第021話 【☆いろいろと拗らせちゃってるお姉さん その1】

 私がこの『迷宮事務所・桜木ダンジョン支部』の支部長として赴任したのは今年の四月。

 出る杭は打たれると言うが――特に飛び出していた訳でもないのに、『女が支部長まで登って来ただけで気に入らない!』という、前時代的な連中は一定数存在するわけで。

 他のダンジョンとは違い、将来の探索者育成のため、主に学生さんが利用するこの桜木市の迷宮。


 ダンジョンを利用する人間の質という面では恵まれているのだけど、探索者の育成に利用されていると言うその性質上、支部としての売り上げ向上などはとても難しい場所。

 つまり、どう頑張ろうとも支部長としての手柄や出世は望めそうにない迷宮、桜木ダンジョンとはそんな場所――の、はずだった。

 

「はぁ……これでも自分のためってだけじゃなく、国のため、迷宮事務所のためにと頑張ってきたつもりだったんだけどなぁ……この歳まで彼氏も作らないで」


 自慢ではないがそれなり以上のルックス、そして古くは華族と言われた家柄の私である。

 それこそ幼少の頃から言い寄る男は数しれず、そして袖にした男も数しれず……。

 いつの間にやら『年齢イコール彼氏居ない歴』のアラサーの完成である。


「いったい、どうしてこうなった……」


 ただただ仕事を頑張ってただけなのに、年下の男性に怯えられる始末。

 最近では事務所内での食事会にすら誘われなくなったのは一体どういう事なのかしら!?……コホン、少々取り乱してしまったわね。

 まぁそんな私、お店での入場の際に聞かれる『お一人様ですか?』が無性に癪に障る年齢になった私に変化が有ったのは――妙な学生の男の子と知り合ったのは五月も終わろうかという頃。


『六条支部長!大変です!キューブが、ダンジョンにアシッド・キューブが発生したと言う報告がありました!』


 この事務所の人気受付嬢でもある増田さんより内線でそんな連絡が入った。

 キューブ?……アシッド・キューブですって!?


「なんですって!?よりによって、この育成ダンジョンでアシッド・キューブが見つかるなんて!

 ……ごめんなさい、少し冷静さを欠いてしまったわね。

 それで……現状での死傷者はどの程度出ているのかしら?」


 『アシッド・キューブ』。

 世界のダンジョンでもあまり見られない希少種ではあるものの、発見場所からほとんど移動することのないその性質から、倒すために入念な準備は必要だが『通常のダンジョンでなら』危険度はそれほど高くない魔物。

 しかし。ここは新たに探索者を育成するための特殊なダンジョン……。

 つまり、そんな希少種に対する対応など知らない人間が大勢出入りしている場所なわけで。


 どう考えても私の責任ではないのだが、そのような場所で多数の死者が出たとなれば、誰かが詰め腹を切らされることになるのは必定であり、その筆頭にあげられるのは現支部長であるこの私。

 そんな私が、色々なストレスと疲れから『もうどうにでもなーれ』という諦め半分の気持ちになってしまうのも仕方のないことではないだろうか?


 そんな時、偶然出会ったのが彼。

 もちろんその時は、ただの『キューブ発見者の学生さん』と言う認識しかなかったのだけれど。

 呼び出された会議室で待っていたのは妙に雰囲気のある少年だった。


 私が待たせたことを謝罪すると、


「はい!真紅璃夕霧です!彼女どころか家族も居ない十五歳独身!趣味はダンジョンに潜ることです!」


 年相応の元気な返事をしてくれる彼。いや、今は『彼』とか言ってる場合じゃないわね!

 いくら最近男っ気が無いからと言って、高校生はさすがに……ねぇ?

 そもそも私、年下趣味とか無かったはずなんだけどなぁ。

 増田さんの話では彼女と話す際とは態度が違うらしいのだけど……それは良い意味なのかそれとも、


「美しい方、よろしければお名前を伺っても?」


 美しい方……ええ、これはもう間違いなくいい意味よね?

