第005話 【内輪揉めするのはいいんだけどさ……】

「雷槌……もしかしてあなた、私にフラレたことの腹いせに、苦しんでる龍海(たつみ)の事を見殺しにしようと……」


 先程までヒステリックに叫んでいた女子が、底冷えするような声でそう問いかける。


「ち、違う!そんなはずないだろうが!」


「そのわりにはえらく慌ててるみたいだけどな?

 まぁそんな内輪のことは今はどうでもいいんだよ。

 あんたたちのグループのリーダーはその男でいいのか?」


「……そうね、一応はそいつだけど……。

 えっと、そっちのあなたも学生なのよね?」


「ああ、桜凛学園の学生だ。で、イカヅチだったか?

 そちらのパーティはそこにいる魔物の自力排除は出来ない、それで間違いないかな?」


「ふざけるな!こんな魔物くらいどうとでも……」


「あなた、まだそんなこと言ってるの!?

 そもそもあなたが『動かないスライムの壁なんか全員で斬り刻めばいいだけだろ』って言い出したから龍海も朱音(あかね)もこんな大怪我しちゃったんだからね!?

 そのくせ自分は後ろで見てただけ……あなた、その魔物がどんな魔物なのか知っていて、その魔物に斬りつければどうなるか分かってて二人をけしかけたんでしょう!?」


「なっ。雷槌……それは、本当か?マジふざけんなよお前……じゃあなにかよ、お前が土師(はし)に振られた腹いせで、付き合っている龍海に意趣返ししようとしたことに、朱音まで巻き込まれたって言うのかよ!?」


 いきなり始まった、他人の罵り合い。


「(……えっと、何なんだこれは?静たんがきった啖呵がクリティカルヒットしていきなり身内で争い出したんだけど?)」


「(し、知らないわよ……ちょっとありえそうかな?くらいのことを言ってみただけなのに……)」


「(人の世とはなんて醜いのかしら)」


「(秋吉さんはどこから目線で喋ってるのさ)」


「(ユウくん……どうにかして)」


 そして集まる桜凛学園組からの視線。

 全員からの信頼、正しくこれが友情と言うものじゃないだろうか!

 ……などと思えるはずもなく。


「(最終的に厄介事を全部こっちに押し付けてきやがったな……)」


「(私、話の通じない人間は嫌いなのよ。も、もちろんあなたに全てを任せるのだからちゃんと報酬は出すわよ?だ、ダンジョンを出たら、ご褒美に……頬に、き、キス、してあげるわ?)」


「(えっ?明石さん!?まさかここでそんな手に出てくるんだ!?ユウ!それなら僕も!おでこに……チュってしてあげるよ!)」


「(私は……ユウくんにマッサージさせてあげる)」


「(参加!ティアラのマッサージに私も参加で!)」


「(はぁ……皆さんお元気ですね……そうですね、誰のものとなるかわからないこの身体です、私も真紅璃さんの大好きなこの胸を好きにさせてさしあげても……)」


「(えっ?あいつらを処分するだけでそんなご褒美が待ってるの!?……いや、本当に安倍さんはどうしたのさ?)」


「(ふふっ、なんでもありませんよ……?)」


 なんでも無い人は紗がかかった顔で背中を煤けさせて無いんだよなぁ……。


 とりあえずあちらでは一番症状の重いタツミくん?以外、全員参加での罵り合い、こちらでは安倍さん以外の女性陣で牽制のし合いが続いてるけど、埒が明かない&とっとと帰りたいので提案の続きをすることに。


「いや、揉めるのは勝手だが……そのままだと本当に、大火傷をしてる男子も足を大怪我してる女子も手遅れになるぞ?」


「そんなこと分かってるわよ!

 でも……そこにいる、見たこともない魔物、龍海と朱音が攻撃したら反撃されてこうなっちゃったのよ!?」


「そうらしいな。でも俺たちはそいつを知ってる。もちろん対処法もな。

 だからとっととそいつを倒して怪我人を地上に、医療施設に搬送してくれるように連絡しに行きたいんだ。

 なのにそっちのリーダーが意地を張って『先制権(先に見つけた魔物を退治する権利)』をこちらに譲ろうとしないから往生してるんだよ」


「ふざけるな!こっちは怪我人まで出してるんだぞ!?

 俺を手伝うって言うならまだしも、手負いの魔物を後から来た人間に盗られてたまるか!」


「いや、手負いって……どこからみても傷ひとつ付いてない様に見えるけど?

