第3話 スレン スパーク③
「ここ……どこ?」
ふと気づいた時、スレンは摩訶不思議な場所に立っていた。
上はどこまでも青く澄み渡った空……そして踏みしめている大地は白くふわふわとした雲のような平原……。
「あたし……どうなったわけ?……?」
バサバサ……。
上空から翼を羽ばたかせる音が周囲に響き渡る……見上げるスレンの視界に翼が生えた人影が映る。
「何?……あれ?……」
スレンの前に静かに舞い降りた人影……否、人の型をした鎧。
悪魔を連想させる翼と装飾品……漆黒の体に黄色のラインが走り、左腕にはプレンダーがスレンに差し出していたマインドブレスレットが装着されている。
「何?……あんた……」
得体の知れない鎧を目の前にしても、スレンの心に不思議と乱れはなかった。
『……待っていた……あなたを……』
マスク越しでこもっはいるが……女性らしい高い声がスレンの耳をくすぐる。
「は?……いたっ!!」
突如スレンの頭にズキンと鈍い痛みが走った……。
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「うっ!……いててて……? 何ここ?」
痛みが残る頭を押さえながら起き上がったスレンがいた場所は、先ほどの異空間ではなく機関車の中だった。
「あの……大丈夫ですか?」
スレンに声をかけてきたのは向かい側の席に座るプレンダーだった。
「あっあんた……」
「今汽車が揺れて、手すりに頭を思い切り打ち付けましたけど……」
「ぐっ!!」
リアルに我が身のアクシデントを知ったことで頭部の痛みが増す人間の不可思議な仕組みに翻弄されるも、これが夢ではなく現実であることを身に染みて思い知ることになったスレン。
先ほどの不可思議な夢のことは頭の片隅に追いやり、痛みに耐えながら座席に座り直した。
「一体どうなってる訳? 確か……化け物から逃げてから……それからあんたの土下座を見て……それから先どうなった?」
「それは……その……」
「つーかこれ、拉致ってやつだよな? 散々正義だどうのこうの言っておいて説得力なくね?」
「いえその……小生は……」
事実故、正義感の強いプレンダーには否定することも弁明することもできなかった。
「うるさいガキだねぇ……」
そう悪態をついたのはスレンと通路を挟んだ席で手すりに肘をついて眠るポーズを取っていた50代後半の中年女性。
年齢にそぐわない若手女性声優のような可愛らしい声が、スレンの耳を打って背筋を硬直させる。
「なんだよこのババァ……」
「口の利き方に気をつけな、クソガキ。 でないと次は永遠に覚めない夢を見ることになるよ?」
ママと呼ばれる女性はアクティブに動ける軽装な服装であるが、値段的に言えばおいそれと外出用に着こなせる女性は多くないだろう。
背中や胸についている悪魔をデザインとした刺繍は美術品と言っても過言ではない出来となっている……使用されている糸も上等な絹で職人の魂と呼ぶべき何かが込められている。
その指にはダイヤの指輪をはめられており、使用されている化粧品や香水も一般女性が手を出すには高すぎる世界のもの……。
以上の情報だけで、この女性が多くの金を持っている上流国民であることは容易に想像できるだろう。
「ママ、冗談でもやめてください!」
「ママ? じゃあこのババァ、あんたの母親? 親子そろって拉致とかクレイジーな人生歩んでるわね」
「……」
「言いたいことはそれだけかい? だったら大人しく席に座ってな」
「は? なんであたしが死にぞこないのババァの言うことなんて……」
スッ!