 あれ?もしかして私のモテ期、また始まった?

 思わず頬を少し綻ばせて彼に名前を告げる私。


「六条さん……その立ち姿だけでなく声まで美しい……。

 よろしければ綾香さんとお呼びしても?」


 ……最近の高校生って年上相手に、こんなにグイグイと来るものなのかしら?

 もしかして、物凄く女慣れしてる?でもこの、久しぶりのオスに求められてる感じ……嫌いじゃないわ。

 と言うか増田さん、見た目が若いとは一体どういうことかしら?大人の女には『実年齢』などと言うものは存在しないの、いいわね?


 そんな彼とのお話……ああ、もっとチヤホヤされたい……これがホストに数千萬円貢ぐ○○○の気持ち……いえ、そうではなくて!

 そう、今はそんな事を言ってる場合ではないの!良くて左遷――ここからさらに左遷させられる場所があるかどうかはわからないけれど――悪ければ退職させれれるのは分かっているとしても、これ以上、未来ある若者に死傷者を出すわけにはいかないのだから!


 キューブの発見者である彼に話の続きを促し、さらなる情報を求める。

 えっ?退治したですって?アシッド・キューブを?私のために?……私のために?

 そこ、とても大切なところなのだけど……じゃなくて!


 いえ、確かに、アシッド・キューブを退治する、それは私のこの先の動向に係ること、間違いなく、その討伐は私のためであるのだけど!

 

「し、少々お待ち下さいね?」


「たとえこの身が朽ち果てようとも待っております美しい人!」


 まだ迷宮初心者であろう学生の彼。

 その男の子が希少種の魔物を退治するなど……あまりにも荒唐無稽な話すぎて、言葉をそのまま信じることが出来ず……増田さんと二人、部屋の隅でプチ会議することになるのだった。

 ……まぁ結果を言うと本当に、間違いなく彼がアシッド・キューブを討伐したことが証明されたのだけど。


 そんな、運命と呼べるかもしれない彼との出会い。

 あれだけグイグイと口説いてきたくせに連絡先も聞かれなかったのは……やはりただ弄ばれただけなのかしら?

 もしもそうだとしたら……駄目ね、そう、彼はまだ擦れていない学生さんだものね、きっと、女性に連絡先を聞くのが恥ずかしかっただけなのよね?

 とりあえず、今後のためにもちゃんと!ここに登録されている彼の情報を隅々まで見落とし無く確認して置かなければ!



 学生さんである彼と社会人の私。そう、ある意味では遠距離恋愛のような二人の恋をゆっくりと育んでいこうと決意した私。

 でも、そんな決意を良い意味で裏切る彼。再会の時はすぐに訪れることになる。

 それは二日後、今日。前回と同じ様にまた例の受付嬢……増田さんから内線が入り呼び出された私。


 会うか会わないかですって?もちろん会うに決まってるでしょう!?ふざけたことを言っているとその頭から粉チーズをかけるわよっ!

 そもそもあの娘、前回も感じたのだけど、彼に色目を使ってるわよね……やはり私たちの連絡先の交換と彼女の異動は急務のようね。

 そんな私の仄かな思いを知ってか知らずか、会議室で出迎えてくれた彼は前回と同じ様に愛らしい笑顔。

 そしてその日、彼が私を呼び出した理由というのが、


『出どころ不明の胡散臭い品物』


 さすがにそれは、いくらなんでも支部長を呼び出すには無理がある理由ではないかしら……?

 も、もちろん?理由などなくとも、声を掛けてもらってかまわないのだけどね?

 ほら、連絡をしてきた増田さんの顔がひきつっているし……。


 まぁそんなことよりも!今は年上の彼女……ではないわね、まだ。

 年上の、憧れの女性に会いに来た彼をねぎらってあげないと!

 和気あいあいとした感じで話をする私とユウギリさん。


 ……とりあえず増田さんはそろそろ自分のお仕事に戻ったらどうかしら?

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