第6話 エレナル①


「こちらです……」


 先導するプレンダーの後を追いかける形で駅の中を進んでいくスレン。

行き来する者達の人の波が視界を狭めるため前を歩くプレンダーを時折見失いかけており、それが”不機嫌”という形で顔に出ているスレン。

だが彼女の気を立たせているのは人込みだけではない。


「(こんのババァ……あたしにこんな恐ろしい物付けやがって……)」


 スレンの首に付けられているのは奴隷用に作られた首輪。

小型爆弾が内蔵されており、ママが持つスイッチを入れると爆発して首が吹き飛ぶ仕掛けになっている。

スレンが逃亡を図る可能性を考えたママが銃で脅しながら強引に取り付けた。


「おいババァ……マジでこの首輪に爆弾が仕込んでいる訳?」


「何ならあんたの首で試してみるかい?」


「……チッ!」


 懐からママがちらつかせたのは手の収まるサイズのスイッチ。

蓋を開けてスイッチを押すそぶりを見せるママに、悔しそうな舌打ちを鳴らして顔を背けるスレン。

出会ってから数時間の間柄だが……ママが脅しに冗談をはさまないタイプの人間であることは、スレンも身に染みて理解している。


「(だいたいこんな首輪があるならあたしが意識を失っている間に付けたらいいじゃない。

なんで藪から棒に付ける訳? ババァの考えていることはわからん)」


「……」


 ママがスレンにこのような仕打ちを施した理由……それはスレンの左腕に付けられたマインドブレスレットにある。

なんの訓練も受けずにマインドブレスレットを起動させた上、デウスであるレッドを戦闘不能にまで追い込むことができた。

力に馴染んでいない相手とはいえ……そのような快挙を上げたスレンに期待と不安を覚えたのだ。


「(きっかけが何にしても……このガキはマインドブレスレットの力を引き出すことができた。

戦力を確保できたって面では好ましい結果だけど……こいつを戦力として出せるかと問われれば微妙だ……。

拉致ってこんな訳わかんない状況に陥ったにも関わらず……強気な姿勢で噛みついてくるけど、目の奥はわかりやすく震えている。

メンタル豆腐なくせにそれをひた隠しにしている……あたしがこの世で一番信用できないタイプだ……)」


 スレンの脆さに勘づいていたママ……顔には一切出らないが、彼女はスレンと言う存在を恐れている。

マインドブレスレットに限らず、大きな力は使い手によって善にも悪にもなるのが世の常……。

特にスレンのように不安定な精神では、何がきっかけで心のバランスを崩すかわかったものではない。

ママからすれば、スレンが今もなおマインドブレスレットを身に着けているのも気が気でない。


「(返せと言うのは簡単だけれど……言ったら言ったで今度はプレンダーがうるさいだろうからね)」


 疑惑を向けるママとは対称的に、プレンダーは先ほどの戦闘からスレンを新たな仲間として信用しようとしている。

人を信じる純粋さがプレンダーと言う人間の強みであるが、それは逆に言うと……信頼を裏切れないという弱点でもある。

1度相手を信頼すれば、その強い正義感故か……相手を疑うような真似はできない頑固な面もある。

押し付けた形ではあるが、プレンダーはスレンを信頼してマインドブレスレットをその手に付けたのだ。

そのマインドブレスレットを外せと命じることは、プレンダーの信頼を踏みにじることと同意なのだ。

たとえ信頼しているママであっても、そんな仁義を欠くようなことを彼女は許したりしない。

少々難解な理屈やもしれないが、それがプレンダーの中にある”正義”なのだ。


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「……」


 ママが駅前に待たせていた馬車で町の中をゆったりと進んでいく中……スレンは汽車同様、移り行く景色をぼんやりと眺めていた。

