第09話 閑話 鷹司葛、従姉妹のことを心配する。

 連絡不精な従姉妹から私――『鷹司(タカツカサ)葛(カズラ)』に電話が入ったのは、三月末の夕方だった。


「あら、ショウコの方から掛けてくるなんて珍しいこともあるものね?

 どう? 元気にしてる? というより、たまには夜会にも顔くらい出しなさいよ。

 そちらにはお姉様もいるとはいえ、あの人だって本部から左遷された口だし……。

 そろそろ管理局に嫌気が差して、また探索者に戻りたくなった?」


『探索者に戻る……そうね。

 もし彼が迷宮科を卒業して探索者として活動を続けるなら、それも楽しいかもしれないわね』


 ……彼?


 同い年の従姉妹である彼女――中務硝子。

 『お嫁さんにしたい探索者投票、十年連続一位の美(少)女』である私と並んでも何も遜色のない彼女なのだから、彼氏の一人や二人くらいいたところで何も珍しく無いこと――ではあるのだけど。


 いかんせん、彼女は英国からこちらに嫁いでいらっしゃった曾祖母様の血が濃く出過ぎたみたいで、その髪色や眼の色が閉鎖的なこの国では珍しく。

 学生時代、口さがない連中からは『鬼の娘』などと呼ばれていて、そしてそれは今でも……。


 こちらも私と同等、もしかすると私以上に探索者としての才能があった彼女なのに、迷宮科在籍時から組んでいた『隊(パーティ)』の面々、そして卒業後に加入した桜花爛漫――『団(クラン)』の人間たちとも折り合いがあわず。


 そんな彼女が、探索者に戻ってもいいと言わせるほどの男ですって?

 それはいったいどのような――


「いえ、そうじゃなくて!

 えっ? 迷宮科を卒業したら? その人はいったい何歳なのよ!?」


『あなただっていつも言ってたじゃない! 恋に年齢なんて関係ない』


「上限に関してはそれほど問題は無いけど下限に関しては法律だってあるからね?

 ……それで、そこ子はいくつなの?」


『……十五歳』


「十五!? それもう姉弟どころか親子じゃない!」


『た、確かに見た目は可愛らしいというか母性……姉性本能をくすぐる感じだけど、内面はとてもしっかりとした殿方なのよ?

 でも、すきあらば私のことを蕩けさせるようなことを口に――』


 何やらよくわからない惚気話を始める彼女。


「えっ? その子はもしかして、十五歳にして結婚詐欺師か何かなの?」


『……それは私も少しだけ疑ったけど』


 疑ったんだ!?


「そもそもそんな年齢の男の子と、いったいどこでどうやって知り合ったのよ?」


 呆れ半分、心配半分で問いただす私に、ショウコは楽しげに語り始めた。


『そう、それは昨日の話』


「最近どころか、まさかの昨日の話なの!?」


『案内業務に勤しんでいた私が、何気なく見つめた扉の外』


「どうせすることもなくてボーッとしてただけでしょ?」


『明るく差し込む光――まるで後光に照らされた彼の姿が』


「……それ、たぶんだけど西陽が差してただけじゃないかな?」


『何の迷いもなく、私の前を訪れた彼』


「おそらく館内施設の場所を訪ねたかったんでしょうね」


『私の目をジッと見つめながら、一言「よければ俺のことを養ってくれませんか?」と言ってくれたの』


「結婚詐欺師疑惑が確定した瞬間じゃない!!」


『もちろん彼なりの冗談だったみたいだけどね?』


「いや、隠しきれなかった本音でしょ……」


『それに照れてしまったのか、頬を赤く染めた彼は続けてこう尋ねて来たわ。

 「いえ、ですから迷宮関連の資料はどこにあるのかなーと。それとポーションの売り場、あと魔石ってどこにありますかね?」と』


「案内所に来た人間が口にする内容としては至極まともな内容なのにどうして意味ありげに語ったのかな?

 ていうか、『いえ、ですから』というその人の言葉で最初の内容はあなたの願望と妄想だった説が浮上してきちゃったんだけど?」


『黙々と業務内容をこなす私、その間、一言一句聞き逃すまいと真剣な顔でそれを聞き続ける彼』


「場所を聞いてる人間の反応としてはそれが当たり前なんだけどね?」


『でも、そんな時間は唐突に終わりを告げてしまうの……』


「ただ説明が終わっただけよね?」


『でも! 彼は最後にこう言ってくれたわ!

 「はい大丈夫です! ありがとうございます! 一通り回ったら戻ってきますね!!」って!!』


「たぶんだけど、最後の一文はあなたの妄想なんじゃないかな?」


 その後は、その場を離れた彼のことを職務終了時間が来ても待ち続けていたショウコと、本当に帰る前に案内所を訪れた彼の二度目の出会い。

 普通に考えればどっちもどっちで初対面の相手に固執しているヤバい人間なわけなんだけど……その後二人で食事に行ったまでが昨日のこと。


「私、すでにお腹いっぱいなんだけど……その話ってまだ続くのかな?

 なんかもう、いろいろとお似合いな二人に思えてきちゃったから年齢差以外は祝福するわよ?」


『ありがとう! でも、本題はここからなのよ』


 何に対する感謝の言葉なのか一切理解できないんだけど……。

 ということで続く、今日は買い取り所配置だったショウコのところに彼が訪れた場面から始まる第二章。

 ……もしかしてこの子、私が物凄い暇人だとでも思って――


『それで、あなたに相談したかったのは「これまで存在しなかった高効率な水薬の買い取り」のことなんだけどね?』


 ……いきなり状況が変わった。


 その彼曰く、

『製薬会社製造の水薬の五倍』

『迷宮から持ち帰られる一型水薬の二倍』

 の回復量で怪我の即時回復が可能という代物らしく。


「最初から胡散臭いと思ってたけど、詐欺は詐欺でも結婚詐欺じゃなく水薬営業だったの!?

