第008話 【同じ顔、同じ姿の彼女】

 ゾンビが蔓延する世界にいきなり飛ばされた俺たち。

 既にパーティメンバーのうち一名が消息不明となっていることはさておき。

 いつも通りにご飯を食べて、いつも通りに風呂入って、いつも通りに布団で寝た翌日。


「二人はこうして一夜を伴にいたしました。

 これってもう世間一般で言うところの婚前交渉ですよね!」


「違ぇよバカ。安全面を考えて同じ部屋で過ごしただけだよバカ。

 見た目が良いだけの地雷とかわざわざ踏みに行かねぇんだよバカ。

 もしもどうしてもってなったら秋吉に行くわ秋吉に。

 あいつ、無駄にエロいし、若いし……エロいし」


「一応私年上ですからね!?三回もバカって言わなくてもいいじゃないですか!

 朝から言いたい放題ですねお兄ちゃん!!」


 『私は年上』発言からの『お兄ちゃん』呼びの意味のわからなさよ……。

 まぁそんな感じで、特に夜には何もなかった翌日なのである!

 ちなみにアホの子に『朝ご飯は何にする?』と、『パンとご飯とどっちにする?もしかしてグラノーラ派?』みたいな意味で聞いたら『そうですね、ガッツリと中華が良いですね!』と言う返事が返ってきたので、無視してバナナを二本渡したら真顔のゴリラみたいな顔になってた。


 俺?俺はフルーツにゅーにゅーとカロリーバー。

 基本朝は食わない人間だったんだけど、六条さんに『朝ご飯は大切ですよ?』とおば……おか……お姉さんみたいにたしなめられたので軽いものだけ摂るようになった。

 てか、朝から六条父に昨日お風呂に使った『みずイレール』と『あったマール』、そして『魔石発電機』を売ってくれと頼まれたので売却。


「みずイレールが一台十萬円、あったマールが五萬円、発電機のサイズは……家庭用の小さめですと二十萬円、大きめですと百萬円、業務用ですと数千萬になりますが……ああ、あと、稼働させるためには魔石が必要になりますので」


「そちらの世界では無から水を作り出す道具がたったの十萬円で買えるのか……

 この技術だけでも世界の紛争の何割かはなくなりそうなのだが。

 とりあえずは各一台ずつ、発電機は家庭用の大きめのモノを用意してもらいたい。

 その、魔石と言うのがイマイチ理解できていないのだがな」


「魔石は、見た目はこんな感じの、四角いサイコロみたいなモノですね。

 使い方は指定された場所にはめ込むだけですのでほとんど電池と変わらないですよ?

 発電機の使い方は……まぁ向こうではどこの家庭でも使ってるようなモノですので。

 基本的にはスイッチを入れて放って置くだけで大丈夫だと思います」


 俺は家電の取説とかまったく読まない人間なので、詳しくは自分で読んで確認してもらいたい。そういえば昔、ラジコンを適当に組み立てて(モーターだかバッテリーだかを逆に着けたらしくて)五秒で煙を噴かせて壊した事があったな……。

 魔石の卸値は極小が千円、小が五千円だったので、こちらはあまり利益を乗せずに倍の値段で売ることにした。

 某コピー機の会社みたいに本体を安くしてインクで暴利を得るようなヤクザな商売はしないのである。


「おそらくはまた追加購入させてもらうと思うが、その時はよろしくお願いする。

 それで……ユウギリくんとカズラは今日の予定はあるのかな?」


 またここに戻ってくるかどうかは不明なので出来るだけ今のうちに買っておいて欲しいんだけどね?

 まぁ極小魔石も小魔石も百個ずつお買い上げいただいてるからしばらくは問題ないだろう。

 てか、昨日だけで五十萬円、今日は百七十五萬円。ポンとキャッシュで出てきたんだけど……金持ちの家って普通に、こんなに現金を置いてあるものなの?

 そして、今日の予定はもちろん、


「そうですね、俺が心配するのもお門違いだと思うのですが、六条さん――綾香さんの様子を見に行こうかと思ってます。

 何となく安否の確認位はしておかないとモヤモヤしそうなので」


「なるほど……普通ならそのような危険なことは止めるようにと引き止めるのだが、君たちならそれほどの問題も無いのだろうな」


 むしろ、鎧さえ着てしまえば下手に他人がいる場所よりもゾンビの真っ只中の方が安全まであるんだよなぁ……。


「まぁついでですし、近隣のゾンビくらいは処理しておきますよ」


 賑やかな姪御さんに釣られて集まってくるだろうし。てか、経験値のためにも進んで集めるしな!

 昨日と違い、後は出ていくだけなので他人に警戒されようが知ったこっちゃ無いので、カズラさんと二人で鎧に着替えてから『六条コミュニティ』を出ていく俺たち。

 昨日絡んできたヤ◯ザ――六条さんに聞いたところによると暴◯団関係者ではなく、財務省の役人さんらしい――が顔を引き攣らせながらお見送りをしてくれた。



 ……ということでその日のお昼すぎ、何事もなく皇居の入口まで到着。

 いや、どこから湧いてきたんだってくらいに大量のゾンビは出てきたんだけど……鎧に魔法力を込めるまでもなく、半径五メートルくらいの場所で塵になっちゃうしさ。

 相変わらずドローンが数台飛んできてたけど、こちらも昨日と同じ様に見つけしだい全部撃ち落とした。


「おお……初めて見る皇居……天守閣が無いからか、想像してたよりも地味……

 お掘りがしっかりと残ってるから二条城よりは防御力は高そうだけど」


「いきなり不敬な事を言うのは止めてください!