同じ空間にいるママやプレンダーとは会話どころか目すら合わせようとしない。

窓際に肘を立てて外を見る姿勢を崩さないのは、"話す気はない"という意思表示でもある。

ママはその意思を尊重し……馬車に置いていた本を読み、外部からの情報をシャットアウトした。

一方のプレンダーは、スレンの意思を悟りながらも警戒心を少しでも解こうとコミュニケーションに勤しんでいた。


「あの……」


「……」


「パークスさんはお顔が整っていて、お肌もとってもきれいですね。

何か美容で気を遣っていることはあるんでしょうか?」


「……」


「えっと……パークスさんは、何か好きな食べ物はありますか? 小生はメロンパンが好きなんです。 

外は結構サクサクしているのに、中はとってもふんわりしていて……子供のころから大好きなんです」


「……」


「き……今日も良いお天気ですね……」


 壁に向かって話しているのと相違ない現状に、プレンダーも勢いが徐々に衰え始めていき……最後には当たり障りのないレベルにまで落ちて行った。

そして会話が進展しないまま……馬車は巨大な門へと差し掛かった。

それはこの光の大陸で最も栄えている国……ムナヤ国を守る門であった。


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「通行証を……」


「はい」


「……ありがとうございます。 どうぞ、お通りください」


「ありがとうございます」


 その大きさ故、門の開閉はドアと違って簡単に行えるものではない。

そのため、商人以外の人間は門を通りたくとも通れない者の列が後を絶たない。

スレン達の場合は特別な通行証を門番に見せることで、馬車はすんなりと門を通ることができた。

そこに広がっていたのは、様々な石造りの家が立ち並ぶ街の風景。

大国故、スレンが元居たバルーンよりも人口や国としての文化は比較にならない。


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ゴンッ!


「!!!」


 門からしばらく走り続けている馬車が突如としてその足を止めてしまった。

そこは人の波が常に流れる大通りのど真ん中……もちろん、ここはプレンダー達が目指している目的地ではない。

何事かとプレンダーが窓から頭を出して、馬車の前方に目を向けると……多くの野次馬が密集して、道を塞いでいた。

その中心にいるのは甲冑を来た数名の騎士団と薄汚い服に身を包んだ若い男。

男の手には手錠が掛けられており、足にも逃げられないように重い鉄球を鎖で繋いでいる。

その見た目から察するように……男は囚人である。


「さっさとくたばれ!!」


「死ね悪魔!!」


 周りの野次馬達が男に罵声を雨のように浴びせる……中には天誅と言わんばかりに石を投げつける者もいた……。

その光景にプレンダーは目をそらし、窓から馬車を引っ込めた。


「なんなの? この騒ぎは……」


 外の騒がしさが気になったスレンがプレンダーに問いかけた。


「この間捕まった囚人の死刑が執行されようとしているんです……」


「死刑? こんな大っぴらに?」


「はい……犯罪を犯した者はこうなると……見せしめのために……。

だから刑が執行されるまでは、大通りは封鎖されるんです」


「ふーん……何をやらかしたの? あいつ」


「空腹に耐えかねてパンを万引きしたそうです……なんでも貧しい家だそうで……」


「はっ? 万引きって……それはなんの冗談? そんなんで死刑になる訳が……」


「なるんです……」


 スレンの言葉を遮るプレンダーの顔が険しいものになった。


「この国は……悪を心から憎んでいるんです。 だからどれほど小さな罪であっても……たとえ罪を犯したのが年端もない子供であったとしても……犯罪に手を染めた者は死刑に処されるです。