「!!!」
ママが懐から取り出した2枚の写真が視界に入った瞬間、スレンの言葉を奪った。
そこに写っていたのはまぎれもなく、スレンを愛し育ててくれた両親だった。
「なっなんだよその写真……」
「あたしはそれなりに顔が広くてね……ちょっとやる気を出すだけである程度の情報は手に入る。 あんたの両親が闇金に捕まってむしられて、あんたは金を返すためにあの店で働いているんだってね? 思わず泣きそうになったよ」
そういいながら葉巻を吸うママの態度から、人の不幸を嘆くようなタイプではないことはうかがい知れる。
そして、ママが両親の写真を提示したその意味は……人質。
”長年”金と欲に支配された汚い世界で生きてきたスレンはそう言った悪質な思考に鼻が利くようになっていた。
”従わなければ両親を殺す”。
まるでそう暗示させるように、葉巻の煙を写真に向けて吐き出すママ。
「ババァ……ふざけんなっ!!」
初めて怒りを露わにしたスレンがママの胸倉をつかんだ。
初めて家族のぬくもりを感じさせてくれた両親はスレンにとって生きる力をくれる支えであるが、同時に心の平穏を奪う弱点でもある。
人道的な視点から見れば最悪であるが、手法としてはこれ以上効率的なものはないと言える。
「……」
胸倉をつかまれているにも関わらず、ママは”このガキめんどくせぇ”と言わんばかりにスレンから目をそらす。
通常このような騒ぎを立てれば、周囲の乗客たちに動揺が走るものであるが……生憎スレン達がいる車両には彼女達以外の乗客は1人もいない。
無論自然に席が空いているわけでなく、ママが車掌に金を握らせて作らせた人工的な空間である。
「スレンさん! やめてください!」
スレンを羽交い絞めの態勢で引きはがすプレンダー。
細身の体とは裏腹に筋力が備わっているプレンダーに、スレンが力でかなうはずもなかった。
「放せ!このアマ!!」
「お怒りはごもっともです……ママ。 スレンさんを強引に連れてくることは納得しきれませんが、納得することにしました。
ですが……ご両親を人質に取るような卑劣なマネは小生も賛同しかねます!」
抵抗するスレンを押さえつつ、彼女の怒りに同調するプレンダー。
「あたしがいつ人質なんて言ったんだい? あたしはこのガキの写真を見せて泣けると言っただけだ」
悪びれる様子も見せず、乱れた服を整えてスレンと初めて向き合うママ。
「じゃあこれならどうだい? あたし達についてくれば、親の借金は利子含めて全額あたしが支払ってやる。 あんたにとっても悪くない話だろ?」
「てめぇみたいなくたばりぞこないのババァの言うことなんぞ信じられるかよ!!」
「信じる信じないは勝手さ……だが結局あんたの今の選択肢は2つ。
あたし達を信じてついてくるか……あたし達を信じずあのイカ臭い店に戻るか……。
あたしは別にどちらでも構わないよ?」
「ババァ……」
「それと1つ忠告しておく。 次にあたしに無礼を働いたら……その命で償ってもらうよ?」
「てってめぇ……」
ママの懐からキラリと光る黒い鉄……拳銃をスレンの視界に映した。
目から放たれる殺意も拳銃も本物……これ以上の抵抗は死を早めるだけと理解し、スレンは暴れるのをやめた。
「クソッ!」
抵抗の意思を失ったと判断したプレンダーは羽交い絞めを解き、スレンは収まらないイラ立ちから座席を蹴り、元の席に腰を下ろした。
せめてもの気晴らしにとスライドショーのように変わる窓の景色に癒しを求め始めた。
「パークスさん……」
「……」
向かい側の席に再び腰を下ろしたプレンダーが申し訳なさそうに顔を曇らせてスレンに声を掛ける。
「申し訳ありません……このような非道な手法は本心ではないのですが……いえ、ここまで来たら小生も同罪ですね」
「……」
「ママの言うことは気になさらないでください。
色々切羽詰まっていて焦っているんです。
ご両親のことはどうかご安心ください……危害を加えるような真似は決してさせません。
小生の言葉など、信用に値しないかもしれませんが……小生はパークスさんの意思を尊重します!
ですからどうか……自分の心を偽らないでください」
「……」
プレンダーの言葉など右から左へと聞き流し、スレンはこれからのことを考えまいと心を無にした。
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「……」
同時刻……スレン達がいる車両とは別の車両に1人の男が青ざめた顔で震えていた。
汽車は青く美しい海の上の橋を走っていたため、乗客達は窓から見える母なる海に目を奪われているのだが、この男だけはフードで顔を隠して人の目を避けている。
「失礼します……」
「なっなんだ?」
「いえあの……切符を拝見させていただけないでしょうか?」
「……」
車掌からそう願い出られ、男は視線も合わせずにポケットから少し折り目がついた切符を提示した。
車掌は男の様子に違和感を覚えつつ……提示された切符を切ってその場を去っていった。
「(なんで……なんでこんなことになったんだよ……)」
男の脳裏に忌まわしき記憶が蘇る……。
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男の名はレッド。
彼は2週間前までは土木作業員として必死に働いていた
その原動力となっているのは妻のイングの存在。
2人は幼少期からの付き合い……いわゆる幼馴染。