 ……まぁ確かに姫路城とかの方がカッコいいですけれど!」


 向こうを出る時に六条さんに無線で連絡を入れてもらってあるのと、単純に途中で脱ぐのも面倒だったのでギンギラギンの鎧姿のままで皇居の入口――大手門の前まできた俺たち。

 橋の部分はしっかりとバリケードで固められているが、見えるところに自衛隊員や警官が立ってるということはなく。

 まぁちゃんとした塀で囲まれてて頑丈な門があるんだから、危険を犯してまで外で警戒する必要もないだろうしね?


「それで、どこからどう攻めましょうか?」


「何となくその気持はわかるけど攻めちゃ駄目なんだよなぁ……」


 てか、外には居なくとも門の向こう側からこちらに向かってライフルを向けてるスナイパーみたいな人が数人見えてるんだからおかしな発言は控えるように。

 とりあえず到着の挨拶?的なことはしておくべきなので声を掛けてみる俺。


「えっと……向こうの方から来ました!」


「(いや、何処からなんですか……)」


 そんなこと言われても、東京の地理感とか全く無いんだから仕方ないじゃん!

 交渉役をカズラさんと交代して門を挟んでのやりとりは続く。


「六条の家から来ました鷹司葛と申します!

 こちらで従姉妹の六条綾香がお世話になってると聞き、その様子を伺いに来ました!」


 こう、真面目にしてたらこの人もお嬢様って感じなんだけどねぇ?

 中から『少々待ってもらいたい!』の声とともに、こちらに向かってドローンが一台――


「(いや、身元のはっきりしてるドローンは撃ち落としちゃ駄目じゃないですかね!?)」


「(ごめん、ついつい条件反射で……)」


 飛んできたのでまた撃ち落としてしまった俺。

 いかん、このままだと俺の責任になってしまう!


「……いきなりの攻撃、そちらからの敵対行為だと認識した!

 再度なんらかのアクションがあった場合は武力による衝突も辞さないっ!」


「(自分のミスを認めることって大切だと思いますよ?)」


 『今のは俺が悪いんじゃなくてお前らのせいなんだからなっ!』と言う意思表示をしておく。

 うん、門の向こうが急に慌ただしくなったと俺の『警戒スキル(ゴースト)』が囁いている。


『こちらに敵対の意思はない!

 先程のドローンも攻撃用のものではなく顔確認用のカメラしか積んでいないモノなのだが……。

 今から六条さんにそちらの身元確認に出てもらうのでおかしな行動は控えてもらいたい!』


 あ、門が開いて白い旗を持った女の人と言うか、綾香さんが出てきた!

 俺の知っている彼女ではないとはわかっていても……何となくホッとしてしまう。

 てか、向こうで別れてからまだ二十四時間ちょいしか経ってないんだけどね?

 早く帰りた……いや、帰れる目処さえ立ったならばギリギリまでゾンビでジョブ経験値を稼いでおきたいな。


「それは鎧……でいいのかしら?

 連絡は受けていましたが本当に光っているのですね……

 ええと、そちらの少し小さい方が葛で、お隣が夕霧さんでいいのかしら?

 父から長々と報告は受けたのだけれど、イマイチ要領を得ない話でしたのでかなり困惑しているのですが……」


「はい!葛です!……お姉様、ちょっとやつれてます?」


「綾香さん……可哀相に……きっと中でひもじいおもいをしてたんですね……」


「間違いなく外の方たちよりはちゃんとした食事を頂いておりましたよ?

 というか、ここで長々とお話するのも危険ですので、よろしければ中に入りませんか?」


「俺は貴女の顔を見に来ただけですので特に中に入る理由も無いんですけど……

 むろん、ご自宅に帰りたいとのことであればお送りしますけど。

 カズラさんはどう?皇居の中を見学したいとかある?」


「お城にこれといった興味が無いので大丈夫です!

 そもそも私はお姉様の安否にもそれほどの興味はありませんでしたので!」


 冷たい発言のように聞こえるけど、この世界の本人は亡くなってるもんね……。


「葛、興味がないは酷すぎ……いえ、あなたは私の知っている従姉妹では無いのですよね……

 ええと、夕霧さん、その、父からの連絡で夕霧さんが色々と不思議な力をお持ちだと聞いておりましてですね。

 出来ましたらこちらでもご協力を頂けないかと」


「特に協力する理由が無いのでご遠慮しましょう……

 と、言いたいところですが、綾香さんにそんな困った顔をされると……ねぇ?

 まぁ、話くらいは聞きましょうか」


「まったく……お兄ちゃんはお姉様に甘すぎるのではないでしょうか?

 私のことももっと忖度して可愛がるべきだと思いますよ?」


 泣く子は殴りつけて黙らせることが出来ても、初めて出来た恋人(と同じ顔をした女性)に甘々になってしまうのは仕方のないことだと思うんだよなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る