第5話 スレン パークス⑤


『だっ誰だ!?』


 体を起こしつつ、スレンへ問いかけるレッド。

威嚇のように声は張り上げているものの、隠し切れない恐怖心で少し声音が震えている。

彼からしてみれば、得体の知れない存在に挟まれている状況故……自然な感情といえるだろう。


「人に名前を聞くときは、先に自分から名乗れってママに教わらなかったわけ?

まあ……あんたに親なんてもんがいるかどうかなんて知らないけれど……」


『おっお前も俺を殺しにきたのか!?』


「は? 何を言って……!!」


『こっ殺されてたまるか!!』


「ぐっ……」


 レッドの力任せに放った拳が顔に当たる前に、スレンは両手でその大きなレッドの拳を反射的に受け止めた。


「!!!」


 拳自体は受け止めたものの……その勢いまでは完全に止めることはできず、片膝をつく態勢にまで追い込まれる。

普通の人間であれば粘土のように押しつぶされていたが、彼女が身にまとっている鎧の力があるからこそ……この程度にとどまっているのだ。


『!!!』


 レッドはさらなる追い打ちを掛けようともう片方の腕を構えるが……。


『何っ!?』


 プレンダーがレッドを背後から羽交い絞めにすることで未遂に終わった。


『はっ放せ!!』


 プレンダーを引き離そうと必死に抵抗するが……彼女は歯を食いしばって彼の背に留まっている。

いくら変身したプレンダーであっても、長くこの状態を維持することは不可能と言わざる負えない。

だがこれは……予期せぬ好機。

今レッドはプレンダーを振り払うことに神経を注ぎ、目の前にいるスレンに対しては無防備になっている。

つまりスレンにとってはまたとない攻撃のチャンスなのだ。

しかし……先ほどの捨て身のタックルですらレッドを転倒させるのがやっと……

武器などないスレンには素手以外に攻撃手段はない……とはいえ、素人の放つ拳や蹴りなどたかが知れている。

まして相手はデウス……通常武器も通じない相手に対して、素手で挑むなど自殺行為に等しい。

だが、このまま何もしなければやられるのはスレン達。

先ほどの少女も無事に汽車を降りれる保証はない。


「くっ!」


 選択の余地がないスレンは覚悟を決め、武骨な構えでレッドの無防備な腹部を狙う。


「パークスさん!! エクスティブモードを!!」


「えっ?」


「マインドブレスレットに”チャージ”と! 早く!!」


 スレンの意思を悟ったプレンダーが羽交い絞めをしたまま叫んだ言葉……なんとなくその意味を理解したスレンは……。


「チャージ」


 マインドブレスレットのボタンを再び押し、プレンダーに教えられた音声を入力する。


『エクスティブモード!』


「!!!」


 先ほどとは違う音声がマインドブレスレットから流れると同時に、スレンは体中から満ち溢れる力に高揚感に近いものを感じた。

”エクスティブモード”とは、装着者の力を数倍に高めるモード。

その分、装着者への負担も大きいため……効果は一時的なもの。


「このっ!!」


『ごふっ!!』


 スレンは無防備なレッドの腹部目掛けて右ストレートを放った。

エクスティブモードで強化された彼女の拳はレッドの腹部にめり込み……確かな手ごたえが拳を通して伝わっていく。

デウス化しているとはいえ、コンクリートすらも貫けるようなパンチをモロに受けたことでさすがのレッドも意識が飛びかけた。


「!!!」


 そこからスレンの猛ラッシュが始まった。

レッドは抵抗も逃走もできず、サンドバックのように彼女の拳を喰らい続けた。

羽交い絞めにしているプランダーにもその衝撃が多少なりともあるが、耐えられないほどではなかった。


「あれ……」


 反撃を始めてから10秒後……突如としてスレンに猛烈な疲労感がのしかかった。

体は鉛のように重くなり、彼女は糸が切れた人形のようにその場で両膝をついた。


『……』


 スレンのラッシュによってレッドは意識を失い、プランダーに羽交い絞めにされたまま人間の姿に戻った。

レッドの意識がないことを確認したプレンダーは羽交い絞めを解いてレッドを床に寝かせる。


「キャッチ!」


 プレンダーがマインドブレスレットに入力すると……彼女の手から光の網のようなものが飛び出し、レッドの体を包み込んだ。


『サクセス!』


 その音声と共に光はあっという間にレッドごとこの場から消えうせ、あとに残ったのは2人の戦士と少女……そしてボロボロになった車内だけだった……。


「パークスさん! 大丈夫ですか!?」


「これが大丈夫に見える?」


「すっすみません……」


 身を案じて駆け寄るプレンダーに若干怒気がこもった声で返答するスレン。

全身からにじみ出ている”察しろ”というオーラが場の空気を重くさせ……空気の読めなかった自分に非があるのではないかと、無意識に頭を下げるプレンダー。