 なんなのよその古典的なまでに典型的な錬金術詐欺は……」


『……カズラ。いくらあなたでも彼のことを悪く言うのは許さないわよ?

 彼はそんな不誠実な殿方じゃないから!!

 そもそも私の手元に現物があるんだから詐欺なわけないでしょ?』


 駄目だこの女……男に対する免疫が無さすぎて完全に舞い上がってる……。


「現物って……あなた自身がそれを使ったわけじゃないのよね?

 そんなの市販品の中身を入れ替えてそれっぽく見せてるだけかもしれないし、下手をすればただの色つき水……もちろん鑑定くらいはしたんでしょうね?」


『もちろん! ちゃんと彼の鑑定が済んでいるわ!

 『初級HPポーション』、これまでは聞いたことのない名称だけれど……いえ、そもそも現在売られている水薬の名称も本来は違うものらしいわよ?』


 言うに事欠いて彼が鑑定したですって?

 それもう詐欺師本人の言葉を鵜呑みにしてるだけじゃないの!


「……あなた、ほんとに大丈夫?

 そもそもその『えいちぴーぽーしょん』とかいう胡散臭すぎる横文字は何なのよ。

 それに水薬の倍の『回復量』って、それは誰がどうやって数値化したのよ?」


『それは、その……企業秘密だから』


 どうやら恋は人を盲目にするだけじゃなく、才女をポンコツにもしてしまうらしい。

 ここまで思考停止してる彼女に離れた場所から何を言っても無駄でしかなさそうね……。


「いいわ! 私も今すぐそっちに行くから! とはいえ三時間はかかるけど……。

 とにかく! 私が着くまで、契約書にサインも現金のやり取りも絶対禁止!

 わかったわね!?」


* * *


 電話を切ったあと、バタバタと外出の準備を始める私。

 久しぶりの遠出、本当なら愛車でのんびり景色を楽しみたいながら走りたいところなんだけど……ショウコをいつまでも詐欺師と二人きりにしておくわけにもいかない。


 逢坂行きの新幹線に飛び乗り、駅から営業車を飛ばして、住所だけは知っていた彼女の家へと到着する。

 そんなショウコの家、玄関先で出迎えてくれたのは――


「あら、思ったより早かったのね?」


「……えっと、その猫の着ぐるみはいったいなんなのかしら?」


「あら、カズラは『お帰りなさいソノベくん』を知らないの?」


 どうやら関西で人気の猫の抱き枕、その寝間着らしい。


「いや、私が聞きたかったのはそういうことではなく、どうして昼日中から良い歳をしたあなたがそれを着ているかなのだけど……」


「ふふっ、あなたを待つ間に彼と一緒に映画でも見ようって話になったんだけどね?

 ほら、私って今日は早退したけど仕事帰りで制服姿だったじゃない?」


 そんな聞いてもいないこと知らないわよ!


「……それで? それと着ぐるみ姿がどう繋がるの?」


「最初は普通に部屋着に着替えたのよ?

 でもソファの近くに置きっぱなしだった『これ』を彼が見つけちゃって」


「なんとなく最後まで聞いても腹が立つだけだと思うからもう良いわ」


 心配して訪れた先で頭お花畑で迎えられる脱力感と言ったらもう……。

 そのまま回れ右したくなく感情をグッと抑え、「おじゃまします」と上がり框をあがる。

 通された居間にいたのは――


「……それで、どうして彼まで猫の着ぐるみを着ているのかしら?」


「もちろん一人で着てちゃ変だからだけど?」


 もしかして彼女、私が思っていたより精神的に追い込まれていたのかしら?

 小声で「おそろいの服、夢だったの……」なんて呟く従姉妹に、思わず涙腺が揺らぎかける。

 猫の着ぐるみ姿で正座をしていた詐欺師――見た目は地味な少年にしか見えない男の子がその場で立ち上がり、ペコリとこちらに頭を下げる。


「お初にお目にかかります、柏木夕霧と申します。

 本日は急にお呼び立てしるような形になってしまい、本当に申し訳ありません。

 ええと、失礼ですが……もしかしてカカカズさん……鷹司葛さんでしょうか?」


 その姿で畏まった挨拶とか笑わせに来てるとしか思えないんだけど?

 というか、彼の齢にしては物言いが丁寧すぎる気もするわね。

 でも、私のことも知っていたみたいだし、迷宮科の生徒だというショウコの話は本当かもしれない。


「それにしても、さすがお嫁さんにしたい探索者一位……写真集で見るより、さらにお綺麗な方ですね」


「あらあなた、私の写真集なんて持ってるんだ?

 ふふっ、良かったら今度花押を書いてさしあげましょう――」


「でも、俺ならカカカズさんよりショウコさんをお嫁さんに選びますけどね」


「おっ? もしかして出会い頭に喧嘩売ってる? 言い値で買ってあげるわよ?」


「もう、カズラったら。大人げないんだから」



 ――この時の私は思いもしなかった。

 この一言多い少年と、これから長い付き合いになるなんて。



―・―・―・―・―



変更点:

カカカズが少しだけ常識人(?)に。

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