第032話 【夏休みの初日、友人の秘密 その3】

 寝転んでタブレット端末で動画を見つめる俺。浴室からは小さなシャワーの音。

 ……一体何なんだだこの状況は。

 もし相手が女の子だったら特におかしくもない……こともないな。

 同級生女子が部屋で入浴とか今のところ俺の家では発生してないイベントだもん。

 そして現状、そんな初他人入浴してるのは友人(男)。


 何ていうかこう、いろいろと思考が錯綜しすぎて単純に意味が分からない。

 いや、果たしてそうだろうか?

 俺が一人暮らしの状況だから、ちょっとだけ変な雰囲気になっちゃってるけど……別に友人が遊びに来て、泊まるくらいはごく普通のことのはずだし。

 うん、そこまで考え込むようなことではないのである!

 ……なんてことを考えてると、浴室の中からシャワーを止める『キュッ』という蛇口をひねる音。


 クソ狭いワンルームなので、更衣室なんてものがあるはずもなく……浴槽の扉から顔を覗かせたトオルと顔を合わせるのも何となく気まずいのでうつ伏せになって動画に集中する。

 いや、だからどうして、男相手にそんな無駄な気遣いをしないといけないんだよ!

 何か腹が立ってきたんだけど?


「何ていうの?もうこの際逆に?俺のほうがチソチソを出して待ってるって言うのはどうだろうか?」


「人の風呂上がりに意味の分からない行動に出ようとするの止めてもらってもいいかな!?」


 つまらない事を考えてたら既にこっちの部屋まで戻ってきてたでござる。

 上はTシャツ、下は学校のジャージという、もしもなぞなぞならば答えは『永沢君の家』になる服装。

 まぁ俺も風呂上がりはそんな感じ……いや、夏場は普通にパンイチだけどさ。

 うん、特にトオルのおっぱいが膨らんでるなどという事もなく、逆にジャージの……見たくねぇ見たくねぇ。


「どこの家でもたいがいそうだろうけど、飲み物は冷蔵庫、アイスは冷凍室な。

 遠慮なく、勝手に出して飲み食いしてくれ」


「ああ、ありが……君、冷蔵庫に入ってる飲み物全部コンポタとおしるこってどういう了見なのさ!?」


「ストレートのめんつゆもあるだろうが!」


「一般的にめんつゆは飲み物に含まれないんだよっ!」


 本当にそうか?

 外人がどこかの観光地で美味しそうに飲んでる画像を見たことあるぞ?

 ぶつぶつと言いながらも、缶のおしるこを冷蔵庫から出してくるトオル。

 お茶請けに一緒に買っておいたみたらしをそっと出してやる。


「別に嫌いじゃない、嫌いじゃないんだけど……風呂上がりにこれってちょっとした罰ゲームじゃないかな?」


 『ウヘェ……』って感じの顔をしながらも一気におしるこを流し込む。


「あ、野菜室にお茶を隠してあるから欲しかったら飲んでいいぞ」


「最初からそっちを出してもらいたかったんだけどな!?

 あと『お茶を隠す』の意味が分からない」


 髪をタオルドライしながらジト目でこっちを見つめてくる……いや、前も思ったけど髪の拭き方!

 もっと勢いよくワシワシ拭けやっ!昔のシャンプー(メ○ット)のCMかっ!

 ようやく落ち着いたのか、食事の時と同じ様にテーブルの向こう側に腰を下ろしたトオル。


「それで、話?見せたいもの?って一体何なんだ?」


「うん、僕にとってはそれこそ一大決心、勇気を振り絞った話だからね?

