確かに俺だってエリクサーとかネクタルとかだったら、もしものことを考えたら怖くて触りたくないもん。
そっとポーション瓶の首をつまみ、眼の前まで持ち上げるタカツカサさん。
「……なんとなく容器は迷宮で見つかるソレに似てる気がするけどm薬液の色が違うわね?
ええと、これって今鑑定させてもらっても大丈夫なのかな?」
「もちろん! といいますか、タカツカサさんは鑑定スキルをお持ちなんですね?」
「カシワギさん!?」
「はいっ!?」
いきなり大きな声を上げ、恨めしそうな顔で咳払いを始めるショウコさん。
一体何事……ああ、そうか!
「もしかして探索者の方にスキルの話をするのはタブー的な……」
ショウコさんの咳払いがため息に変わる。
「タブー? ……確か『禁忌』的な意味合いの言葉だったかしら?
……あなた、もしかして他所の国の諜報員か何か……いえ、それならそれでそんな尻尾を掴ませるようなことを自分で言うはずはないわね。
ああ! もしかして西洋がカッコいいとか思ってる中学生が発症する」
「厨二病じゃねぇよ!」
「えっ!? カシワギさんはご病気なのですか!?」
だから病気じゃないし!!
むしろ俺なんて、異世界転生した他の連中と比べてたら随分マシなほうだったし!!
こちらのことなど我関せずと、ポケットからなにやら虫眼鏡……多分鑑定道具かな?
それを使い、マジマジとポーションの確認をしたタカツカサさんが一言。
「……どうやら『傷薬』であることは間違いないようね」
「あれだけ時間を掛けて視た結果がそれだけ!?
いくらなんでも魔道具の性能が低すぎるでしょ!!」
またまたショウコさんが小さなため息一つ。
「……低いも何も、この鑑定結果がこの国の、いえ、世界の標準なんだけどね?
それで、あなたが先程口にした、ショウコが慌てて止めようとした『すきる』というのは何なのかしら?
あと、もしかして私が使ったよりも高性能な鑑定道具をあなたは知っている、いえ、持っているのかしら?」
名は体を表す――ではないが、まるで鋭い猛禽類のような瞳でこちらを見つめるタカツカサさん。
「カシワギさんはほんとうにもう……もちろんそういうところが愛らしくもあるのですが」
……そういえばスキルの話はいったん無かったことにしたんだった。
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