物心ついた頃から一緒にいた2人が惹かれ合い……結ばれたのはある意味運命だったかもしれない。
美しく夫に尽くし続けるイングはまさに理想の妻と言っても過言ではなかった。
そんな妻に少しでも楽をさせたいと人一倍働くレッド……無論家族サービスも欠かさない。
結婚記念日や誕生日と言った大切なイベントは必ず夫婦で1日を過ごし……休日は夫婦で外出することが日課となっているほど、レッドは妻を愛していた。
最近ではそろそろ子どもを……と明るい計画まで立てていた。
まるで夫婦の手本のようなこの2人の幸福が突然終わりを迎えた……。
※※※
「イングの奴……びっくりするだろうな……」
その日は奇しくも5回目の結婚記念日……普段ならばまだ帰宅する時間帯ではなかったのだが……。
『後の仕事は俺達でやっとくから、お前は先に帰りな。 せっかくの記念日にカミさんをいつまでも待たせるじゃねぇよ』
現場を指揮する親方からの厚意もあり、レッドは急遽早めの帰宅を許された。
プロポーズの時に指輪に沿えて渡した赤いバラを花屋で購入し、サプライズ帰宅を狙うレッド。
驚くイング……喜ぶイング……彼の脳裏には様々な妻の顔が浮かび上がっていた。
どんな顔を妻が見せてくれるか……そんな胸の高鳴りが彼の足取りを無意識に加速させていった。
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「ただいま!……イング?」
帰宅しドアを開くレッド……いつもならすぐに出迎えるはずのイングが、今日に限って姿を見せなかった。
「(買い物でも行ってるのか?)」
レッドはそう考え、リビングのテーブルに一旦持っていたバラを置く。
『……あ……い……』
「……?」
椅子に腰かけようとした瞬間……寝室から漏れるように聞こえてくる人の声……。
気になってドアに近づくと……ドア越しに人の気配を感じる。
「もしかしてイングの奴……寝てるのか?」
この時は夕刻……仮眠を取るにしても少々首をかしげる時間帯かもしれないが、ありえないほどのことではない。
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「イング?……!!」
「あっあなた!?」
寝室に足を踏み入れたレッドの目に映ったのは……ベッドで抱き合う愛する妻と見知らぬ若い男の姿だった。
「お前……何をやってるんだ? その男は誰なんだ?……」
「あの……この人は……友達というか……」
「ふっふざけるな! お前は友達とベッドの上で裸で抱き合うのか!?」
ベッドの上の2人は一糸まとわぬ生まれたままの姿……わずかに漂う男性特有の生臭さ……もはや2人の不貞行為は疑う余地すらない。
「お前……浮気してたのか?……どうなんだ?……説明しろ!!」
「それは……
言い訳のしようがない現状で、スピーディーに自白したイング。
イングと浮気相手の関係は3年前から始まった。
浮気相手は騎士団の一員で18歳の新人。
町の警邏の際にイングを見かけ、一目ぼれしたとのこと。
人妻という絶対的な立ち位置も、青臭さが抜けきれない若者にはものともせず……何度も猛アタック繰り返した。
最初こそ拒否していたイングだったが……レッドしか男を知らない彼女にとって若い年下イケメンからのアプローチは猛毒だった。
徐々に魅了されていき、レッドが仕事でいない間に逢引きを繰り返し……いつしか体を重ねる完全な浮気へと発展していった。
「あなたには悪いことしたという自覚はあるわ……でも私は彼を愛してし合ったの! 彼はあなたにない魅力をたくさん持っている! この気持ちはもう……抑えきれないわ!」
「じゃあ何か? お前はもう俺のことを愛していないのか?」
「愛してるわよ! でも同じくらい彼を愛しているの!……だからあなたと離婚なんてしたくないし、彼とも別れたくない! どうかこのまま……彼との関係を認めてください!」
ベッドから降りて頭を下げるイング……これほど誠意のない土下座も珍しいだろう。
「旦那さん! 愛する奥さんが頭まで下げてるんですよ!?
男なら大きな心を持ってドンと受け入れるべきじゃないですか!?」
「(こいつら……何を言ってるんだ?)」
レッドには2人の異常な言葉が1つも理解できなかった。
浮気の公認を願い出る妻……男気を見せろと訴えかける浮気相手。
もはや目の前にいる2人が同じ人間なのかすら疑念を抱く始末……。
先ほどまで沸々と湧いていた怒りは冷めきり……レッドは呆れ果てていた。
「どうでもいい……」
「え?」
「もうどうでもいい……そんなに2人でいたいならいればいい。
俺はこの家を出るから……」
自暴自棄に近い状態ではあるが、冷静さは失われていない。
「そんな……離婚するってこと!? そんなの嫌よ!」
「何が嫌なんだよ……俺はお前らのくだらない恋愛ごっこに付き合う気は毛頭ない。
それなりの代償は支払ってもらうが……そのあとはお前らの好きにしろ」
ほんの少し前までイングへ愛にあふれていたレッドなら、泣き叫ぶ彼女に寄り添う優しさを見せただろう……だが今のレッドにはイングに対する愛情が霧のように消え去っている。
泣きじゃくるイングの顔がもはや汚物にすら見えてしまうほど、レッドの心は冷めきっていた。
蛇足かもしれないが、この世界にも不貞行為に対する慰謝料というシステムは存在する。
「何を言ってるの!? あなた、私を愛しているんでしょう!?