この間も煙草をポイ捨てした男性が処されていました……。

だからこの国には刑務所なんて施設もなければ懲役なんて言葉も存在しません」


「極端すぎでしょ……そもそもそんなのまかり通る訳?」


「国のトップたる国王陛下を中心に上の人間が立ち上げた制度ですから……その上、国民のほとんどがこの極端な制度を支持しているんです。

罪人に生きる価値はない……と」


「それでも裁判開いてくれるだけマシだよ……あんたたちが相手をしたデウスは何もしてなくても、騎士団やワルキューレに見つかれば即座に処刑されるんだからね……」


「随分血の気が多いな……」


『うぉぉぉぉ!!』


 活気に満ちた雄たけびが外から馬車の中へと入ってきた……騒音と相違ない大きさに、スレンは無意識に両耳を手で塞いでしまうほど……。


「死刑が執行されたみたいだね……」


 読書の姿勢を維持したまま、他人事と割り切った呟くママ。

対してプレンダーは膝の上に乗せている両手を固め、何もできない己を悔いて拳をプルプルと震わせている。

スレンは再度、窓から頭を出して外の様子を伺う。

先ほどの囚人は首と共にその命を散らしており、残った体からただれる真っ赤な血が現場の悲惨さを物語っている。

だがそれに反して、野次馬達は赤子の誕生を喜ぶ親のように喜びを分かち合っていた。

囚人の首を落としたであろう……真っ赤な血を吸った剣を持つ騎士も、囚人とはいえ命を奪ったことに対する後ろめたさなど微塵も感じておらず、肉塊と化した囚人の死体を後始末と称して地面に風呂敷のように広げていた死体袋の上へと無慈悲に蹴飛ばした。

死体袋にくるまれた死体を運搬用に用意されていた馬車の荷台に乱暴に乗せる様は、ゴミ袋を収集する清掃員の如く……。

そんな死人にムチ打つような光景を目の当たりにした野次馬達のボルテージはさらに上がり、指笛を吹いて騎士の行動を称賛する者まで現れた。


「……」


 この狂ったような光景には、それなりに度胸が据わったスレンでも心に引っかかるものがあった。

刑が執行されたから間もなく、大通りの封鎖が解除され……馬車は再び足を進め始めたのだった。


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「パークスさん……あれがこの国の”日常”なんです。 悪への憎しみと正義に貢献する快楽を植え付けるためには人の死を辱めることすら厭わない……そんな洗脳のまがいのことをしてまで守るものが……真の正義と言えるのでしょうか?……少なくとも、小生にはそうは思えません」


