第7話 エレナル②
「全く……少しは人目を気にしてください!」
「あんな気色悪い化け物がいきなり現れたら取り乱すでしょ? 普通……」
プレンダーがピグンから引き離したスレンを連れて入ったのは応接室。
本来であれば客人を持て成すための部屋であるが、売店から最も近い場所に位置し、なおかつ今日は来客の予定がないため、この部屋を選んだ始末。
「ピグンさんは化け物なんかじゃありません。 このエレナルの看板作品であるマジックミラーの原作者です」
「マジックミラー?」
「はい、さっき売店でも見かけたでしょう? 可愛らしい服を着た黒髪の女の子が……」
「あぁ……そういえばいたわね」
「彼女はリズザといって、マジックミラーの主人公です。 ほかにも関連商品のほとんどがマジックミラー関連のものなんですよ?」
マジックミラーについて簡単に補足しておくと、いわゆる魔法少女系の作品である。
マスコットキャラから魔法の力を授かった少女が悪と戦う王道ストーリーだが、所々に人間の道徳心に訴える要素が混じっているため……単なる色物作品としてだけでなく、1つの物語としても評価が高い。
「それはそうとして……あたしはこれからどうなる訳? いきなりこんなとこに拉致られて、ずっと頭がパニくってんだけど?」
「そっそれは……」
ピー!ピー!ピー!
「!!!」
「なっなんだ!?」
2人の会話を遮る音を放ったのはの腕にプレンダーの腕にあるマインドブレスレット。
この音は通信を伝える……コール音である。
「チェック!」
プレンダーが音声を入力するとマインドブレスレットは通信モードへと切り替わり、相手の顔が画面に映り、スピーカーから相手の音声が流れるようになった。
「はい、プレンダーです」
『あたしだ』
通信相手はママだった……。
「ママ……もしかしてデウスですか?」
『そうでなきゃわざわざブレスで連絡取る訳ないだろ? 場所はここから北に10キロほど離れた場所にある火葬場だ。 ワルキューレに先越される前にさっさと行きな』
「了解!」
『そこで他人事だと思って知らん顔しているクソガキ、あんたも行きな!』
「チッ!」
拒否しようにも首に掛けられた爆弾の存在を無視することはできず……スレンは悪態を尽きながらその場から立ち上がる。
「では行きましょう!」
「(あのババァ……絶対殺す)」
ママとの通信を切ったプレンダーは勢いよく応接室を後にし、スレンも嫌々彼女の後を追うことにした。
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「……エモーションの手順は以上です。 わかりましたか?」
「わかったわかった……何度も聞くほどの手順じゃないし……」
人目を忍んでエレナルの裏口から外へと出た2人。
汽車ではエモーション……要するに変身を無意識に行ったスレンに、プレンダーは改めて手順を教えた。
手順は至って簡単で、マインドブレスレットの音声入力ボタンを3秒間長押しし、チェンジと音声を入力するだけ……。
「では……!!」
スレンとプレンダーはマインドブレスレットの音声入力ボタンを長押しし……。
『リンク!』
「「チェンジ!」」
音声入力と同時に2人の体が光と共に固い装甲に包まれていき……スレンは悪魔、プレンダーはドラゴンのような鎧姿へと変身した。
「パークスさん、体に異常はありませんか?」
「別にないわ。 気分は最悪だけど……」
「やはりすごいですね。 調整も訓練もなしでアストを扱うことができるなんて……小生ですら、このアーマーに慣れるまで2ヶ月ほど掛かったというのに……」
「(何一つ嬉しくない……)」
「それでは現場に向かいましょう……トリック!」
プレンダーの背中から翼が出現し……地面を軽く蹴った瞬間、半重力の力でその体は空へと浮かび上がった……。
「向かいましょうって……あたしもあんたみたいに飛べっていうつもり?」
「トリックと音声を入力すれば翼が展開されます!」
「そうじゃなくて……今のあたしにそんな芸当できると思う?」
「えっと……」
アストの飛行能力は翼に備え付けられた半重力装置で空に浮かび上がり、小さなブースターで移動するもの……。
慣れれば水泳のような感覚で空を自由に飛ぶことができるが……こればかりは経験が物を言う。
