第4話 スレン パークス④


「助けてぇぇぇ!!」


「前だ! 前に行け!! 急げ!!」


「デウスが暴れているぞ! 早く逃げろ!!」


 後方車両から悲鳴や叫び声を上げながら前方車両へ避難していく乗客達。

デウスという単語を聞いた瞬間……前方車両に座っていた乗客達までパニックを起こし、避難する乗客達に加わっていった。


「おい! 何してんだよ! 早く行け!」


「うるせぇ! 押すなよ!」


 だが1車両に詰め込める人間などたかが知れている上に車両と車両をつなぐドアもやや狭い。

そんな中で大勢の人間が一斉に避難などすれば、車内で渋滞が起きるのは必然。

我先にと前へ突き進む乗客達が作り出す人の波は時として命を脅かす厄災となる。

ある者は転んで乗客達に踏みつけられ……ある者は人の圧に押しつぶされて呼吸困難に陥っている。

生存本能故の避難であるにも関わらず、本末転倒の結果を招こうとしている。


「なっなんだ?」


 騒然とする車内で唯一状況が理解しきれずにいるスレンを横目にプレンダーが立ち上がる。


「デウスが出現したようですね……」


「まったく……人がくつろいでいるときに限ってこれだよ……」


「小生が向かいます。 ママは乗客のみなさんをお願いします。

あれでは死人が出てしまいます!」


「なんであたしが……」


「いいですね!?」


 有無を言わせない迫力あるプレンダーの顔がママの目の前に突き付けられた。


「わかった……わかったからそんな顔であたしの顔を覗くんじゃないよ!うっとおしい!!」


 プレンダーの圧に負けたママは乗客達が密集している前方車両へと重い足取りで向かっていった。

それを見届けたプレンダーは自席に腰かけているスレンに目を向ける。


「ではパークスさんはここでじっとしていてください」


「あぁ……つーかデウスって店を襲ったあの化け物のことだったけ?」


「そうです。 お店にいたデウスとはおそらく別個体だと思われますが、デウスが現れた以上……放ってはおけません! 乗客達への被害もそうですが……デウスもワルキューレに見つかれば問答無用で殺されてしまいます!」


「(あんな化け物、退治すればいいと思うけど……)」


「とにかく、行ってきます! くれぐれもここを動かないでください」


「頼まれたって動かないわよ」


 スレンに念を打ったプレンダーは後方車両へと走っていった。


「(逃げるチャンスではあるけれど、あんな化け物がいるんじゃうかつには動けない……ここは大人しくしておくか……)」


 1人残されたスレンは再び窓の景色を無心で眺め始めるのだった。


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『わぁぁぁぁ!!』


 後方車両にてデウスと化したレッド……その分厚い腕と鋭い爪で周囲の座席や壁を次々と破壊していくその光景はどのような猛者でも二の足を踏むほどの恐ろしいものだった。

だが誰かと交戦している訳ではなく、パニックを起こしたレッドが1人で暴れているだけ。

被害も彼のいる車両に留まり、現状の負傷者はゼロ。


「(……)」


 物影に隠れてレッドの様子を伺うプレンダー……。


「(どうやら錯乱状態に陥っているみたいね……被害を受けた人間がいないのは幸いだけれど、小生の言葉に耳を傾けてくれるかどうか……とにかく、出るしかない)」


 意を決したプレンダーは左腕の袖をめくり、手首に装着しているマインドブレスレットの”入力ボタン”を押す。


『リンク!』


「チェンジ」


 3秒間ボタンを押し続けると、マインドブレスレットから音声が鳴る。

すかさずプレンダーがマインドブレスレットに備え付けられているマイクにコードを音声入力する。


『エモーション!』


 2つ目の音声と同時にプレンダーの体を瞬く間に光が包み込みこんでいく……そして光はやみ、そこには全身を固い装甲で覆われた鎧姿のプレンダーが立っていた。

この鎧は”アスト”と呼ばれ、デウスとの戦闘と装着者の身を守ることを考慮され作られたもの。

装甲は見た目よりかなり軽く、騎士の鎧すら簡単に破壊できるデウスの攻撃を防ぐ力も備わっている。


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『誰だ!?』


 プレンダーの気配を感じたレッドが視線を送る。

物影からゆっくりと姿を現すプレンダーの姿に身構えるレッド……敵意がないことを示そうとプレンダーは両手を上げて、優し気な声音でレッドに語り始めた。


「どうか落ち着いてください。 できることならあなたと事を構えたくはないんです」


『ワルキューレ! 俺を殺しにきたのか!?』


「小生はワルキューレではありません。 あなたを助けにきたんです」


『助けるだと? 嘘をつくな!!』


「嘘じゃありません! 自衛のためにこのような恰好をしていますが、あなたに危害を加える気はありません!」


『黙れ黙れ!! お前らの言うことなんか信じるものか!!』


 プレンダーの言葉を信じることができず、鋭い爪を振り上げた状態で突進するレッド……彼を取り巻くミストの副作用で攻撃的な性格になっているのもあるが、ことはそう単純なものではない。