「だからこんなもんを使って、化け物共を助けるボランティアなんて始めたって訳?」


「デウスになったからと言って、罪を犯した確証なんてありませんから。

それに……本当に罪を犯したのなら、きちんと法律に基づいた裁きを行うべきです。

問答無用に悪と決めつけて命を奪うなんて……そんなものは正義ではありません」


「それはそれは……ご立派なこと……」


 窓から眺めていた美しい町の景色……だが先ほどの死刑とプレンダーの話を聞いた後のスレンの目には、その美しさが少し恐ろしく見えていた。

この町……いや、この国にはゴミのポイ捨てや建物への落書きと言ったぬぐい切れぬ人の汚れが一切ない。

それは国民たちが定期的に行う清掃活動の効果もあるだろうが……それ以上にこの国の正義がそういった人のゆるみを抑制しているのだ。

罪を犯せば正義の名のもとに処される……そんな恐怖心を煽って、この美しさを維持しているのだ。

特にデウスは……この国では生きることすら許されない重大な罪である。

どんな事情があろうとも……デウスとなった者は裁判など行われることはなく、その場で処される。

そう言った恐怖政治と相違ない正義が、この美しい国と善良な国民を守っている。

そして……その正義を多くの国民達は心から信仰している。

だからこそ、あのような悲惨な光景を目の当たりにすることができたのだ。


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「着いたようだね……」


 馬車が足を止めたのは、ドーム状の大きな建物だった。

読んでいた本を閉じて、ママは颯爽と馬車を降りると解放感に満ちた伸びをする。


「全く……馬車は移動には便利だけど、腰に響くあの揺れだけはどうにかならないものかねぇ」


 腰をひねったり、手足を伸ばしたりと……ママは長時間の乗車で固まった筋肉をほぐすストレッチを続けながらも建物の中へと入っていった。


「何なのここ?」


 馬車から降りたスレンが続けて降りてくるプレンダーに背中を向けたまま問いかけた。


「次世代劇場”エレナル”です。 小生達の拠点であり仕事場でもあります」


「(小生達って……あたしを含むなよ)」


「とにかく中に入りましょう」


 流されるままスレンはプレンダーと共にエレナルへと入っていった。

彼女はもうこの時点で逃げる気すらなくなっていた……というよりも逃走するのが面倒に思え始めてきたと語った方が心情的に近いやもしれない。


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「(なんじゃこりゃ……」


 エレナルに足を踏み入れたスレンを待っていたのは……奇想天外としか言えない世界だった。

そこには多くの客達が入り乱れ、スタッフらしき者達が汗水を流して対応に追われていた。

ぬいぐるみやフィギュア、魔法の杖のような子供のおもちゃと言った様々な商品を大金と引き換えに手に入れる者……カメラを片手に撮影パネルのような板と写真を取る者……あちこちに設置されているスピーカーから流れてくる曲を酔いしれるように聴き言っている者……。

そして……その中心にいるのは、魔法少女のようなコスプレに身を包んだ黒髪の女性キャラクター。

先ほどのグッズや撮影パネルも、同じキャラクターが用いられている。

この光景を一言で表すのであれば……アニメショップ。

少なくとも、前世の記憶があるスレンにはそれに近い何かを感じていた。


「これ、なんの馬鹿騒ぎ?」


「エレナルの中はいつもこんな感じです」


「だいたいあのアニメキャラみたいなのは何?」


「アニメ……キャラ?……あっ! もしかして、リズザのことですか?」


 アニメという聞き覚えのない言葉に一瞬困惑するも……すぐそのニュアンスはプレンダーに伝わった。


「リズザ?」


「はい、この劇場の看板娘です。 彼女のおかげでこの劇場が成り立っていると言っても過言ではありません」


「看板娘? どういうこと?」


「それは……」


「あぁらプレンダーちゃん。 こんな所にいたのねん」


 スレンの背後から突然聞こえてきた声……ふと振り返った瞬間!!


「なっ!……なんじゃこの化け物はぁ!!」


 これまで不機嫌そうな顔ばかり浮かべていたスレンが、初めて表情を崩した。

彼女の目の前に立っていたのは、見た目40代後半の中年男性……だが、その身を包んでいるのは、リズザと全く同じ魔法少女のコスプレ衣装だった。

ほのかに化粧をしているものの……口紅がやたらと濃いせいであまり化粧の効果が表れていない。

少なくとも、スレンのように初対面の人間からすれば……異様に見えても無理はない。


「きぃぃぃ!! 誰が化け物ですって!?」


「お前以外に誰がいるんだよ! この女装趣味のど変態野郎!!」


「言うに事欠いてど変態!? もう許さない!!」


 怒りに我を忘れた中年男性は、どういう訳か……グッズとしても売られているリズザの魔法のステッキをどこからともなく取り出した。


「お仕置きよ!!」


「まっ待ってください! ピグンさん!!」


 2人の間に仲裁として入ったプレンダー。


「プレンダーちゃんどいて頂戴!! この子には1度お仕置きが必要よ!!」


「お怒りはごもっともです。 ですが……暴力はいけません。 お客様もいる訳ですし……ここは大人の女性として……大きな心を……」


「ぐぬぬぬ……そうね。 少し大人気なかったかもしれないわ。 ごめんなさいね、プレンダーちゃん」


 説得を聞き入れ、どうにかステッキを下ろした中年男性にプレンダーがホッとしたのも束の間……。


「何? このおっさん、あんたの知り合い?」


「むぅぅぅ……」


 せっかく沈めた怒りを何気ないスレンの言葉が再び熱を加える。


「パークスさん! 失礼ですよ? この方はピグンさんと言って体は男性ですが……心は小生達と同じ、女性なんです!」


「いやいや……女でもこの格好はきついでしょ? こんなもん着て人前に出るくらいなら、あたしは全裸を選ぶわ」


「ぱっパークスさん!」


「ぬわぁぁぁ!!」


 プレンダーの仲裁も空しく……スレンとピグンは取っ組み合いを始めてしまった。

周囲にいたスタッフ達がすぐさま2人を引き離したおかげで大した騒ぎにならなかったものの……スレンとピグンが仲直りすることはなく、プレンダーの手でスレンを連れていくまで終始互いをののりし合っていたのだった。

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