第026話 【☆取引の結末~そして朝チュン】

 ホテルのベッドの上、昨日あれだけ激しく求められ……る予定だった私を放っておいて帰ってしまった彼。

 もちろんお家まで送って行ったのは私なのだけれど。

 ……むろん捨てられたとか、年齢で敬遠されたとか、そういう事ではないのよ?

 『明日も学校』とか言ってたけど、……日が明けて今日は日曜日だと思うのだけれど、彼が勘違いしているだけなのよね?


 などと少し気弱になってしまうのはこれまでの私の恋愛経験の少なさから……なのだけどね?

 でも今回は違う。だって、彼から色々と頼られているもの。

 そう、私だけが彼の事を支えられる存在だと認められたのだから。

 その証として、彼が私に手渡してくれた『モノ』。


 未知の鉱石素材である『ドワーフ鋼のナイフ』を筆頭に、迷宮事務所で扱っているモノ、ダンジョンの中層でドロップする、傷を回復させる『下級ポーション』とはまったく色味の違う『下級HP治療薬』、そして消費したMP(彼は『魔法力』と呼んでいたけど)を回復させる『下級MP(魔法力)回復薬』、そして最後に出されたモノが……。


 事もなげに渡されたけれど、これってドワーフ鋼以上にヤバいモノなのだけれど?

 こんなモノ、普通の迷宮事務所の支部長レベルではとても捌けるモノではないのだけれど?

 そう、最後に彼に渡されたモノは『下級回復薬』。

 名前を聞いただけではこれも傷の治療などに使われていそうだけど、その実態は『どんな病気にも一定の効果がある薬』だとのこと。


 彼曰く、どこまでの病に効くのかは試していないらしいのだけど……それってもう、ちょっとした『エリクサー』じゃない!?

 せっかくユウギリさんとお互いに連絡先の交換も出来て、彼の住まいも教えてもらえたのに。

 しばらくはこれらのアイテムの鑑定で忙しくなりそうだわ……。


 もちろん初めて出来た、か、彼氏のためでもあるし?実家の力まで総動員して早急にことに当たるつもりなのだけれども!

 ベッドから起き上がり、私が最初にしたこと。それは、彼が昨日座っていたソファにそっと顔を埋めること。

 もちろんそこにはもう彼の温もりも匂いも残っては居ないのだけれど……。


「はぁ……『東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花』……彼が居なくとも、せめてその匂いだけでも……。

 もっとも、感じたいのは梅の花の匂いではなく栗の花の……そうね、そうちに……よね?」


 ため息一つ、シャワーを浴びた後で車に乗り込み、いつも通り迷宮事務所まで出勤する私。

 ああ、せっかくアドレスも番号も交換したのだから、彼におはようの連絡くらいは入れて置かなければね?

 昨日のお礼、そして早急に預けてもらった品物の調査を進めること、最後に私と同じ気持ちを感じているだろう彼にも伝わるよう『東風吹かば』とだけ添えておいた。


 そして――そんな諸々のアイテムの情報、鑑定や治験の結果が出たのはそれから三日後。


 最初に報告が上がってきたのは『下級MP回復薬』だった。

 スキル持ちの上級探索者に協力してもらい、ギリギリまでMPを消費してからポーションを使用してもらったところ……一本飲んだだけで、すぐに『MPの大幅な消費による、こめかみに感じる独特の疼き』が何事もなかったかのように消え去り、再度同じだけの回数のスキルを使うことが出来たとのこと。

 ……それ、物凄い効果なんだけど?

 現在世界で出回っている下級MPポーションの何倍の効果になるのかしら?


 続いて検査の結果が届いたのは『下級HP回復薬』。

 こちらも骨にまで届くような大怪我をした探索者に飲んでもらったところ、あっという間に傷口が塞がり、傷跡すら残らなかったらしい。

 私の知っている下級ポーションとはまったく別物の回復力なのだけれど!?

 そもそも瞬間的に回復する回復薬って何なの!?

 それほど持ち帰られていない中級ポーションですらじわじわとしか回復しないはずなのに!


 そしていよいよ真打ち登場!……だと思っていた時期が私にもありました。

 ドワーフ鋼なのだけど……思ったよりもその性能は地味。

 もちろん普通の鋼よりは硬度も靱性も高いらしいのだけれど、その性能はあくまでも鋼の強化版。

 いえ、斑鋼と同等の性能の金属素材なのだから、普通に有用なモノなのだけれどね?あまりにもポーションの効能が強すぎて……。


 ドワーフ鋼よりもお薬の方が絶対に取引価格が高くなりそうなのだけれど……ポーションの類は、装備品よりもドロップ率が低いという話だし、彼はがっかりしちゃうかしら?