これまで幾度となくワルキューレに殺されそうになった記憶が彼の心に恐怖と言う名の縛り付けている。

それがレッドの精神を不安定にさせ、人間不信な狂人へと彼を変貌させているのだ。


「くっ!!」


 レッドの爪が振り下ろされる直前に、後方へ回避したことで初撃はノーダメージで済んだ……が、すぐさまレッドの追撃が留まることなくプレンダーを襲う。


「お願いです! どうか荒ぶる心を静めてください!」


『わぁぁぁぁ!!』


 プレンダーの言葉に耳を傾けず攻撃を続けるレッド……彼の頭には”殺られる前に殺る”という防衛本能しかなく、会話もままならない状態となっている。

それはプレンダー自身も察してはいるが彼女は徹底して攻撃を回避しつつ説得を続ける。


「このまま暴れ続けていたら、いずれ本当にワルキューレ達が駆けつけて殺されてしまいます!」


『うるさい!殺されてたまるかぁぁぁ!!』


 どう話しても悪い方向に話を持って行ってしまうレッド……応戦以外に選択肢がないことはプレンダーとてわかっている。

だが彼女の”相手を傷つけたくない”という優しさが応戦を躊躇させる。

デウス化しているとはいえ、そもそもが一般人であるレッドと戦士として戦闘訓練を受けているプレンダーでは決着がつくのはそう遅くはない……が、彼女が説得を続ける以上はその時が来ることはない。

応戦に切り替えることができないプレンダーと説得に一切応じないレッド……この2人の接戦は平行を保ち、ある種の硬直状態が続くことになった。


『だぁぁぁぁ!!』


「くっ!」


 ドカッ!


「しまった!」


 レッドの攻撃を回避し、その背後を取ったプレンダーが反射的に無防備な首筋を手刀で薙ぎ払ってしまった。

手刀を喰らったレッドは床に倒れこみこそしたものの、身体的なダメージは皆無であったが……。


『あ……あ……』


 反撃を受けたレッドの心は大きく揺らいだ。

ワルキューレからの襲来は逃げに徹していたため事なきを得たが、ここは逃げ場のない汽車の中。

そんな中で受けた反撃はレッドの恐怖心を煽るのに十分な効力を秘めていた。


『(殺される……こいつに殺される!! 嫌だ! 死にたくない!!)』


「あっあの……」


『あぁぁぁぁ!!』


 レッドの死にたくないという欲に周囲のミストが反応し、彼の体がさらなる変貌を遂げる。


「つっ翼……が生えた……」


 レッドの背中から大きな2枚の翼が芽を出すように生えた。

翼はレッドの意思に呼応するように大きく羽ばたき、周囲に風を巻き起こす。


「あっ!」


 レッドの体は天井を貫き、何もない上空へと登っていった。


「トリック!」


『テイクオフ!』


 マインドブレスレットに音声を入力すると、プレンダーの背中がまばゆく輝き……瞬きする隙も見せず、真っ白な2枚の翼が姿を現した。

これは”フライモード”と言って、文字通り空を飛ぶための能力である。

翼から発せられる特殊な重力によって鳥のように空を自由に飛ぶことができるのだ。


「待ってください!」


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 レッドを追い、上空へと飛び上がるプレンダー。


『くっ来るなぁぁぁ!!』


 プレンダーの姿を見た瞬間、背を向けて逃げていくレッド。

とはいっても、得たばかりの飛行能力では大したスピードは出せずにいるレッドがプレンダーを振り切ることなどできるわけがなく、プレンダーは難なく距離を詰めることができた。