結婚式で私を幸せにするって……神に誓ったじゃない!
その私を捨てるっていうの!? 私達の結婚人生はそんな薄っぺらいものだったの!?」
まるで被害者のような口ぶりでレッドを責めるイング……彼女の肩を抱く浮気相手がレッドを目で非難している。
事情を知らぬものが見ればどちらに非があるか頭を悩ませてしまうだろう。
「(なんだこれ?……いつからイングはこんなバカになったんだ?
というか俺……これのどこが良くて結婚したんだっけ?)」
「あんた最低だな! こんなに素敵な奥さんを捨てる上に金までむしり取るだなんて……心ってものがないのかよ!!」
”一体どの口が言っている?”と返したくなる発言であるが、レッドにはそんな気力すらなかった。
写真が趣味なイングが使っているカメラで、不貞の証拠を押さえ……2人に背を向ける。
「何を言われても俺の気は変わらない……慰謝料は支払ってもらうし、両親にも離婚のことと浮気のことを伝える」
「そんな……ひどい!!」
もうイングの声はレッドには届かない……家を出ようとしたその時!!
グサッ!!
「あがっ!!」
背中越しにレッドを貫いた剣……その柄を握っていたのは浮気相手だった。
新人とはいえ、騎士の称号を持っている男ならば剣を常備しているのは当然と言えば当然である。
だがこれは本来正義を守るための剣……私情で抜くのはご法度であるが、浮気を正当化するような男にそのような基本ルールなど守れるはずもない。
「俺の大切な人を……泣かせるんじゃねぇ!!」
まるで主人公のようなセリフを吐くが……浮気するような男には不似合いなセリフと言わざるを得ないのが世の理と言える。
「がはっ!」
体から剣を引き抜かれた瞬間……男の血が床を赤く染める。
血と共に全身の力が抜け、その場に倒れこむレッド。
その手から離れたカメラを浮気相手が剣で破壊し、証拠隠滅を図った。
「なっなんてことを……」
「いいんですよ……惚れた女の幸せを願えないクズなんて、死んだ方がいい」
「でっでも……」
「大丈夫! あなたは俺が必ず守る……この命に懸けて」
「あぁ……」
感動の涙を流して浮気相手に寄りかかるイング……今のどこに心が揺れたのかは彼女しか分かり知れない所だが、レッドはこの時まだ生きていた。
「(あ……ぐ……ちくしょう! 俺、死ぬのかよ……あんな奴の手にかかって……)」
「レッド……残念だわ……あなたがこんな分からず屋だったなんて……こんな別れ方は本意はないけれど……あなたの分まで彼と幸せに生きるわ!」
死にゆくレッドに別れの言葉を告げるイングだが……レッド本人は到底受け入れることなどできない狂った言葉だった。
「(勝手なことばっか言いやがって……何が幸せに生きるだよ……俺との幸せな結婚生活をぶち壊したくせに……。
嫌だ……このまま死ぬなんて嫌だ……あんな奴らをのさばらせたまま死ぬなんて……。
こっ殺してやる……あいつら2人とも……この手で殺してやる!!)」
シュゥゥゥ……。
レッドの心に強い殺意が芽生えた……自分を裏切ったイング……勝手な理屈で自分を殺そうとした浮気相手……2人に向ける殺意と憎しみに周囲のミストが呼応するように集まっていった。
そしてその瞬間……レッドの意識が途切れてしまった。
※※※
「……え?」
意識を取り戻したレッドがいつの間にか立っていたのは我が家のリビング。
壁一面は真っ赤な血で染まり……大気には鉄の臭いが漂っていた。
周囲にある結婚式のときの写真立てや嫁入り道具として家に持ち込んだ家具が無残にも破壊されている。
そして床にはイングと浮気相手……2人が死体となって倒れていた。
「どうなっているんだ?……!!」
ふと視界に入った自分の手を見た瞬間、レッドは言葉を失った。
その手は人間とは思えぬ形に変わり、2人の血がべっとりとこびりついていた。
「まさか……」
かろうじて壊れていなかったイングの手鏡で自らの顔を映すレッド。
そこに映し出されていたのは見知った自分の顔ではなく……この世の者とは思えぬ異形の怪物だった。
「これ……これ……デウス?……」
レッドの心に入り込んだミストが彼に力を与え……余りある力がレッドの体を変貌させてしまったのだ。
「あ……あ……」
かすかに耳に残るイングと浮気相手の悲鳴……手に残る肉を引き裂いた感触……それらが示す事実はただ1つ……。
