第004話 【希少種、再び】
そんな順調なダンジョン探索。
全員地力だけでこれと言った問題もなく魔物が倒せるものだから、少しだけ調子にのって思ったよりも二階層の奥地まで来ちゃったみたいで。
予定していたよりも少しだけ早めに帰路につくことになった。
もちろん地上に上がるまでが迷宮なので、帰り道も索敵に気を抜いたりはしない。
「てか、何か叫び声的なモノが聞こえるよな?
もしかしてSAN値チェックが必要な魔物でも出たのか?」
「深海の古の神様がダンジョンで出るなんて聞いたこともないけどね?
確かに聞こえるね。この先で誰かが争うか戦うかしてるみたいだけど……。
どうする?声の感じからして、あまり良い雰囲気では無さそうだよ?」
ダンジョンの中で他人の戦闘に巻き込まれるのとか、物凄い面倒くさいんだよなぁ。
もちろん相手にもよるんだけど、遠くから見てるだけでも『気が散る!』とかキレ散らかす奴もいるし。
劣勢なら魔物をこちらに押し付けられるかもしれないし、あまつさえ助けてやったところでドロップアイテムの主張とかしてくるバカもいる……ソースは異世界の冒険者。
「一応聞いておくけど、何かの際には名前も知らない他人でも率先して救助したいとか思う酔狂な人ー?
……居ないみたいで何よりだ。
かといって、ここからまた奥に戻って、枝道を探しながら帰るのも面倒だしなぁ。
ていうか、前回も帰り道で同じような事を言った記憶があるんだけど?」
前回、もちろんアシッド・キューブが道を塞いでいた時である。
仕方なく、本当に仕方なく、警戒態勢を強めながら、そのまま道を進む俺たち。
「なんなのよ、このタンパク質の焦げたような臭い……硫黄臭も混じっているのかしら?
毒ガスではないといいのだけれど……」
「ユウくん……臭い……」
「まるで俺が放屁でもしたみたいに聞こえる言い方止めろや!」
誰かの話す声、うめき声や叫び声が鮮明になってくるとともに、そちらから漂ってきた異臭に顔をしかめる静たんとティアラちゃん。
間違いなく面倒くさいことになりそうな気配に盛大なため息を、
「はぁ……どうやら厄介事みたいね」
「先に静たんがため息ついちゃったよ」
そしてこの先で怪我人とか死人とか出てそうな雰囲気なのに、それほど興味のなさそうなこのメンバーときたら。
間違いなくこれからも仲良くしていけそうな仲間たちである。
「声が聞こえたが誰か居るのか!?
邪魔になるようなら『来るな!』とだけ言ってくれ!」
とりあえず切迫した感じの先客に声を掛けておく俺。
『むしろ来てくれ!!』
来るなって言えって言ったのに呼ばれちゃったんだけど。
「完全に面倒事決定じゃねぇかよ……。
とりあえず誰か、ドラレコよろしく動画撮影しておいてもらえないかな?
何かあったら証拠として探索者事務所に提出、支部長経由で相手に圧力を掛けてもらうから」
「あんた、たまに事務所の偉い人と食事とかしてるらしいけど、いったいどういうつながりなのよ……」
「撮影はティアラにおまかせ……そのかわり帰りにユウくんの家でコーラ片手に動画鑑賞会……」
「たぶんだけど見て面白いモノは映らないと思うよ?」
外見ヤンキーのくせにイマイチ性格の掴みどころのないティアラちゃんである。
目視できるところまで近づいたところで見つけたのは、倒れ込んでいる……おそらく怪我人と、それを支えるようにしゃがみ込んでいる探索者。
ここのダンジョンの浅い層でうろついているのは、ほとんどがどこかの学校の生徒だからおそらく彼らも学生なのだろう。
もちろん制服姿じゃないからどこの学校の学生かまではわからないんだけどね?
そちらから漂ってくる異臭――肉の焼け焦げた臭いと、嗅いだことはないが吐き気をもよおしそうになる臭いのダブルパンチ――に、あんまり近づきたいとは思えないんだけど……。
倒れている、おそらく同じパーティのメンバーをかばうように背中を向けて『見覚えのある魔物』に剣を向けるのは先程俺の問いかけに返事を返した男子だろうか。
「アシッド・キューブって希少種だかなんだかで、よほどのことが無い限り遭遇しない相手だって聞いてたんだけど?」
「間違いなくその通りだよ!少なくとも君がいないときに出会ったことなんてないからね?」
「まるで俺が呼び寄せてるみたいに言うのは」
……そういえば、スライムを大量に狩っている人間はキューブに遭遇しやすいみたいな事を六条さんが言ってたような?
「……あなた、どうして途中で言葉が詰まったのかしら?」
「キノセイデス」
「お前ら!こっちには大怪我した人間が何人もいるのに何を呑気にくっちゃべってるんだよっ!」
そんなこと俺たちに言われても……ねぇ?
