第006話 【空に輝く真っ赤な月】

 『俺もカズラさんも……この世界の人間じゃないんですよ』

 そう伝えた時の六条父とカズラ父の表情の差は顕著なものだった。

 そんな馬鹿な話があるか、何言ってんだこいつ……と言う顔の六条父。

 納得したような、それでいて達観したような顔になったカズラ父。


「まぁいきなりそんな事を言われても理解出来ないとは思いますが――」


 と言うことで、まずは俺達の身の上話から。

 別に信じてもらえなくとも、これと言ったデメリットも無いしね?


・自分たちの居た世界ではダンジョンという魔物が徘徊する場所があること。


・どういうわけかはわからないが、そこで発見した扉からこちらの世界に来てしまったこと。


・俺もカズラさんもそのダンジョンに潜り生計を立てる探索者であったこと。


・隆文氏と綾香さんがダンジョン関連の省庁の大臣と職員であったこと。


・俺が綾香さんにダンジョン産のアイテムを卸すようになり、六条父とも知り合いであったこと。

 

 簡潔にこれらを伝えた。

 そして……意図してこちらから伝えなかったこと。


・ポーションを使うことでゾンビが回復する可能性がある。


 という事。

 いや、これについては、ゾンビ化してしまった個体に対しては多分無理だと思うんだけどね?

 でも、傷を負わされただけの人間、ゾンビに変化する前の人間なら……きっと治せると思う。

 そもそもポーションを使わなくても、聖なる光――ミスリルの光に当てるだけでも治療できるんじゃないかな?


 ならその事をなぜ伝えないのか?……面倒くせぇ話になる未来しか見えないからに決まってるじゃん。

 俺、神様になりたいわけでも教祖様になりたいわけでもないからね?

 他人のために日本全国津々浦々まで、無償で施しをしながら旅をしようと思えるほど出来た人間じゃないし。

 ああ、向こうに帰る方法が見つかったら『正義の味方(チヨダ嬢)』にミスリルの短剣をプレゼントして頑張って貰うのもいいかもしれないな。


 そして最後に伝えたことは、


・お金さえあれば食料品、その他の商品を供給できる。


 ……かもしれないということ。

 まだ一度も使ってない能力だからちょこっとだけ不安なのである。


「なるほど……いや、にわかには信じられん話だな……

 普段ならたわごとだと流す話だが……しかし、日本がこのような状況なのだからな。

 ゾンビなどというものが現れたのだから、違う世界があると言うのも納得すべきだろうな」


「俺の方は……眼の前で死んだ娘がこうして訪ねてきたのだから……信用するしかないだろう」


「……待て!?隆文、それはどういうことだ!?

 葛は葉子さんと一緒に彼女の実家でいるんじゃ無かったのか!?

 避難する際にはぐれてしまっただけではないのか!?」


「ああ……兄貴を心配させないようにそう伝えたが、俺の眼の前でゾンビ化した葉子に葛が噛みつかれて……俺には何も出来ず……そのまま逃げることしか……」


 ……葉子さんって誰なんだろう……ああ、カズラさんのお母さんなんだ?

 奥さんの手で娘さんが……うん、人事ながら重い話だな……。

 そして、こちらの世界の自分が亡くなったと聞き、流石に複雑そうな顔をしているカズラさん。


「ええと、もしかすると、こちらの綾香さんも……?」


「ああ、綾香は皇居で皇族の方と一緒に頑張ってると連絡が入っている」


 いや、何がどうなったら一般人が皇居で籠城とかいう話になるんだよ!?


「……ええと、もしかしたら綾香さんはどなたか、やんごとない方とご結婚されてるとか?」


「いや、普通に行き遅……いまだに未こ……仕事にプライベートに充実した生活を送っているが?」


 どうやら結婚はしていないみたいだ。

 うん、自分の彼女と同じ顔、同じ姿の女性が他の男といちゃいちゃとかしてたら軽く死ねそうだからな!

 残念ながら俺にはトリ属性もラレ属性も無いのだ。


 いや、今はそんなことよりも『この世界がどうしてこんなゾンビアイランドになっていのか?』の確認だった。


 時は今から八ヶ月前の三月末。

 いきなり月が真っ赤に――ストロベリームーンなんていうオシャレな色ではなく、夜空を赤く染め上げるほどに真っ赤に――輝いた夜のこと。


 最初の変化は葬式の会場や病院、その他遺体を収めた霊安室であったらし。

 動かないはずの死体がいきなり動き出し……近くに居た人間を襲ったのだという。

 さらに翌日には街なかで不思議な現象に大興奮して大騒ぎした、赤い月明かりを野外で思いっきり浴びた人々がバタバタと倒れ、そのまま死亡。

 しばらくすると同じ様に動き出し、最初の死体が動いた時と同じ様に人間を襲う。

 最後に、そいつらに襲われた人間、殺された人間も――死んだ人間だけではなく、怪我を負わされただけの人間も数時間で亡くなり――動き出し……今の大惨事というわけである。


「なるほど、始まりは真っ赤な月ですか……

 見た目での判断ですとウイルス由来ではなく、魔術的な力か呪術、呪いの類が関連してそうですね」


 いや、聖なる光で浄化出来るんだから、ウイルス由来じゃないのは最初から分かってたことなんだけどさ。


「でもいきなりそんな、魔力なんて無いはずの地球で、人間をゾンビに変えるような魔法が発動するなんてことが有り得るのでしょうか?」


「無くもないんじゃない?