 そもそも君、『アレ』がどういう魔物なのか全然理解もしてないのにどうやって倒すつもりなのかな?」


 呆れた顔でそう問いかけるアテナ。

 美少女って鼻で笑う姿ですら様になるんだなぁ。


「そんなもの……お前らみたいな非協力的じゃない誰か他の人間がくれば……」


「あなたね!?その間に龍海が死んだらどうしてくれるのよ!?

 いいわ、先制権だろうがなんだろうがあなたたちにあげるわよっ!!」


「土師!勝手なことを言うな!リーダーは俺だぞ!?

 もし、もしも魔物を倒すことも出来ないで二人も怪我人をだしたなんて報告が学校に入ったら……。

 なぁ!お前ら、あの魔物を倒せるのか!?そうなら俺に手を貸して」


「あんたみたいな自己中に手を貸すなんてまっぴらごめんよっ!」


 お、おう、秋吉が返事しちゃうんだ?


「雷槌、お前マジでふざけんなよ!?龍海も朱音も苦しんでるんだよ!お前の考えのない浅はかな命令のせいでな!

 なぁ、あんたら!俺からも頼むよ!先制権はあんたらに渡すから、そのデカいスライムみたいなのをどうにかしてくれよ!」


「(怪我人が出たのはその人の責任だけではないと思うけどねぇ?後ろから銃を突き付けて命令されたわけでもないんだから反対意見を出すこともできたわけだしさ)」


「(確かにそうだけど……これまではそいつの指示出しで動いていて上手くいってたんだろ。入学して半年くらいの学生……いや、そう言えばそいつら二年生って言ってたな)」


「ふざけるな!俺は、俺は何も悪くない!そうだ、勝手に怪我したそいつらが悪いんだ!……はっ!?お前ら、さては……その二人が怪我をした原因を全部俺に押し付けるつもりなんだろ!?」


「ふざけるなと言いたいのはこっちの方よ!誰の原因だとか、そんなことはどうでもいいの、ただ、一刻でも早く龍海を外に連れていきたいだけよっ!」


「ふざ、ふざけ……おれ、俺は何も……う、う、あああああああ!!」


 叫びだしたかと思うといきなり走り出したイカヅチ。


「……なんか、奥に向かって一人で走って行っちゃったんだけど?

 まぁいいや、えっと、そちらの残ったメンバーは先制権の放棄でいいんだよな?」


「ああ、もちろん構わない!お願いだからそいつをなんとかしてくれ!」


「了解。ティアラちゃん、撮影は大丈夫?」


「……バッチリ」


「あー、梅華高校の探索者グループがアシッド・キューブを発見。

 独自で対応しようとするも失敗。

 先制権を譲渡されたので、桜凛学園の久堂グループ……じゃなくて、なんだっけ?」


「真紅璃グループでもユウギリハーレムでも何でもいいんじゃない?」


「人聞きの悪いパーティ名付けるの止めろや!

 ……えー、桜凛学園、真紅璃グループがアシッド・キューブを排除する。

 ティアラちゃん、六条さん……じゃなくて、ここの支部長に見せたいから俺とキューブの両方が映るように引き続き動画撮影よろしく!」


「……らじゃ」


 面倒くさいやつのせいで遅くなってしまったが、すでに対処法のわかった相手である。

 そして俺の魔法力も魔法攻撃力も前回よりかなり上がってるしな!

 ……あれ?本当に上がってたか?記憶では魔法攻撃力は上がってなかったような?

 うん、かなり不安だし、手を抜いて倒しきれなくて『Take2』なんてことになったらとても恥ずかしいので、前回と同じ数の魔法の矢を頭上でグルグルと回し――今回はMPポーションを二本飲んだだけで足りた――全弾撃ち込む!


 一直線に、マシンガンのように同じ場所に命中するマジックアロー。

 あれ?やっぱり前よりも威力が上がってるんだけど……ああ、前はレベル5だったのに、今はレベル7だってのもあるか。

 命中率も大幅に上がってるから、同じ場所にぶつける誤差も無くなってる感じだしな。


「あいかわらずでたらめな攻撃よね……というか、物凄いオーバーキルしてたように見えたのだけれど」


「確かに、アシッド・キューブのコアが潰れた後、残った半分以上の魔法は行き場を無くして自爆してたよね?」


「ふっ、ユウくんはスライムを倒すにも全力を出す……」


「それ、加減が出来ないただの脳筋ってことじゃないの?」


 せっかく魔物を退治したのに、いつものごとく言いたい放題のクラスメイトと、やっぱりどこかおかしい安倍さんだった。

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