第039話 【料亭で大人のお話】
アテネ妹――ムラサキが飽きるまで筋トレに付き合った俺。
……改めて考えるまでもなく、一体何をさせられてたんだろう。
六条さんが料亭を予約してくれた時間も近くなってきたので、原西父の車で約束の場所(NOTネバーランド)に向かう……のはいいんだけど、他所ん家の車って独特の臭いがするよね。
てか、最初は原西家総出で車に乗り込んで来ようとしてたんだけど、流石に六条さんが何事かと驚くだろうということで、原西父の説得により俺と二人で向かうことになった。
うん、だから関係のない久堂親子もいらないんだ。
そんな寂しそうな顔をしても連れて行かないんだ。
そもそもあなたたちは他人の相談に乗ってる場合じゃないからね?
「まさかムラサキに数時間付き合って筋肉が悲鳴をあげないとは……。
君、見かけによらず身体を鍛えているのだな?」
「一応これでも探索者見習いですので」
ジョブのおかげで基礎能力値が増えたし、レベルもそれなりに上がってるからな。
よほどの負荷を掛けないと筋トレなんて一日中でもこなせる……果たしてその行為に筋トレとしての効果があるのだろうか?
車が到着したのは繁華街から少し離れた場所にある、温泉宿の様なお店。
悪徳政治家と癒着したゼネコン関係者が風呂敷包みとか渡す場所だろここ。
玄関先で靴を脱ぐと、メイドさん……じゃなくて仲居さんがすり足で廊下をスススと先導しながら個室になったお座敷まで案内してくれる。
その身のこなし、おそらく忍者の末裔か何かであろう。
……もちろん冗談だからな?
てかまだ少し早いし、六条さんは到着していない……と、思ってたのにすでに待ってくれているらしい。
仲居さんがお座敷の中に『お連れ様がお着きになられました』と声を掛けた後、音も立てずにスススと障子を開く。
もちろんそこには満面の笑顔で、とても姿勢の美しい正座姿で出迎えてくれる六条さんが居た。
「ユウギリさん、お待ちしておりました!」
「ずいぶんと早かったんですね?
こちらからお呼びしたのにお待たせしたみたいで申し訳ないです」
「はい、あなたとの約束は最優先事項ですから!
ええと、そちらの方が会わせたい方……どうやらユウギリさんのお身内ではないようですね。
二週間ほど前の県知事のパーティでお合いした、県警の原西さんでしたかしら?」
どうしてか、少し落胆したような、拗ねたような顔になる六条さん。
俺だって会わせたい相手がいるって言われて知らないオッサンが来たらそんな顔になるだろうから仕方ない。
いや、お願いして付いてきてもらっておいてその言い草はさすがに失礼過ぎるな。
「あの時は一言二言ご挨拶をさせていただいただけですのに覚えていて頂けるとは。
改まりまして、原西です。
こちらの真紅璃くんには私の身内のことでいろいろと厄介をかけていましてね。
その彼から何やら相談があるとのことで罷り越しました」
挨拶もそこそこに中に入り、座布団の敷かれた、背もたれの付いた座椅子に腰を下ろす……いや、座椅子の位置おかしくね?
六条さんが座ってる場所に一席、その隣に一席、机を挟んで向かい側に一席。
三人だから数は合ってるんだけどね?六条さんと隣の座椅子の間隔が十センチくらいしか無いんだけど?
原西父はもちろん一人席の方に座ったから、自然と俺が座るのは六条さんの隣。
ほとんどピタッとくっついてるその姿はどう考えても付き合いたての恋人同士。
お高そうというか、お値段のよくわからない料亭でバカップルみたいに並んでるのを友人の父親に見られてるってそこそこの罰ゲームだからな?
誰に声を掛けたわけでもないのに、自然と出てくる飲み物。
たぶん、先に六条さんが飲み物も料理もオーダー済ませておいてくれたんだろう。
挨拶と世間話をしている間に色とりどり、間違いなく料理を盛るには向いていなさそうな皿にもられた懐石料理が並んでゆく。
「あーんとかしましょうか?」
「正気ですか?」
ほら、正面を見て!