 例えばほら、魔力が普通にある世界と空間がつながって、そこから大量の魔力がこちらに流れ込んだ……とかさ」


 でも、異世界召喚にしても異世界からの帰還にしても人の移動が終われば世界の繋がりなんて直ぐに断たれちゃうはずなんだよね。

 だから、違う世界にこんなに大きな影響を及ぼすようなことなんてまず無いと思うんだけどな。


「もしくは太古の昔に封印されていた神様とか大悪魔が目覚めたとか?」


 何その東京だけが被害を受けそうなゲームのプロローグみたいな出来事……。


「向こうでもいきなり全世界的にお墓系のダンジョンからアンデッドが湧き出しましたし、ありえないとも言えないかもしれませんね」


 神様も魔王も魔神もいる異世界経験者だから否定しづらいけど……それはどうなんだろうか?

 何にしても情報量が少なすぎるから何の結論も出ないんだけどさ。

 てか、その真っ赤な月の現れた日って……俺が異世界に呼び出された日でもあり、俺が異世界から帰ってきた日でもあるんだよなぁ。

 もちろん、偶然の一致以外の何物でもないと思うんだけどね?


 うん、全ては偶然!俺には何の関わり合いも無いことなのである!


「ところで、聞いた話なのだが、君と葛の持っているその武器、やつら――ゾンビをいとも容易く倒せると言うのは本当なのかな?」


「容易いかどうかと言われれば、まぁ容易いですね。

 いや、そもそも向こうの世界の探索者なら下級アンデッド程度数万、数十万であろうと一騎当千の動きで」


「お兄ちゃん、そんなことが出来るのは世界でもお兄ちゃんくらいしかいないと思います!

 Aランク探索者の私でもこの刀と鎧が無ければ、ゾンビに囲まれれば数百体が限界ですので!」


 案外大したことねぇなAランク……そう言えば向こうの日本……いや、全世界でもダンジョンが攻略されたなんて話も聞かないし、そんなもんなのか?


「……つまり、その武器と鎧?があれば二人だけでそれほどの数のやつらを処理できると……

 にわかには信じられん話だな……異世界の技術……いや、平行世界の技術とは恐ろしい物なのだな」


 俺の技術というか祝福は異世界産だから異世界の技術で合ってるんだけどね?


「不躾な話になるが、その装備品を我々に譲って貰うことは……」


「無理ですね。これらの装備品の購入には『魔石』と呼ばれる……なんだろう?魔物から得られるエネルギー物質?が必要なのですが、こちらのゾンビを討伐してもそれらを得ることが出来ませんので購入が不可能……

 いや、確認してないからわからないけど、もしかしたら魔石も商店で売ってるかもしれないか?」


 後で開いて確認してみよう。


「そして、これらの装備品を扱うには『魔法力』というフォ◯ス的な力に覚醒している必要がありますので、ダンジョンに入ったことのないこちらの人たちが使った所で普通の武器に毛が生えた程度の能力しか発揮できません」


 そう、意地悪してるわけじゃなくて、魔力、魔法力の無い人間が使っても魔除け程度の効果しか発揮しない……んじゃないかな?知らんけど。

 そうだね、やっぱり売る気が無いだけだね!


「なるほど……それでは、その力を十全に使いこなせる君たちにゾンビの討伐を依頼するということは可能だろうか?」


「んー……どうでしょう?可能であり、可能でない……ですかね?

 探索者というのは警察官や自衛隊の方の様に国家のために頑張るなどと言う崇高な目的を持った人間ではなく、あくまでも日雇いの労働者ですから。

 依頼をすると言うのであればそれに伴う報酬……それもそこそこ多額の報酬が必要となります。

 そして、俺とカズラさんの目的はこの日本から自分たちが暮らしていた日本に戻ることであり、この世界の平和を取り戻すことではありませんので、依頼を受けるかどうかもその時の気分と状況によりますね」


「なるほど、至極最もな話だな。

 それでは――」


 と、六条父との話が白熱してきた所でカズラさんのお腹が『クー……キュルキュル……ククー……グルッ』と鳴る。


「カズラさんは腹の中でドラゴンの子供でも飼ってるんです?」


「うう……お兄ちゃんにお腹が空いたと伝えてから何時間経ったと思ってるんですかぁっ!」


 そういえば俺もそれなりに腹は減ったな……。

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