「お願いです! 小生の話を聞いてください!」


 自分の言葉に耳を傾けさせようと必死に声を上げるも、精神状態が不安定なレッドにはやはり意味がない。

どうしたものかと考えをプレンダーが考えをあぐねていると……


『!!!』


「あっ!」


 プレンダーの隙をついたレッドが真下を走る汽車目掛けて急降下し、そのまま天井を突き破って再び車内へと逃げこんだ。



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「うっうわぁぁぁ!!」


「いやぁぁぁ! 来ないでぇぇぇ!!」


 最悪なことに、レッドが逃げ込んだ車両には数名の乗客が息をひそめて隠れていた。

レッドのまがまがしい姿がすぐそばまで迫ったことに乗客達の恐怖心がさらに加速し、蜘蛛の子を散らすように前へ後ろへと逃げていく。

だが彼らの悲鳴はレッドの心をさらに追い詰めてしまう。


『黙れ……黙れ黙れ!!』


 恐怖が体中に染みわたるレッド……彼に背を向けて逃げ惑う人間達の中に見えた幼き少女の姿。

その瞬間、底の見えない生への執着心が、レッドの脳裏に悪魔の知恵を授けた。


「いやぁぁぁ!!」


「「ミミ!!」」


 レッドの巨大な手が少女の小さな頭を掴んだ。

それと同時にプレンダーも上空から車内へと降り立った。


『くっ来るな!!』


 振り向きざまに少女をプレンダーの視界に突き出すレッド。


『おっ俺に近づくな! 近づいたらこいつをこっ殺す!』


「ばっ馬鹿な真似はやめてください!!」


 ”人質”……プレンダーの脳裏に浮かび上がった単語が彼女にプレッシャーとして重くのしかかる。 

彼の目はひどくおびえているが、人質を殺すことに迷いはない。

今のレッドであれば、少女の頭を握りつぶすことなど造作もないこと……すでに2人もの命を奪ってしまった彼に慈悲など微塵もなかった。


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「(なんかやばそう……)」


 座席の影に隠れつつ、退治するプレンダーとレッドの様子を伺っているのはスレンだった。

プレンダーは気づいていないが彼らが今いる車両は彼女が元居た車両の後ろに位置しているのだ。


「パパぁぁぁ!! ママぁぁぁ!!」」


 レッドに人質として捕らえられている少女……ミミが最も信頼する者たちの名を涙ながらに叫んだ。

両親はレッドのすぐ後ろにいるのだが、恐怖で足がすくんでいた。


「むっ娘を……返せ!!」


 父親が絞るような声でレッドに浴びせた言葉……だが振り向きざまに向けられたレッドのおぞましい顔が威嚇のように見え、わずかに出した勇気もあっけなく消失した。


「ひっひぃぃぃ!!」


「あっあなたぁぁぁ!!」


 恐怖が2人の体と心を支配し、子供を助けたいという親心がわが身を守りたいという生存本能に打ち勝ってしまった。

そしてその結果、2人はレッドと娘に背を向けて一目散に逃げて行ってしまった。


「……」


 娘を置いて逃げていく2人に軽蔑の眼差しを向けるスレンの脳内に、かつて彼女を生んだ親と呼ぶのもおぞましい2人の姿が浮かび上がる。

自分達の利益や保身だけを考え、我が子を道具としか見ない下衆共。

愛情あふれる両親の元に生まれた今でも、前世の恨みや悲しみは彼女の心から消えてはいない。

だからこそ、大したこともせずあっさり我が子を見捨てる彼らに怒りがこみあげてくるのだ。


「……」


「パパぁぁぁ!! ママぁぁぁ!!」


 自分を見捨てたとは知らず両親を信じて泣き叫ぶ少女……その哀れな姿にかつての自分が重なる。

親から見放されてもなお、愛されていると信じてきたかつての自分。

どんなに泣き叫んでも助けようともしなかった前世の両親。

どことなく似た境遇に立たされている幼き少女に憐れみを感じ始めたスレン。

そしてそんな彼女の心にこれまでにない感情が芽生えた。


”あの子を助けたい”。


 明確な理由もなければ義務もない……言ってしまえばただの偽善であるやもしれない。

だが親の理不尽で不幸に見舞われる少女を放っておくことがどうしてもできないスレン。

とはいえ、無策に突っ込めば犬死するだけ……。


「(どうする……どうする……!!!)」


 あれこれ試行錯誤するスレンの手首をほんのりとしたぬくもりが包み込んだ。

視線を手首に向けるとマインドブレスレットが黒く発光していた。


「(何これ?……)」


 信号を発するように発光し続けるマインドブレスレット……スレンの少女を救いたいという想いに反応し、彼女に力を与えようとしているのだ。

何かに誘導されるように……スレンは親指でマインドブレスレットのスイッチを入れた。


『リンク!』


 3秒間の長押しで発せられた音声と共に、スレンの周囲が変化した。


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「ここって……」


 そこは先ほど夢に出た何もない空間……そして、悪魔のような姿をした鎧が再び目の前に現れた。


「お前は……」


 スレンが立ち上がると、悪魔の鎧が右手をスレンに差し出す。


”あなたの力になりたい”


 言葉など発してはいないが、スレンには鎧がそう言っているように感じた。


「あの子供を助ける力をくれるって訳?」


 スレンの問いに鎧は静かにうなずく。


「悪魔に売れるほどあたしの魂はきれいじゃないわよ? それでもいいっていうなら……よこしなさい」


 ゆっくりと腕を伸ばし……鎧の差し出す腕を掴もうとするスレン。

掴んだ感触はないものの、温かな光が腕を通って体全体を包み込む。

そして……脳内に響き渡るキーワードをゆっくりと口ずさむ。


「チェンジ」


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『!!!』


 背後から異様な力の波動を感じ取ったレッド……振り向いたその瞬間!!


『あぐぉ!!』


「!!!」


 振り向きざまに強烈なタックルを受けたレッド。

不意打ちということもあってか、背中からきれいに転倒してしまった。

その際、人質として捕えていたミミから手を放してしまい、空中に放り投げられたその小さな体はちょうどプレンダーのいた位置に飛んできたため、うまい具合にキャッチすることができた。


「あっあれは……」


 プレンダーの前に立っていたのは悪魔をモチーフにした鎧を身にまとったスレンであった。

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