さっきから俺と六条さんを交互に見て、どう対応するのが正解なのかを測っていたオジサンがドン引きしてるから!
美味いんだか不味いんだかわからない少量の料理をちびちびとつまみながらも、今日来てもらった相談の本題に入る。
「前回お聞きした時も心が痛くなりましたが……再度、こうしてお話していただくとやはり酷いものですね」
「すでに自分の中では吹っ切れてますので、そんな深刻な顔をされると逆に困惑しちゃいそうなんですけどね?
六条さんには悲しそうな顔よりも笑顔の方が似合いますし」
「そ、そうでしょうか?あと、いつも通り私のことは綾香と」
「えっ?君は、普段は六条さんと名前で呼び合うような仲なのかね?」
「そうですね、ありがたいことにフランクなお付き合いをして頂いております」
「そうですね、お付き合いをさせていただいています」
『フランクとかそういう話なのか……?』と、疑問顔の原西父。
「で、ですね、ここからが相談といいますか、綾香さんにも力を貸していただきたいことなのですが。
少し前までは生活にいっぱいいっぱいでしたので、そんな親戚連中にかまっているような余裕はなかったんですけど、最近は綾香さんのおかげもあって普通に生活するだけなら何の問題もなくなったじゃないですか?」
「六条さん……おかげ……生活に問題が無くなった……はっ!?
真紅璃くん、さすがに警察官の前でママ活の話はどうなんだ!?」
「何の話ですかそれは……。
いや、違いますからね?
ダンジョン産の少し珍しいアイテムを入手出来たので、綾香さんには迷宮事務所の支部長として、その売却先の相談をしてだけですからね?」
「それだけの関係でそうはならんだろ……」
まぁ俺の手の上に、そっと六条さんが手を添えてはいるけれども!
話がややこしくなるので、六条さんも『ママ活……ママ……つまり赤ちゃんプレイ……それもアリ……』とか言わないように。
「話を戻しますが、今後あの人達と関わるのも精神的に苦痛なだけじゃなく、俺が稼げていると知られるとまたどんな行動に出られるかわからないと思いまして。
この際弁護士さん、むしろ弁護士団でも結成して徹底的に親戚連中とやり合おうかなと。
正直なところ、両親の財産も、残してくれた家も今さら返してほしいとは思わないんですけどね?
でもほら、泣き寝入りするとか……腹が立つじゃないですか?
俺が舐められているだけじゃなく両親まで馬鹿にされてるみたいで。
ぶっちゃけ費用対効果なんてどうでもいい……数億円掛かって数十萬しか取り戻せなくともいいんで、徹底的に相手を追い詰めたいんですよ。
でも俺にはそんな知識とか一切ありませんし、弁護士さんに知り合いも居ないんで……そのへんを六条さんにサポートいただけたらと」
「ふふっ、なるほどですね。
そこまでユウギリさんに頼られるなんて……こんなに嬉しいことはありません。
幸いなことに、これでも旧家の人間ですので。
そういった『ご家庭のドロドロ(はなしあい)』に得意な方はたくさん存じております。
ここは是非とも徹底的に、生まれてきたことを後悔させるくらいまで追い詰めましょう」
「なるほど……確かに、民事的な話し合いには警察としての私が介入する余地は殆んどなさそうだな……。
良いだろう、君の後ろ盾としてどっしりと構えているくらいはさせてもらおう。
話の流れによっては君の未成年後見人も引き受けさせてもらうよ。
ああ、無論君の財産の管理などはしようと思っていないからね?」
「もう、そちらのお話も私に頼っていただいてもよろしいですのに。
養子……いえ、婿養子……婿……ふふっ」
先程の不満顔もなりをひそめ、何やらごきげんな様子の六条さん。
原西父が『真紅璃くん、言いにくいのだが……その人は本当に大丈夫な人なんだろうね?』とか言ってるけど、後のことは彼女に任せておけば問題は無いだろう。
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