かといって……この非常事態の今、スレンに飛び方を指導する時間も惜しいプレンダー。
「ではこうしましょう!」
プレンダーは一時の対策として、どうにか2メートルほど浮かび上がったスレンの腕を掴んで飛んでいくことにした。
スレンを引いている分、スピードが落ちてしまう欠点はあるものの……2人で現場に向かうという点では最善と言えるのかも……しれない。
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ムナヤ国の北に位置する火葬場……国民からは地獄への入り口と呼ばれている。
ここでは主に死刑を執行された犯罪者達を火葬しているため……騎士団やワルキューレ以外の者が足を運ぶことはない。
遺族が火葬場に入ることは許されているものの……悪を心から憎んでいる国民ゆえに、火葬場に足を踏み入れた者はほとんどいない。
だが踏み入れたそのわずかな遺族は、犯罪者を見送ったと周囲から非難されることになる。
そのため、火葬場に近づく遺族は年々減少の一途を辿っている。
「うっ撃て撃てぇぇぇ!!」
そんな地獄の入り口にて、招かれざる者……デウスが姿を現していた。
一見すると女性らしい見た目であるが……人間らしからぬ部分も多い。
脇から腕にかけて生えている羽……大きくも鋭い爪……頭には鶏のトサカのように逆立った毛根。
口からむき出す牙……全身を覆いつくす緑色の肌と羽毛。
RPGやファンタジー等に登場する半人半鳥の化け物……ハーピーに近いフォルムである。
『あぁぁぁ!!』
獣のような雄たけびで周囲を轟かせて周囲の騎士団達を威圧したかと思った瞬間……目にも止まらぬ素早い動きで鋼の鎧に身を包んだ騎士団達の体をその鋭い爪で引き裂いていった。
最新鋭の銃器で応戦する騎士団ではあったが……デウスのその体に傷すらつけることができていないのが現状であった。
「くたばれ化け物!!」
火葬場で使う穂脳をパイプで繋いだ簡易的な火炎放射器で迎え撃つ猛者もいたが……。
『がぁ!!』
「ぎゃぁぁぁ!!」
非情なデウスの爪が猛者の体を引き裂き、自ら作った火炎放射器の炎で自らを火葬するという皮肉な最期を遂げることになった。
「ひぃぃぃ!!」
「にっ逃げろぉぉぉ!!」
ここまで力の差を示されれば、恐れをなして逃げ出す者が出たとしてもなんら不思議ではない。
「きっ貴様ら逃げるな!戦え!! それでも正義を守る騎士団か! この腰抜け!!」
人一倍勇ましい声を上げているのはこの火葬場を取り仕切っているセキ上官。
肩書きこそ立派であるが、実際は昔ながらの年功序列でのし上がっただけの小心者。
騎士としての能力も皆無で、彼が上官であることに不満を抱いている部下も多い。
人望も才もない上、声を張り上げている割に自らデウスに向かう様子を全く見せない上官の命令を聞き入れる者などいるはずもなく、背を向けて逃げ惑う者達がデウスに向き直すことはなかった。
「ぎゃぁぁぁ!!」
「ぐぁぁぁ!!」
騎士団としての使命を優先して、その場に残った者達もいたが……ことごとくデウスの爪によって口もきけない肉塊へと帰られた。
「くそっ! どいつもこいつも使えない役立たず共が!! (たかだか1匹のデウスにこのような無様を晒してしまったとワルキューレ部隊に知れれば、私の立場が危うい!!)」
その場にわずかに残った勇気ある部下達の屍に向かって心なき暴言を吐き捨てるセキ上官……。
火葬場を任せられている責任と命の危機の板挟みで火葬場に留まっていたものの……。
『……』
「ひぃぃぃ!!」
この場にデウスと自分しかいなくなった現状に、とうとう恐怖心が体を支配し……デウスに背を向けて一目散に走った。
それは先ほど腰抜けと罵った部下達と全く同じ姿に他ならない。
「たっ頼む! 命だけは助けてくれ!」
セキ上官は土下座の姿勢で命乞いを始めた……。
戦うこともせず命惜しさに敵に頭を下げるなど……騎士としてあるまじきこと……。
まして……騎士として命を賭して戦った部下達の死体のそばで命乞いなど……滑稽としか言えぬ光景である。
「なんでもする! なんでもするから……命だけは助けてくれ!!
デウスに堕ちたとはいえ、同じ人間じゃないか!