 なんて、すこしだけモヤモヤとした気持ちになっていた私のところに、連絡もなくいきなりやってきたのは、


「綾香、この間の『回復薬』について、色々と聞きたいことがあるんだが?」


「あら、挨拶もなくいきなり本題に入るとは珍しいですね?」


 しばらくぶりに顔を合わせる私の父だった。


 彼から聞いた『病気の治療薬』だと言う情報から、もしも本当に目に見える効果があれば、かなりの騒ぎになってしまうと思い、実家を通して調べてもらっていた回復薬の治験報告だと思うのだけれど、


「まさかお父様が直接、このような地方まで、自ら出向かれるなんて……珍しいこともあったものですね?」


「あのようなモノを渡されたら、たとえ南極、北極まででも会いにゆくさ」


「それは……やはり、アレはそこまでのモノだったのでしょうか?」


「ああ。まさかの、病に効くポーションだと言うことだったのでな。

 ほら、お前も知っているだろう?中司の将志叔父さん」


「確か、半年前から悪性の腫瘍で入院されていたと聞いていますが……」


「そう、発見が遅く、他の臓器に転移もしていてな……。

 もう医者では手の施しようもない状態、あとどれくらい永らえられるかも分からない状態でもあるし、気休めにでもなればとアレを飲ませてみたのだよ」


「それは……失礼なお話ですね。

 入手経路をお話することは出来ませんが、心より信頼できる方からお預かりしたモノなのですよ?」


「済まなかったと今では思っているのだがな。

 いや、さすがに病を癒す特効薬など、眉唾モノだと思うのが普通ではないか!

 ……まぁそれで、将志叔父さんなのだが……完治はしていないが、症状がかなり緩和された。

 報告によれば、転移先の腫瘍がいくつか消えただけでなく、元の腫瘍も小康状態らしい。

 むろん……そのまま放置すればまた内臓中に広がってゆくだろうがな」


「なるほど、下級でも、そこまでの効果があったのですか……。

 思っていた以上の効能でしたね」


「ああ!そう!そうなのだ!

 それで……アレは定期的に仕入れることが出来るモノなのだろうか?

 もしも、内々で、うちだけで取引を仕切れるモノならば……出来るならばお前にアレを渡した相手と、私が直接会うことは可能かな?」


「そう……ですね。まず、定期的にと言うお話ですが、現状ではお返事できません。

 ご存知のように、ダンジョンのドロップアイテムと言う物は持ち帰ろうと思って持ち帰れる物ではありませんから。

 また、直接会いたというお話ですが、先方に確認してからでないと何とも言えませんね。

 もしもあの人の気分でも害するようなことがあれば、私の将来にも関わってきますので」


 アイテムについては……たぶんスライム王国からの購入が出来ると思うのだけど。

 それに会いたいと言うのは……さすがに、いきなり両親に紹介したいとは言い出せないものね?


「確かに、それももっともな話だな。

 綾香、嫁にも行かず……行けず、仕事でも鳴かず飛ばずな地方ダンジョンに左遷され、親戚連中からも後ろ指をさされるような、親不孝な娘だと思っていたが、まさかこのような結果を出してくれるとはな……」


「どうして余計なことを言い直したのですか?とりあえずぶん殴りますよ?」


 ふふっ、やっと見つけた私の運命の人。

 少なくとも父は交際に反対することはなさそうで少しホッとしたわ。



【時は少し戻って、よくわからないメールが届いた週明けのユウギリくん】


「なぁ、トオル。ちょっと知り合いのお姉さんからメールが来たんだけどさ」


「えっと、その自慢は僕に伝える必要のある情報だったのかな?」


 何やら不満顔のジト目でこちらを睨むトオル。


「少なくともお前にだけは自慢にならねぇだろ……。

 いや、ほら、最後に書いてあった『東風吹かば』ってなんだと思う?」


「何って……たぶん道真公じゃないかな?きっと飛梅伝説だよね?」


「なるほど!……で、何なんだそれは?連続殺人事件的な話か?」


「そんな猟奇的な話じゃない……いや、そうとも言えないかな?

 離れ離れになった相手のもとに、どれだけ離れていても、どんな状況になろうとも飛んでいくってお話だから」


「怖い怖い怖い!なんだよその病んでるメリーさんみたいな梅は!?」


「メリーさんって後ろに立ってるオバケのことだよね?

 この世に未練を残してる時点で大概病んでハズなのにさらに病むってどういうことなのさ。

 というか飛梅のお話は、どちらかと言うとセツナイ、感動的なお話なんだけどなぁ……」


―・―・―・―・―


飛梅といえばやはりさだ○さし!

あかむらさき、カラオケに行けば必ずと言っていいほど歌います♪

まぁ一番得意なのは中島○ゆきなんだけどな!(笑)

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