「ありがとうございました……あなたが来てくれなかったら、今頃どうなっていたことか……」


「それはいいけど……あの化け物はどこ行ったの?」


「とある場所へ転送しました……ひとまずこの場は解決したと言っていいと思います」


 スレンは首を軽く左右に振り、自分の視界に映る範囲で辺りを見渡すも……レッドの姿はここにはなかった。


「あのちびガキは?」


「あの子なら……後方車両の座席に寝かせています」


 人質として囚われていた少女はレッドの手から離された衝撃によって気を失っていたが、外傷などや打撲といった目立つケガはなかった。


「そう……じゃああたしはどうやったら元に戻るわけ?」


「ブレスに”コンプリート”と入力すれば戻れます」


「……コンプリート」


 マインドブレスレットにそう入力した瞬間、スレンの身を守っていた鎧が霧のように消え去った。

同様の手順でプレンダーも元の姿に戻るも、スレンの体にのしかかる疲労感までは消えなかった。


「つーか、なんでこんなに体が重いわけ?」


「疲れたのでしょう……初めてエモーションしたのだから無理もありません。

小生も慣れるまではそうでしたから……」


 エモーション……わかりやすく言い換えれば変身のことである。

慣れないうちはエモーションするだけで体にだるさが残るが、スレンの場合はエクスティブモードの反動まであるので、立ち上がることも難しくなっている。


「小生はママの所に報告へ行きますので、パークスさんはここにいてください」


 そう言い残すと、プレンダーは足早にその場を後にした。

残されたスレンは壊れた座席などに重心を預けながらミミの元へ近づき、その小さな顔をそっと撫でた。


「……」


「パパ……ママ……」


 意識を失ってもなお、その顔には恐怖の色が残っている。

悪夢にうなされながらぼそりとつぶやく小さな言葉……夢の中でも両親を信じて助けを求める純粋なその心がスレンの胸を締め付けた。


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 それからまもなくして……汽車は終点駅へ着いた。

駅には騎士団やワルキューレが待ち構えており、汽車が停車した瞬間に乗客達と入れ替わるように車内へなだれ込んでいった。

その行動から察せられるように、レッドがプレンダーによって別の場所へ転送されたことは知らされていない。

バレればレッドが殺されるだけでなく、デウスを匿ったプレンダーはただでは済まない。

黙秘を決めこんだためスレンとプレンダーとママは汽車を降りることができた。

それなりに時間が経ったこともあり……スレンの体はある程度回復し、ミミの小さな体を抱きかかえるくらいには元気になっていた。


「何も知らずにご苦労なことだね……」


 葉巻を吹かしながらデウス討伐に息巻いているワルキューレ達の姿が滑稽に見えたのか、ママの口元は少し緩んだ。

そんなママを横目に、プレンダーがスレンの抱えているミミに視線を落とす。


「パークスさん。 ひとまずこの子の親を探しましょう」


「探すってどうやって?」


 汽車の中はパニックで混雑していたため、ミミの親を探すことは困難だった。

故にミミの親探しは汽車から降りてから行おうということになっていたが、2人ともミミの親の顔は覚えておらず、ミミ本人もいまだ意識を取り戻せずにいるため……手がかりはなかった。


「「ミミ!!」


 八方ふさがりだったプレンダー達の元へ1組の夫婦が駆け寄ってきた。

 

「あのもしかして……この子のご両親でしょうか?」


「はっはい! そうです! あの……娘は?」


「安心してください。 気を失っていますが、ケガはしていません」


「ミミ……無事でよかった……本当に……」


「……」


 我が子の無事を涙ながらに喜ぶミミの両親……。

はたから見れば感動的な光景ではあるが……スレンは2人の姿に吐きそうなほどの嫌悪感を抱いていた。


「ありがとうございます! なんとお礼を言っていいのか……」


「お礼? お礼っていうなら、謝礼金を払ってよ」


「えっ!」


「あたしはこのガキを化け物から救ってやった恩人でしょ? 謝礼金くらいもらってもバチは当たらないんじゃない? つーか払え、バーカ!」


「そっそれはそうですが……」


 ミミの両親は喜びから一転……困惑していた。

恩人とはいえ、ふてぶてしいその態度で謝礼金をよこせと言われたことで、感謝の念がわずかに薄れてしまったのだ。

とはいえ……恩を金で返すと言うのは別段おかしな話ではない。

ミミの父親は財布からいくつかの金貨を出してスレンに差し出す。


「ではこちらをどうぞ……」


「は? ふざけてんの?」


「えっ?」


「こっちは命からがら子供を助けたのよ? それをこんなはした金でチャラしようって訳?

