第023話 【ホテルの部屋……取ってあるからさ】

 まさかまさかの、ただの学生である俺の個人情報を調べていた迷宮事務所の支部長さん。

 直接的な俺の個人情報ではなく、『クラスの女子の事まで把握してますよ?』と言う、普通なら敵対していると思われる行動を『あなたに好意があるからこその行動ですよ?』と言う怒るに怒れないオブラートで包みこむその圧の掛け方、俺より一枚も二枚も上手だと思った。

 まぁ、毎回ドロップアイテムの大量納品をしたり、いきなりレアモンを倒したり、

そのくせ魔石は全く売ってなかったりするんだから、色々と怪しまれるのは仕方なかったんだけどさ。


 少しどころか多大に警戒しなければいけない状況なんだけど……彼女と話した雰囲気からは、こちらにこれと言った害意は感じられなかったんだよな……。

 そして、そんな彼女との二人きりでの食事は、頼りになる味方のほしい俺としても願ったりの話、完全に渡りに船状態だったのでもちろんOKすることに。

 学校には六条さんの方から連絡を入れておいてくれるという事だったが、どうせ彼女の仕事が終わるまで、待ち時間と言うか自由時間もいっぱいあるので、その間に担任に連絡を入れておく俺。

 上司(担任)に対するホウレンソウ、とても大切だからね?


「てことで、迷宮事務所の関係者の方と個人的に食事に行くことになりましたので、今日は学園のバスでは帰らないです!」


「はい、その件についてはすでに学園に連絡が入ってますので了承しています。

 もちろん学校として了承してはいても先生としては納得しかねますが!……じゃなくてですねっ!?

 入学したての新入生、あなたは入学以来多少、いえ、多大に新入生らしからぬ行動が目立っておりますが!ただの一学生が、何をどうなったら迷宮事務所の職員と個人的に食事なんてことになるんですか!?

 いえ、お相手が受付嬢と言うならまだ分からなくもないんですよ?分かったからと言って納得なんてしませんけどね?そう、彼女たちは荒野のハイエナ。虎視眈々と私(ライオン)の狩り場で獲物を奪おうと狙っていますから!……でもなくてですねっ!

 食事のお相手ってここの支部長さんなんですよね?

 そんな立場の人と二人……つまり何か大切なお話なんですよね?

 学生と大切なお話、それって一体どういう状況なんですか?

 とりあえず大いに心配なので先生も付いて行っていいですよね?」


「凄まじく話が長いです。あとライオンのくだりの意味がわからないです。

 まぁほら、色々とあるんですよ」


「先生は教師としてではなく、女として!その色々を教えて欲しいと言っているんですけどね!?」


「いや、そこは普通に教師として心配して欲しかったんだけど……。

 ふふっ、でも、ミステリアスな少年って言うのも悪くないでしょう?」


「やだ、この子……素敵……」


 とりあえず担任がチョロすぎるのは今さらなので置いておいおくとして。

 きっとこんな人が家でカップラーメン食べながら貯金を全部『彼氏(結婚詐欺師)』の言うがままに『彼氏の病気のお母さん(田舎でピンピンしてる)』の治療費に渡しちゃうんだろうな。


 さて、まだそれなりに待ち合わせまで時間もあるし、そのまま休憩室で座ってボーッとしてても仕方がないので、ワンモアセット、スライムを討伐に出かけてビクトリーしてくるかと再び迷宮に入る俺。

 出てきた時には学生のダンジョン入場可能時間を少し過ぎてしまっていて、入場ゲートのおっちゃんにお小言を貰ったけど気にしてはいけない。

 まぁ六条さんのお仕事終了時間には間に合ったので特に問題はないだろう。


「ユウギリさんは中華料理はお好きですか?」


「もちろん!……とは言っても町中華ばっかりで本格的な中華料理って感じのお店にはほとんど行ったことはありませんけど」


「ふふっ、それは良かったです!

 あそこはフカヒレが美味しいんですよ!」


 どうやら晩御飯はお高い中華みたいだ!……これで天ぷら屋とかだったらちょっと笑う。

 駐車場に止められていた六条さんの車は、真っ赤な……何だろう?