 とりあえずそのやる気のない、ベッドに寝転んだままの体勢はどうにかしようね?」


 男同士で喋るときなんて、真面目な話でもこんなもんだと思うんだけど……。

 仕方なくテーブルに向かい合って座る俺。

 体勢はもちろん碇ゲ○ドウスタイルである。


「そうだね、何から話せば……最初からでいいか。

 今からだと、もう四年も前の話になるんだけどさ、」


 こちらをじっと見つめながら、ポツポツと語りだすトオル。


「そう、それはとても愛らしい小学生の女の子の身に降り掛かった不幸の物語――」


「思い出話だと思ったら童話が始まりそうなんだけど……」


 うん、思ったよりも長い。

 黙って真面目に聞いてたら一時間くらい掛かったので、必要な部分だけを端折ると、


・当時から名のしれた探索者だったおじさん、ダンジョンの宝箱から何やら綺麗な『ペアの宝石』……の、ような物を見つける。

・何となく綺麗な宝石だったので、同い年の彼の息子と一緒にその宝石を貰う。

・従兄弟と一緒にそれを手に取ると、いきなり宝石が輝きだした。

・光が消えると二人の胸に張り付いていた宝石。

・ついでに、女の子だった自分が男に、男だった従兄弟が女の子になっていた。

・お医者さん、呪い師、迷宮事務所などに相談したが、治療法も宝石の外し方も解らずじまい。

・仕方がないので従兄弟と名前だけ交換してそのまま生活を続けることに。


「何ていうか、深刻な話なのか、それほどでもないのか判断しかねる内容だな……。

 てか、お前ん家の表札が『原西』なのに、お前の名字が『久堂』だったのはそういう理由だったのか……。

 自分のことは棚に上げるけど、物凄い複雑な家庭環境なのかと思ったわ。

 てか、静た……明石とは幼馴染みたいな感じなんだろ?よく名前を替えただけで普通に学校に通えたな」


「明石さんとは中学からの知り合いだし、小学校を卒業した春休みの話だからさ。

 中学はいろんな校区から生徒が集まってくるし、特におかしいとも思われなかったさ。

 それでも明石さんには、僕の仕草が変だと思われたのか、あんな感じで少し距離をとられてるんだけどね?」


「まぁ普通は小学校まで同級生女子だった子が転校生男子になるとは思いもしないだろうしな。

 ……で、そのVネックのTシャツから見えてるその赤いのが叔父さんに貰った宝石……というか、性別変更アイテムなのか?」


「うん、さすがに体に半分宝石が埋まってるのなんて他の人には見せられないからね。

 これまではずっと首元の少しキツイシャツを着てたんだけど……何となく君にだけは知っておいてほしくてさ。

 べ、別に変な意味合いは無いんだよ?ほら、君って自分の事をあまり隠したりしないじゃない?」


 思ったよりも重い話じゃなくて何より……いや、女子小学生がいきなり男になったんだから、男の俺が想像するより深刻な話ではあったんだろうけどさ。

 しかし呪いのアイテムか。

 ……タイミング良くと言うか悪くと言うか『呪いを解くアイテム』、今なら用意できるんだよな、俺。

 異世界商店を開き、『聖水』を購入。


 それで……これって飲ませればいいのかな?

 いや、でも友人だとしてもいきなり、『ちょっと俺の聖水飲んでもらってもいいかな?』なんて言い出せないよな?

 深読みされたら飲尿療法だと思われるかもしれないしさ。


「まぁ君には隠しておいて欲しいことも多々あるんだけどね?

 でも……男になったあの日から、諦めてた普通の友達って言うかさ、何でも無い話を出来る……君、何も無いところからいきなり出したその小瓶は何なのかな!?」


「これ?これは……呪いを解くアイテム?

 俺の聖水……じゃなくて聖女の聖水?知らんけど。

 トオルの話を聞いてて、何となくどうにか出来そうな気がしたので買った」


「君は僕の眼の前で話を聞いてただけだよね?

 それなのにソレを、どうやって、どこで買ったのかな?

 いつものことと言えばいつものことだからいいんだけどね?それでも少しくらいは隠そうとしてもらえないかな?」


「ここにはお前しか居ないんだから別に問題ないだろ?

 とりあえず出してみたはいいものの……これ、どうやって使うと思う?」


「君、ダンジョンで魔法を使った時もそんな感じだったよね!?

 ちゃんと説明書とか読んでから行動するクセを付けて?あの時から何も成長してないじゃないか!

 ほんっとに君は……そういうとこだからね?

 とりあえず聖水っていうくらいだし……飲むか、掛けるかのどちらかじゃない?」


「えっ?お前こんな得体のしれないもの飲む気なの!?」


「君が出したんだよね!?」


「聖水相手に『俺が出した』は止めろよ……。

 じ、じゃあ半分だけ、半分だけ掛けてみていい?」


「君が僕を見る目がとっても怖いんだけど!?」


 若干引きながらも……小瓶の蓋を開け、半分ほど飲み干すトオル。


「無味無臭だけど冷やしてないからちょっと飲みにくい……いや、いきなり胸元に水を流し込むの止めてもらってもいいかな?」


「お気遣いなく。……んー、飲んでも掛けても特に変化なしか」


「Tシャツが体に張り付いて不快感は上がってるけどね?」


 もちろん男の透けTなんて見てても何も楽しくない……はずなのに、こいつが無駄に頬を染めて恥ずかしがるから微妙な空気になっちゃってるんだけど?


「んー……聖水では何の効果も無しってことは、ソレは呪いの宝石じゃなく、魔法の道具(マジックアイテム)なのかな?

 それならそれで、何の発動ワードも無く、手に持っただけで光りだしたってのがイマイチわからん……」


 まぁ俺が触ったことがあるマジックアイテムなんて『火をつける』とか『明かりを灯す』とかの簡単な物だけなんだけどさ。


「よし、とりあえずソレ、ちょっと触ってみてもいい?」


「順番で言えば、変なモノ飲ませるよりも先に調べるという結論に達して欲しかったんだけどな?」


 だって、二人きりの部屋で男に触るという行為に物凄く抵抗感があったんだもの。


―・―・―・―・―


なんと!彼は実はっ!

……いや、まぁほら、ね?(笑)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る