ここはどうか……どうか……」
『!!!』
「ごへっ!!」
セキ上官の下げた頭をデウスはサッカーボールのように蹴り上げ……彼の体は3メートルほど上空へ飛ばされた後……地面へとたたきつけられた。
『……』
「やっやめろ……俺が一体何をしたって言うんだ……命を何だと思っているんだ……」
ゆっくりと近寄るデウスの情に涙ながらに訴えるセキ上官。
先ほどまで部下の命など考えずに安全地帯から突撃を命じていた男の言葉としてはあまりに身勝手な言葉である。
『黙れ……』
デウスの口から漏れた静かなる怒りの言葉……。
そして瞬きする間もなく振り下ろされた鋭い爪がセキ上官の体を引き裂いた。
「ぶぎゃぁぁぁぁ!!」
間の抜け断末魔と共に……彼の命は火葬場で散った。
現場と部隊を任された上官としてはあまりにあっけない最期であった。
『まだ……まだだ……』
飢えた獣のように視線を配り……逃げていった騎士団達の後を追うと足を踏み出したその時!!
「待ってください!!」
『!!!』
停止を呼び掛けると同時に空から舞い降りてくるのは鎧に身を包んだスレンとプレンダーの2人だった。
そして地面に足が届く直前……。
「「クローズ!」」
音声入力と共に2人の背中に展開されていた翼が消失し……浮力を失った2人は無事に火葬場へと着地することができた。
とは言っても、難なく着地できたプレンダーとは異なり……スレンは経験不足ゆえにバランスを崩してしりもちをついてしまった。
「大丈夫ですか?」
「別に……」
「……」
そう言って手を差し出すプレンダーの好意を無視し、スレンは1人で立ち上がった。
互いの距離がまだ遠いことに首を落とすプレンダーであったが、周囲の悲惨な光景が目に入り……すぐに気を取り直してデウスに向き合った。
『誰だ?』
見慣れぬ異様な鎧に身を包んだ2人にデウスは問いかけた。
無論、警戒心は解かれていない。
「小生達はあなたを助けに来ました」
『助け?』
「このままここで暴れ続けていたら……最高騎士団ワルキューレがここへ駆けつけてきます。
そうなったら……あなたはこの場で殺されます。
どうかその前に……小生達に保護されてもらえないでしょうか?」
『断る……私は騎士団を殺したい。
ワルキューレもこの手で殺す!』
「どうしてそんなことを……なぜ殺そうとするんですか!?」
『お前には関係ない……邪魔をするならお前達も殺す!』
デウスの気迫で周囲の風が振動し……それが突風となってスレンとプレンダーに襲い掛かった!
「「!!!」」
2人はどうにか踏ん張ってその場に留まったが……生身の人間であれば十数メートルは吹き飛ばされていた。
現に周囲に散乱していた騎士団の死体は重い鎧を身に着けていたにも関わらず、まるで木の葉を散らすかのように吹き飛ばされていた。
「やめてください! 小生達はあなたを救いたいだけなんです!」
プレンダーが必死に説得を試みようとするが……デウスは対話すらも応じず、その場から飛び上がった。
「!!!」
『はぁぁぁ!!』
低空飛行で2人の元へと向かってくるそのスピードはミサイルの如く……。
そしてその鋭い爪は鋼のような騎士の鎧すらも切り裂く……。
「くっ!」
デウスの爪が触れる直前……スレンとプレンダーは左右に分かれるように大きくジャンプし、デウスの初撃を回避することができた。
これもまた……アストの鎧によって向上した身体能力があってこその成果である。
「この化け物……」
説得の姿勢を崩さないプレンダーとは対称的に、スレンは今の初撃によって完全に戦闘態勢に入った。
「まっ待ってください!」
不格好な構えでデウスの前に立ちふさがるスレンに静止を呼び掛けるプレンダーだったが……。
「あたしは最初から話し合うなんて面倒なことをする気はないっての!
そもそも向こうから吹っ掛けてきてるんだから……文句言われる筋合いはないわよ!!……チャージ!」
プレンダーの静止を聞き入れず、スレンはマインドブレスレットに音声入力し……エクスティブモードを起動した。
「このっ!」
エクスティブモードで上昇したスピードはデウスに逃げる隙を与えなかった。
そして固めた拳が見事にデウスの胸に届いた……が。
『……』
「なっ!」
スレンの拳を喰らったにも関わらず……デウスは微動だにしなかった。
拳を受けた胸にも傷は付かず、スレンの初撃が無であったことを印象付けた。
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