 特に車に興味が無いから車種とかは分からないけど、ツーシーター?の真っ赤なスポーツカー。

 車に乗り込み、まるで生卵を運んでいるような安全運転で向かった先は県内随一のお高いホテルの最上階。


「えっと、これは綾香さんに見つからないようにコッソリと部屋を取っておいて、食後はバーで飲んだ後にさり気なくエスコート出来ればカッコいいかな?」


「そうですね……あなたがしてくれたのなら、それも素敵だと想いますよ?

 でも、ユウギリさんはまだ未成年ですから飲酒は出来ませんからね?

 それに……部屋の鍵ならもう、私が……」


 『私が』なんなんですかね!?

 ……いや、冗談はこれくらいにしてだな。


 もちろん彼女がホテルに部屋を取った理由なんて『ドワーフ鋼の取り扱いについての相談』と、それ以外にも色々と情報を収集したい以外の意味なんて無いだろうからさ。

 まぁそんな彼女に俺が着いてきた理由も、お互いに利用し合える関係になれそうだと思ったからと言う不純な理由なのでお互い様なんだけどな!


 もちろん、まだ二回しか会ってない相手を、過度に信頼をしてるわけじゃないんだけどね?

 それでも、前回のキューブの話の時に、迷宮事務所の支部長として、ある程度は信用出来るだけの誠実さを。

 そして今日のドワーフ鋼の話で人間としての欲と、こうして、学生である俺を食事に誘うくらいには清廉すぎない人間性を持ち合わせてる相手だとも分かったからさ。

 それでもお互いにもっと知見を深めるのはとても大切なこと。


 まず、食事中は他愛のない話――でもないな。

 この後の俺のお願いを聞いてもらうためにも、これまでの俺の生い立ちと今の生活の話を、重くなりすぎない様にサラッと説明する。

 ああ、もちろん異世界関連の内容や俺の能力値、スキルの事については一切触れないからね?


「そう……なのですか……。

 きっとユウギリさんが年齢よりも大人びて見えるのは……そのようなご苦労をされているからなのですね?」


「いえいえ、少しも大人びてなんていないですよ?

 ただただこまっしゃくれているとか、世間擦れしてるとか、そういう感じの面倒くさい子供なだけで」


 うん、何というか、俺の話を演技ではなく、心から心配してくれてそうな六条さんの気持ちがとても痛い。

 何だかんだで、誰かに全部を吐き出したのはこれが初めての事だからなぁ……。

 きっと俺が、色々な感情がないまぜになった表情をしてしまったからだろうけどさ。痛々しげな顔でこちらをじっと見つめてくる六条さん。

 ただ、こうして話を聞いてくれる人がもっと早く、一人でも近い場所に居てくれれば少しは……なんて感傷に浸りそうになっちゃうのは、思っていたよりも人間強度が上がっていなかったからだろう。


 くっ、勘違いするな俺っ!ここはお互いに好条件を引き出すための騙し合いの場所なんだからな!

 そもそも自分から仕掛けておいて、そのまま流されそうになってるとか全然笑えない……これが年上の包容力と言うものなのか……。

 もしも俺が、異世界で生活に追われる前の、十年前のピュアな心を持った十五歳の少年だったら完全に籠絡されていたところである。


 よし、ここは一旦頭を冷やして仕切り直しだな。


「さて、食事も終わりましたし!続きは部屋で二人きりで!

 ……色気の無いビジネスの話でもしますか?」


「ふふっ、そうですね。でも、ユウギリさんがご希望なら色気のあるお話でも良いんですよ?」


「本気にしちゃいそうですから、心の弱っている青少年をからかうのは良くないと思いますよ?」


 そう、ここからは得意……でもないけど、『商談』の時間だ!


―・―・―・―・―


同情を買おうとして、想像以上に同情されてしまったため思わずそのまま依存しちゃいそうになるユウギリくん。

しかし、相手は『超優秀な大人の女性(だと思いこんでいる)』なので、そんな演技には騙されずに乗り切りました(笑)

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