よっぽど生ぬるい環境で生きてきたのねあんたたち……」


「でっでは……おいくら支払えば……」


「そうね……なら1000万クールで手を打ってあげる」


「いっ1000万!! そんな無茶な!」


「月に数万クール包めばいいでしょ? 一括で払えとは言わないから」


 クールというのは心界の通貨のこと。

1000万など一般家庭からすれば夢のような大金である。


「パークスさん! 何を言って……」


「あんたは引っ込んでな! あたしはこいつらと話をしてるんだ」


 スレンを止めようと横から話に割り込もうとするプレンダーだが、ママの手と無言の圧力で制止させられた。


「ばっバカを言わないでください!! 1000万なんて大金……払えるわけがないでしょう!?」


「あのね……あたしはこんなガキ、見捨てたってよかったのよ? そうせずにここまで運んでやったんだから、それくらいしてもらわないと割に合わないわ」


 ミミの両親からすれば拒否するのが自然であるが、スレンも折れようとはしない。


「だからって法外すぎる! それでは娘を金で買うようなものじゃないか!! ”子供をなんだと思っている!?”」


「その言葉……そっくりそのまま返すわよ」


 この瞬間……ダルそうなスレンの声音に怒気が交わり始めた。


「そもそもあんたたち……このガキが化け物に襲われた時どうした? 我先にと逃げたんじゃなかった?」


「それはその……」


「相手はデウスですよ!? 私達のような一般人が敵う相手じゃ……」


「それで逃げた挙句、今更顔を出して”無事でよかった”って? ふざけてんのはどっちよ!?」


「ならデウスと戦って死ねばよかったのですか!? 仮にそれで助かったとしても、ミミは1人になってしまうのですよ!?」


「それが嫌だからあんたたちはこのガキを見捨てて逃げたんでしょ? それならそれでいいよ……人間なんてそんなもんだからさ……。

それにも関わらず、親の顔してこの子に近づいてくるあんたたちの中途半端さにイラついてんのよ!!」


 怒りのあまり、スレンは感情のまま言葉を紡ぎ始めた。

かつての彼女にも似たようなことがあった。

有能な姉を溺愛し、自分のことを虫けらくらいしにしか思わなかった両親。

その姉が死に、自分が金持ちと結婚すると知った途端……手のひらを返して優しく接する親と呼ぶのもおぞましい2人。

ミミの両親は多少マシな部類ではあるが、その中途半端さがスレンには気に食わなかった。


「そうだとしても……1000万なんて高すぎる!!」


「あっそ……嫌ならいいわ。 このくらいのガキは売れば結構な値になるし……」


「ふっふざけるなっ! いくら恩人でも言っていいことと悪いことがある!! ミミは私達の大切な娘だ!! それ以上好き勝手言うのなら、そこにいる騎士団に訴えてやる!!」


 とうとう怒りを露わにする夫婦とは対照的に、スレンは呆れた顔で溜息をついた。


「化け物に襲われても助けない……金と引き換えにしても金を出し惜しむ……あんたたちにとって子供ってなんなの?

かけがえのない大切な家族?……それとも2人がサカってできただけの生産物?」


「なっなんだと?」


「この子……あんたたちのことずっと呼んでたわよ? 見捨てられた後もずっと……。

あんたたちがきっと助けに来てくれるって……心の底から信じていた。

そんな馬鹿正直な気持ちを……あんたたちは踏みにじったのよ?

それであんたたち……どんな顔してこの子と向き合うつもり?」


「それは……」


「あんたたちは親なんでしょ?……子供の手本となるべき親なんでしょ? だったらせめて……子供に恥じない程度の生き方を示しなさいよ。

こんな中途半端な愛し方しかできないなら……初めから親になんてならないでくれる?

マジでいい迷惑だから」


「「……」」


 まるで懇願するようにミミの両親へ掛けたその言葉に……2人は膝をついた。


「わかりました。 いつになるかはわかりませんが……必ず謝礼金はお支払いします」


「本当に申し訳ありません……もう2度と娘を見捨てるような真似はしません。 ですからどうか……お願いします!!」


「……」


 涙ながらに土下座するミミの両親……その行動に嘘偽りがないと証明させるために、スレンは駅に設置されているメモ用紙とペンで契約書を書かせた。

月払いでいいので1000万クールをスレンに支払うという内容である。

娼婦として鍛えたスキルがあるスレンであれば、これくらいの金額を稼ぐことはたいして難しくはない。

それにもかかわらずに金を要求したのは、ミミの両親にけじめをつけさせるため。

2人への罰というよりも、娘への愛情に偽りがないということを示してほしかったのだ。


「パパ!! ママ!!」


「ミミ!! よかった……」


「ミミ……ごめんなさいね……」


「……」


 失神していたことで悲しい現実と汚い大人のやり取りとを見ずに済んだミミ。

意識を取り戻した後、両親の胸に涙ながらに飛び込むミミの姿がどこかうらやましく思うスレン。

そして3人はスレン達に会釈すると、駅を立ち去っていった。


「(あたしのようにならないでよ……)」


 それがミミに向けた、スレンなりのエールだった。

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