こちらとしての返答は『いや、知らんがな』しか無いわけで。
でも、そのまま伝えたら無駄に揉める未来しか見えないんだよな。
なのでここは社交的なメンバーに任せて……社交的な、メンバー……。
そもそもこのグループにそんな人間がいただろうか?
「貴方達がミスを犯してイライラするのは勝手だけれど、こちらに八つ当たりするのは止めてもらえるかしら?」
「確かに。怪我人が居るとか言われても僕たちにはどうすることも出来ないからね?
もし仮に助ける手段があったとしても、そんな物言いをする人間を君なら助けようと思うかい?」
「おい、俺が発言を控えたのに全方向からロジハラで喧嘩売りに行くの止めろや!」
おかげさまで物凄く張り詰めた空気になっちゃっただろうが!
まぁ怪我人が出たのは自己責任、それ以上にグループを束ねる人間の責任なんだけどな」
「たしなめるフリをして……火に油のユウくん格好いい……」
「よくわからない全肯定をありがとう?
……とりあえずあれだ、非常事態に接触して取り乱してしまった。
こちらのグループの人間の態度が少し悪かったのは謝っておく」
謝るだけならタダだからな!あと、動画の撮影中だからこちらの非になるような発言は控えるように。
そして『撮影中だし』は『撮影中』と『だし』で区切らないと何の撮影をしてるのかわからなくなる危険。F○2で売って捕まっちゃいそう。
……なんてバカな事を言ってるような状況ではもちろんなく。
おそらく大怪我をしているのは二人。
一人は上半身に酸を浴びたことにより大火傷を負っている男子。
意識が朦朧としているらしく、その体を支えている女子がヒステリックな大声で呼びかけてはいるが、身動きする様子も返事を返す様子もない。
もう一人は右足に火傷を負った女子……いや、火傷ではなく、強酸により肉が溶け落ちて骨まで達しているようだ。
そんな彼女の手を握って、涙を流しながら、それでも何かを言おうと放心状態になりながらも、パクパクと口を動かしている男子が付き添っている。
これ、上半身に大火傷をしてる方は急がないとかなり危ないかもしれないな。
いや、怪我をしてるのが足だと言ってもショック死をする可能性もあるのか……。
「チッ……なぁ、お前ら、ポーションとか持ってないか!?」
……えっと、こいつ、今舌打ちしたよね?
どうしてこの状況でそんな偉そうな態度をとれるの?
助けてくれって呼んだ……いや、『来てくれ』としか言われてないか。
「そこの男子……生徒でいいのかしら?
学生なら学校名と学年と名前を、一般探索者なら名前を名乗りなさい」
「なっ……梅華高校二年、雷槌(いかづち)将司(しょうじ)だ!」
えっ?二年生なのに二階層……いや、この人たちも帰り道だったのかな?
「そう。そちらのグループの代表は誰なのかしら?」
「おい!何なんだよさっきから!
そんなことよりポーションを持ってるのか、それとも持ってないのかどっちなんだよ!?」
「あんた、さっきからうるさいわね!
眼の前にいるんだからわざわざ大声を出さなくても聞こえてるわよ!
もし仮に持ってたとしたら何だって言うのよ!」
冷静に話しかける明石と、無駄に偉そうな態度の男子生徒。
あまり気の長くない秋吉が苛ついた言葉で思わず言い返す。
「持ってるならつべこべ言わずにとっとと渡せよ!
怪我人がいるって言ってるのにその態度は何なんだよお前ら!?」
「秋吉、気持ちはわかるが面倒くさい馬鹿に構っても損しかしないぞ?
てことでそこの馬鹿、お前はダンジョンで他のパーティと接触する時の対応も知らないのか?」
「ああ!?何だお前ら!マジふざけんなよ!?」
叫んだかと思うと俺の方に駆け寄り、殴りかかろうとした男。
まぁ手前にいたアテナに足を引っ掛けられて、そのまま派手に転がったんだけどさ。
「あなた、ダンジョンを舐めてるの?学生とは言え一応は探索者見習いなのよね?
そこの彼が言ったように、ダンジョンの中で他の探索者と接触した際の、最低限のルールもわからないのかしら?
そちらで倒れてるのはあなたのグループのメンバーなのよね?
怪我の具合からも一刻一秒を争うような状態だと思うのだけれど?
冷静になれとは言わないけれど、まともに受け答えすることも出来ないのかしら?
それともあれかしら?あなた、そちらで倒れている人に何か含んでいるものでもあって、その人達が助からないように私たちの足をひっぱっているのではないでしょうね?」
途端に(コケた時に顔からイッたのか、顔面を擦りむいて鼻血を垂らす)男に集まるその場の視線。
てか、胸に大怪我してる男子生徒を支えている女の子が鬼の形相で男のことを睨んでるんだけど……本当に因縁とかあるのかもしれないな。
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