第12話 (最終話)2人だけの正解。

母と萩生紅葉を早目に会わせる事にした。

これは萩生紅葉からの提案で、「匠さんのこの部分はお母様に似たんだと思います。早い方が良いです」と言われて、土曜日の夕方に萩生紅葉を連れて家に帰ると、母は面食らっていたが、それでも母は化粧や身だしなみと言ったものを無視して、ごく普通に相手をした。


肩透かしだったのは、設定を練って行ったのに、馴れ初めを聞かれることはなかった事。

それどころか萩生紅葉が、どこに住んでいるのかすら聞こうとしないのには驚いた。

多分興味も覚える気もないし面倒くさいんだろう。

やはり怠惰の権化は恐ろしい。


溌剌とした萩生紅葉は、母の身体から出る怠惰のマイナスエネルギーをものともしないで、「お母様、お夕飯は3人で出かけますか?」、「嫌いな食べ物とかあるんですか?」と話しかけ続けた。


これを3週続けたら、母から「匠、私の事はいいから2人で会ってなさい。どんな子かわかったからもう平気」と言われて、完全解放されてしまった。


萩生紅葉は「なんだぁ。私匠さんのお母様に会うのは、案外楽しかったんですよ」と言っていて凄いと思った。


萩生紅葉の方は会社で少しだけ騒ぎになった。

地元だったので、名前と顔も一致しない元同級生や、名前すら覚えていない先輩後輩が居て、俺を知っていたと言う。


山田は露骨に離れていくことは出来なかったらしく、でも目に見えたアプローチはしなくなっていた。


1ヶ月経って、夏になって初めて俺達は結ばれた。

お互いに照れ笑いをした後で、「こんなの知ってしまったら止まらなくなるし、これのための時間をどうやって捻出するのか?」で真剣に話してしまった。


そして今年の墓参り。

萩生紅葉は母を誘ったが、怠惰の権化は俺には「暑いし日焼けしたくない」と漏らしたが、萩生紅葉には「最近膝の調子があんまりだから遠慮するわ」と新しい言い訳を持ち出していた。


まあ膝をさする回数が増えていたので嘘ではないだろう。

好き勝手にパック寿司とケーキを食べた結果だと思うが、何を言っても「でも」、「だって」、「仕方ない」とか言うだろうから何も言わないようにした。


俺達は手慣れた感じで墓掃除を済ませると、萩生紅葉は「お母さん、もう知ってると思うけど、匠さんと付き合いました」と挨拶をした。


俺達は母が拒否してきた時に、行き先を坂上家の墓から、萩生家の墓に変更した。


萩生楓さんが俺と萩生紅葉の関係を作ってくれた。

俺はそのお礼が言いたいと萩生紅葉に言って、変更して貰った。


「お母さん。匠さんがいるから心配無用だよ。向こうではお父さんと居る?それとも真さんかな?難しいよね。でも私がここに居るのは、お父さんとお母さんが結婚したからなんだからね。お父さんの事も大事にしながら真さんも大事にしてね」


俺はそんな気の利いた事は言えない。

思ったままを「紅葉さんと付き合わせて貰いました。父さんのような努力にならないようにして、紅葉さんを大事にして行こうと思います」と告げて手を合わせる。



俺は不思議な夢を見た。

萩生紅葉の家なのに、居るのは萩生楓さんで家に来たのは父。


「真、今日は何を作るの?」

「今日はお祝いだから、楓の好きな餃子だよ」


「おお。いいねぇ。ピザは?」

「今度にするよ。ボンゴレ味のアサリを乗せたシーフードピザでいいよね?」


「あれは美味しいよねぇ」と言った萩生楓さんは、テーブルにボウルを出すと、父が「楓は包むのが早いからよろしく」と言ってタネを仕込むと、他のおつまみや焼き物の用意をする。


父と萩生楓の餃子はホットプレートを使ったもので、のんびり気長に焼けるのを待ちながらつまみを食べてビールを飲む。

夢とは都合のいいもので、萩生紅葉と買ったホットプレートに、俺たちの食器を使っている。


父はのんびりとした中でもいそいそとしていて、餃子の焼け具合を気にしていて萩生楓さんに「楓、ひっくり返さないと焦げるよ?」と声をかけると、萩生楓さんは呆れ顔で「もう、真は仕方ないなぁ」と言った。


「楓?」

「別に私は焦げても良いの。真との楽しい餃子が好きなの。完璧なんて目指さないでいいんだよ」


萩生楓さんの言葉に、父はハッとなって萩生楓さんを見ると、萩生楓さんは父に穏やかに微笑んで頷く。


「ありがとう楓」

「どういたしまして」


焼き上がった餃子を食べると、「真の醤油いらず餃子は美味しいよ」と喜ぶ萩生楓さん。


確かにあれは美味い。

冷めても美味い。

俺が懐かしむと萩生楓さんと父は俺の方を見て微笑んでいた。


目が合って驚く俺に、父と萩生楓さんは「幸せになりなさい」と声を揃えて言ってくれた。


夢なのにと驚く俺に、父が「匠、あのマルゲリータなら、ピザ生地にほんの少しだけ…誤差レベルでレシピより塩を多めにして、トマトソースの中に粗みじん切りにしたフレッシュトマトを混ぜてご覧」と言うと、萩生楓さんが「真、完璧なんて求めてないの。私と真がボンゴレピザを喜んだみたいに、紅葉と匠くんは2人のピザを作るんだよ」と注意すると、父は「しまった」と言って照れ笑いをしていた。



俺は目が覚めると涙が出ていた。

横で眠る萩生紅葉の目にも涙が見えて、もしかしてと思うと案の定で、起きた萩生紅葉はおはようの後で、「匠さん、醤油いらず餃子は美味しいんですか?」と聞かれた。


2人で夢の話をしてからマルゲリータを再度作る。

悔しいが塩を誤差レベルで足して、粗みじん切りのトマトを足したマルゲリータは美味しかったが、萩生紅葉は「試行錯誤して勝ちましょう!」と言ってくれた。


「あ、後は餃子もやりましょうね!」

「うん。作ろうね」


俺達は今度父のメモ書きを探す打ち合わせに花を咲かせながら、穏やかな時間を過ごした。


(完)

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マルゲリータ。 さんまぐ @sanma_to_magro

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