”イングと浮気相手を殺したのはレッド”
憎い2人を殺した喜びと人を殺めた罪悪感がレッドの中でせめぎ合っていた。
「きゃぁぁぁぁ!!」
悲鳴を上げたのは近所に住む主婦……イングと浮気相手の悲鳴を聞いて家に駆け付け、デウス化したレッドと鉢合わせたのだ。
「誰か来て! デウスよ!! 誰かぁぁぁ!!」
「待って……俺は……」
事情を説明しようとするレッドだったが……運悪く近くを警邏していたワルキューレが主婦の叫びを聞いて駆けつけてきてしまった。
「まっ待って……」
レッドの言葉など無視し、常備している銃火器をレッドに向けるワルキューレ。
「攻撃開始……」
号令と共に流れる弾丸の嵐……普通の人間ならば死ぬが、デウスと化したレッドは痛みこそ感じるが死にはしない。
「やめて……やめて……」
どんなに言葉を投げかけてもワルキューレは耳を貸さない。
”デウスになった者はその場で死罪”。
それがこの国のルールなのだ。
「うわぁぁぁぁ!!」
交渉の余地のないこの場でレッドには逃げるしか選択肢がなかった。
無我夢中で走り続ける最中、脳裏をよぎるのはイングとの幸せな時間。
「(なんで……どうしてこうなったんだよ……俺が一体、何をしたって言うんだよ……)」
それからレッドの逃亡生活が始まった。
ワルキューレや騎士団に見つかれば命からがら逃走し……どうにか人間の姿に戻ることができるも、手配書で大陸全土に顔が知れ渡っているため、運命が変わることはなかった。
ラジオニュースや新聞でも”レッドは妻とその友人を無残に殺した冷酷な殺人鬼”と全ての罪はレッドにあると報じられていた。
もちろんこれはワルキューレの勝手な解釈でできたデタラメである。
だが世間はこれを鵜吞みにし……。
『なんの罪もない尊い命を2つも奪うなんて……デウスになるだけのことはある』
『殺人を犯しておいて逃げるなんて……卑怯者! 死んで償え!!』
『ワルキューレ、1秒でも早くこの悪魔に正義の鉄槌を下してください!』
どこのどんな街へ行っても、このような批判を黙って受けるしかないレッド。
ラジオ経由でレッドの両親や彼を可愛がっていた親方や同僚たちもワルキューレの作ったデタラメを信じていることを知り、レッドは完全に行き場を失った。
顔が知られているためまともな働き先はなく……生きる為の金を手に入れるためにはデウスの力を使って盗みを働くしかなかった。
そんな逃走生活とミスト……そして1人も味方がいない世界が彼の心にじわじわと恐怖を染み込ませていった。
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「(ワルキューレに見つかれば確実に殺される……冗談じゃねぇ!!
あんなクズ共、死んで当然だ!
なのになんで俺がこんな目に合わないといけないんだよ!!
このまま悪党として殺されてたまるかよ!!
俺は生きる……生き続けてやる!!)」
そして現在……レッドは汽車に乗って逃走を図っていた。
常に命を狙われるとおびえながら、悪として制裁を受けることを拒むために逃げ続けるレッド。
そんな彼の逃走劇が今、終わりを迎えようとしていた。
「なああいつ……この新聞に載っているデウスじゃね?」
「え? マジ?」
「ほらここ……指名手配犯レッドって……あいつじゃね?」
「うわっ! マジじゃん!! おいみんな逃げろ! デウスがいるぞ!!」
たまたまレッドの横を通った乗客が新聞に載っている手配写真と照らし合わせたことで、レッドの存在が車内中に知られてしまった。
「何!? デウス!」
「逃げろぉぉぉ!! 殺されちまうぞ!!」
「いやぁぁぁ助けてぇぇぇぇ!!」
「おい誰か! 騎士団に連絡してくれ!!」
パニックになる乗客達……ある者は恐怖のあまり逃げ去り、ある者は市民の義務を果たそうと通報を試みる……。
だが彼らには理解できていない……不安定なレッドにとって、それがどれほど危険な刺激となっているかを……。
「だっ黙れ……黙れぇぇぇ!!」
平常心をかき乱されたレッドは……異形の怪物、デウスへと化した。
己の身を守るために……。
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